月面学園アポロン~ガールズウォー~

亜未田久志

転入生~イレギュラー~


 月面のソラは冴え切っていた。地球からのシャトルに乗った彼女は微笑んでいた。その笑顔には見た人を元気にさせる力がある、そんなたたずまいだった。月の発着場にシャトルが着陸する。少女は乗客を最後の一人になるまで見送って、シャトルを最後に降りた。を吸い込む。ふと後から来たシャトルの積荷を見る。そこには新型のΠパリスがあった。剥き出しで縛り付けられている自らのΠを眺める少女は苦笑する。これではいい的ではないか。心の中で愚痴る。しかし、それを表には出さずに前に進む、目指すは月面のクレーターに造られた巨大学園『アポロン』だった。人の流れを遠巻きに眺めながらゆっくりと歩を進める。月の街並みを眺める。白亜の都市、輝く家々を不思議そうに見やる。天井、天頂のドームに視線が移る。あれがこの都市の生命線だ。もしも穴が開いたら? 自分で疑問に思って少女は身震いする。自家生産の不安を振り払い、さらに学園へと足を早める。遠くに見えた白亜の城が目の前に近づいてくる。門、豪奢な門の前に立つ、警備員に止められる。

「何者か」

「バレッタ、バレッタ=リィンカーネーション」

「照合する」

Πパリスの名前はリングス001」

「……確認取れた、ようこそアポロン学園へ」

「ありがとう」

 会釈してバレッタは校門をくぐる。ただ一歩踏み出すだけだというのに、まるで生まれ変わったかのような気分になる。彼女の後ろからΠ、リングス001が校舎へと運び込まれた。それを最後まで確認すると格納庫から踵をかえし、職員室に向かう。広い学園内、しかし、学園内マップがいたるところにあり、それに従って目的地に向かった。月面の低重力に身を任せスキップのような歩幅で進む。まるで迷路のよう。あちこちのマップをいちいち確認しながら右に左に曲がり進んでいく。目的の職員室に辿り着く。ノックを3回、失礼しますと一声、すると部屋の中からどうぞと言われ、スライドドアが自動で開く。中にいたのは真っ赤なロングヘアーの白衣の女性だった。バランスボールの上に器用に座っている……仕事中ではないのだろうか? 疑問に思ったバレッタはしかし口には出さないでおく。お辞儀をして自己紹介をしようとしたが遮られた。

「君がバレッタだね? 地球での活躍はこちらの耳にも届いているよ」

「それはどうも」

「自己紹介が遅れたね、フローレンシアだ。気軽に『先生』と呼んでくれてかまわないよ」

「はい先生」

 素直な子は好みだよ、というなにやら含みのある言葉に少し驚く。だが表は平静を装う。

「君は綺麗な銀髪をしているね、本国の生まれかい?」

 これはをかけられている。確信だった。本国で銀髪は珍しい、つまりは敵国のスパイではないか? と問われているのだ。バレッタは「よく珍しいと言われます」と答えた。すると先生は「ふぅん、そうかい」とだけ答えて、こちらにタブレットを渡した。「その中に必要なデータが揃っている」とそれだけ告げると自らの役目は終えたかのようにバレッタに背を向けた。職員室を後にしてタブレットのデータ通りに進んだ先にあったのは更衣室だった。ここでアポロ学園の制服に着替えろという事なのだろう。そう理解しバレッタはスライドドアにタブレットをかざした。すると自動で開く。中には誰もおらず、ただ制汗剤の香りが漂っていた。こういうところは女子校らしい、そう思った。パイロットスーツもここに格納されているようだ。制服に袖を通しながらバレッタは思考を巡らせる。8メートル級の人型兵器「Πパリス」を駆る少女達を育成する秘密の花園、そうここは月面の特務機関なのである。魔窟、とまでは言わないが、それなりの覚悟が必要だ。とある任務を帯びたバレッタにとってここは油断ならない場所だった。制服に着替え終わる、大きなネクタイが特徴的な衣装だった、そこには赤いライン、高等部二年生の証、いよいよ、バレッタはアポロン学園の一員になったのだと更衣室に備え付けられた鏡を見て実感する。本当に実感するのは教室についてからなのだろうが。

「まあ、杞憂よね」

 そう呟いて、更衣室を出る。するとそこで青い髪の少女とすれ違った、黄色のライン、高等部三年生の印。上級生だ、その少女はバレッタを一瞥する事もなく横を通り過ぎていった。その時、バレッタは彼女服の胸の辺りに勲章が輝いていた事を見逃さなかった。彼女は戦場を経験している、撃墜経験まである。もし、任務にあたる時に、障害が現れるとするならばあの青い髪の少女だろうという半ば確信めいたものが電流のようにバレッタの頭の天辺からつま先までかけぬけた。視線だけで上級生の事を追いかけるともう既に角を曲がっていて姿は見えなくなっていた。バレッタはその事に少し安堵していた。緊張感から解放されたからか脱力して膝を床についてしまう。その時、予鈴が鳴り響く。授業開始の合図だ。急いで教室に向かわねば、とバレッタは体に力を込める。もう学園内マップは必要ない、先生から支給されたタブレットの指示にしたがって進めばいい。月の低重力に身を任せながら、階段を跳び上る。二年生の教室は二階だ。2Aの教室にたどり着く。すると先ほどまで職員室に居たはずの先生ことフローレンシアと2Aの教室の扉の前で早くも再会する。

