平和時の潜水艦の戦い
隋型とは中国軍最新の攻撃型原潜だ。
魚雷発射管八門に垂直ミサイル発射管を搭載して攻撃力を向上させている。さらに静粛性を向上させ、見つかりにくいよう改良されている。
まさに中国海軍の虎の子だ。
先ほどの哨戒機は、隋型が出撃するため付近に日米の潜水艦が居ないか確認していたのだろう。
「総員第一種配置」
艦長は異常事態と認識し第一種配置――総員配置命じた。
非直の者も配置に向かわせる。
「音紋解析完了。艦の特定出来ました。やって来ているのは長征19です。楡林からお出ましのようです」
楡林港は海南島にある中国海軍南海艦隊の潜水艦基地だ。
アメリカの民間会社が衛星写真で地下潜水艦施設を暴露した有名な基地だ。
南シナ海を実力で支配するため中国軍が力を入れている基地であり、原子力潜水艦も配備されている。
「間違いないか?」
中国海軍の重要拠点を出入りしている艦船の情報は自衛隊でも欲しい。
特に海中にいるため、偵察衛星も探知出来ない潜水艦の行動。
各国潜水艦の動きは全海軍垂涎の的であり、<くろしお>以外にも多数の海自潜水艦が派遣され、音紋採取を行い、米軍とも情報共有していた。
「ええ、ライブラリーにありました」
幸いにも<くろしお>のコンピューターの中にデータがあり、サンプル比較して艦を特定出来た。
「減速ギアか軸受が不良品なのか音がよく出ています。間違いありません」
原子力潜水艦は原子炉で蒸気を作りタービンを回して、スクリューを回す。
だがタービンは高速回転させる方が効率が良く、一方でスクリューは低速で回転させるほうが効率が良い。
そのため互いに最適な速力を出させるため、減速ギアを使って繋ぐ。
しかし、潜水艦用減速ギア、音の小さいギアは製作が難しい。
通常の機械なら多少の唸り音が出ても問題ないが静かに航行しなければならない潜水艦には致命的な弱点であり、静かに回すことの出来るギアは少ない。
そして、スクリュー軸を支える軸受も音が出ないようにするには、技術が必要だった。
世界の工場である中国でも、このての技術はまだ十分に習得出来ていない。
そのため中国の潜水艦は発見しやすかったり、各艦を特定する事が容易だ。
「長征19、正面を通過します」
「微速前進、針路225」
「宜候」
艦長は艦の向きを変え、ソナーの感度が最大になる角度、側面ソナーが全て長征19を捉えられる向きに<くろしお>を旋回させた。
相手の動きを何一つ見逃さないようにするためだ。
「長征19の動きは」
「針路に変化なし。速力15ノットで航行中」
さすが攻撃型原潜であり、<くろしお>ならすぐにバッテリーが上がりそうな速度で航行している。
「副長どうする?」
<くろしお>が動いている間、艦長が静かに速水に尋ねてきた。
相手にどう対処するかだ。戦争ではないので撃沈しない。
ならば相手を追いかけるか、留まるかだ。
「追尾しません」
「どうしてだ?」
「音紋が分かっている攻撃型原潜を追尾する価値はないでしょう」
ロサンゼルス級に準ずる性能を持つとされる隋型潜水艦だが、既に音紋は採取されており問題ない。
それに音を出す潜水艦は脅威ではない。
「追尾して隋型が何をするか探知しませんか?」
積極的な水雷士が尋ねた。
中国軍の最新の潜水艦と聞いて興奮が抑えられないようだ。
何処で何をするのか行動を明らかにすれば、今後の作戦が立てやすい。
水雷士の意見はもっともだった。
「いや、止めておこう」
「どうして」
「嫌な予感がする」
「新たな目標を探知」
水雷士の提案を速水が拒絶しているとソナーが新た目標を報告した。
「どこだ」
「遠征19の南より接近する目標を探知」
「艦は分かるか?」
「待ってください。静かです。これは、分かりました友軍です米海軍バージニア級原潜です。ライブラリーからもでました。ミシシッピーです」
ミシシッピーはハワイを根拠地に行動するバージニア級ブロックⅡ攻撃型原潜だ。
世界最高性能を持つシーウルフ級が冷戦終結で大量調達を断念され、コストダウンを図って設計されたのがバージニア級だ。
民生品などを使用したが、武装はロサンゼルス級並みで他はシーウルフ級と同等という欲張り設計のため結局調達費用が高騰してしまった。
性能は非常に良いため空母機動部隊の護衛の他、南シナ海と太平洋へ拡大を続ける中国海軍の監視を行っている。
「ミシシッピー、長征19の後ろに付けました追尾に入ります」
「我々も追いかけましょう」
「いや、止めておけ」
「どうしてですか」
「海中で共同作戦など無理だ」
音しか探知手段がない深海で、打ち合わせもなく行動するのはリスクが大きすぎる。
「それに嫌な予感がする」
速水には中国潜水艦の動きが無防備すぎるように思えた。
原潜は速力が出せるが速力が早すぎてやたらと音が出してしまっている。
いくら軸受やギアに問題があるからといって何の処置もとらず航行させるだろうか。
試験航海にしても変だ。
目の前の隋型原潜が、あからさまな誘いをする美人局女に思えて追いかけるのを速水は躊躇った。
そして、速水の意見を肯定するかのようにソナーが新たな目標を報告した。
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