「や、今日から君の担任だ。よろしく」

「――よろしくお願いします」

 にこり、と微笑みを返すバレッタ。しかし内心は鼓動が落ち着かなかった――この人が担任?――なんとか平静を保つ、手招きされ教室内へと案内される。知らない生徒が入って来た事によりざわつく教室内を先生は柏手かしわで一つで落ち着かせる。

「えーこの子が転入生のバレッタ=リィンカーネーションだ。みんなよろしく、彼女は地球で暴徒鎮圧の任務にあたっていた。Πパリスの操縦経験者だ。君達と実力はそう変わらないだろう、舐めてかかるとこの銀髪に喰われるぞ?」

「ちょっと先生」

「はは悪い悪い、いきなり君の印象を厳ついものにしてしまったね、君自信の言葉でそれを払拭するといい」

 これは試されている。そうバレッタは感じた、いちいちこちらをはかる教師だと思った。バレッタはそれに応えるように自己紹介を始めた。

「えっとみなさん、はじめまして、バレッタ=リィンカーネーションです。好きなものはお花、嫌いなものはありません。どうか仲良くしてくださいね」

 教室の空気が少しほんわかしたものに変わる。バレッタが意図してコントロールした、フローレンシアがヒューッと口笛を吹く、そんな茶化しも気にしない「先生、私の席はどこですか?」とこちらから尋ねるすると「一番、後ろ、空いてる席があるだろう?」と指をさした。バレッタは礼を言うとその席に向かう。特に問題も無く席までたどり着くと椅子に腰かける。後ろからは教室の全体像が伺えた、いたってシンプルな四角形の箱、椅子に座った生徒達は教室前に備え付けられたモニターに目を向ける者、バレッタをちらちら見やる者、各人各様の在り様がそこにはあった。その全てを受け入れる。本鈴が鳴る、授業の始まりだ。

「じゃあ今日は世界史の授業からだ、バレッタ、Πパリスの成り立ちについて答えられるかい?」

「はい、Πパリスはとある神話の英雄になぞらえて作られた人型兵器です。『人の形をしている事が人の動かしやすい最も理想的な形である』という最初の設計者の理念の元、開発が進み、今、現在、月面開発の最前線に立っています。しかし、そのコアとなるアフロディーテエンジンは女性にしか起動権が無く、こうして後世のパイロットを育成するための女子校が設立されました」

 ぱんっ! と一つ先生が柏手かしわでを打つ、そしてそれはクラスメイトからの拍手喝采はくしゅかっさいへと変わる。しかし。

「表向きはそうだ。しかし本当は?」

「……戦争における最新鋭の機体として戦車や戦闘機に変わり前線に立っています、月面でも領土戦争があり、この学園内でもそれは変わりません」

 そう、此処、アポロン学園でも領土戦争は起きている。校則というルールに縛られながら、秩序の名の下に、戦争が行われているのだ。バレッタも地上でそのに居た、暴徒鎮圧の任務をしていたなどというのはカモフラージュの情報である。それを笑顔の仮面の下に隠してバレッタは先生の次の言葉を待つ、すると、「よろしい、座っていいぞ」とだけ告げて世界史の授業の続きを始めたクラス内も次第に静寂に包まれていく、皆、タブレットの画面を見つめている。月面領土戦争の始まりのきっかけ、どことどこの国が敵同士なのか、この学園はどの国の所属だと表向きにはなっているかなどが語られた。一通り話が終わると予鈴が鳴る。「では次の授業は『摸擬戦』だ、更衣室でパイロットスーツに着替えて来るように」と先生は告げる。バタバタと移動するクラスメイト達、バレッタはその最後尾について行く、とそこにあったのは自分が制服に着替えた更衣室だった。当たり前の事なので驚きもしない。バレッタはクラスメイトの中に混じりピッチリとしたインナースーツの上から通称「騎士甲冑」を着込む。その時、クラスメイトの一人から声をかけられる。

「ねぇバレッタさんは知ってる? Πパリスパイロットってヘレネーって呼ばれるんだって」

「……へぇ、月ではそう呼んでるんだ。神話になぞらえてるんだね」

「そう戦争の引き金になった男女の名前が一つの機体に詰め込まれてる。これって皮肉っていうか、最初から戦争のために作られたとしか思えなくない?」

 多分、この女子はゴシップ好きなのだろう、バレッタはそう判断する、仲良くなっておけば情報通として活用できるかもしれない。

「私は羊飼いであるパリスを、人の繁栄の象徴にしたかったんじゃないかなって思うけど」

「キャー! バレッタさんロマンチスト!」

 そんな一会話があったあと摸擬戦が行われる競技エリアへと出る。宇宙空間、月面の酸素はほぼ無い、一歩間違えば即死の領域、踏み出して生徒各々が自分の|Π《パリス》に乗り込む、するとオープン回線で通信が入る。

「はい、じゃあ二人一組になって~」

 転入生であるバレッタにそんな相手はおらず、奇数人のクラスだったので当然あぶれる。それを見かねて「じゃあ先生が相手になろう」とフローレンシアは言う、最初から決めていたのだ、この先生は。

「じゃあ私はこのサムロイ200に乗るから」

「随分、旧型ですね」

「これでも汎用機としては優秀よ?」

「私はリングス001を使わせていただきます」

「あー言っとくけど摸擬戦だから詰み込まれてたミサイルはペイント弾に入れ替えてあるからー」

 バレッタはそれを受け入れる、あらかじめ分かっていた事だ。機体に他にいじられたところがないか確認する。計器類に異常は無かった。Πパリスを起動させる。月面のバトルフィールドに二機のΠパリスが降り立つ。

「一撃でも胸部のコックピットにペイント弾を受けるか、未稼働の近接武器の一撃を受けたらそこで試合終了、OK?」

「了解です」

「じゃあ早速始めよっか」

 リングス001とサムロイ200が左右に動く、バレッタの乗るリングス001は右に、サムロイ200は左に、まずは小手調べとして肩部ミサイルを数発放つ。バレッタの駆る機体は遠距離型の第二世代、ミサイルによる面制圧を得意とする、数発とは言ったが、それはサムロイ200を囲って余りあるほどであり、かわすのは容易ではないと思われた。しかし先生はそれを正確な弾道予測をもとに、旧型とはいえ高機動型の回避能力でもってかわし。信管が作動しないようにミサイルの横っぱらを見事な剣さばきで正確に全弾叩き斬ってみせた。真っ二つにされたミサイルからは火薬の代わりに詰め込まれた塗料が辺り一面に撒き散らされる。そこでバレッタはおおよその相手の力量を推し測る。確かに猛者だ。しかし、機体の性能差を埋められるほどではない、おそらく、同じ世代の機体に乗っていたら勝てない、小手調べはここまでだ、本命の第二射を放つ、先ほどの倍の数のミサイルを撃ち放つ――その時だった――先生がブースターを点火し、一気に距離を詰めて来る。ミサイル主体のリングス001にとってはそれは最もされたくない行動であり、大量の第二射とサムロイ200は近接信管が遅れて作動してしまうほどの相対速度ですれ違う、直撃すれば訓練用のミサイルだとしてもただでは済まない、さらにあの弾幕の数だ、狂気の沙汰としか思えない。苦し紛れに時限炸裂に設定したミサイルを追加で乱射する。サムロイ200が肉薄する直前でミサイルは塗料を撒き散らし視界全てを埋めた。極彩色で染まる世界にて先生は月の低重力を利用して地面ギリギリまで降下し、塗料が胸部コックピットに着かないように回避、バレッタは歯噛みする。月面に落下してもおかしくない速度だった。どうしてそんな機動が出来る、旧型なのに、と。リングス001の直下から飛来するライフルのペイント弾をなんとか回避する。そう、大量のミサイルを搭載しながら――月の低重力のおかげでもあるが――機動力でもサムロイ200をリングス001は上回っていた。しかし、その回避行動のその隙を突かれた、サムロイ200はブレードを構え近接戦闘距離にまで詰めて来る。バレッタは無我夢中で残りのミサイルを全弾放った。するとその反動で少しだけ機体が動き、突き出されたブレードが脇下を通り過ぎる。バランスを崩したリングス001が態勢を立て直そうとして、さらに不格好に足を振り上げてしまう、すると偶然にもその足が先生のコックピットにヒットする。

「……近接武器での一撃を受けたら負けとは言ったが、それでは脚部を痛めるぞ?」

「ミサイルを使い切ってしまったので」

「まあいいわ、勝者、バレッタ=リィンカーネーション!」

 オープン回線で大騒ぎが起こる。バレッタはそれに苦笑する。(こんなまぐれ勝ち、するはずじゃなかったのにな)勝てない戦いではないと思っていた。初手で力量差を見誤ったバレッタのミスだ。戦場なら死んでいたのはこちら側だと痛感する。予鈴が通信でもって鳴り響く、「じゃあ全員、学園に帰投しなさい」先生の言葉で格納庫へ向かうΠパリス達、それを最後まで見送って、最後尾にリングス001は着いた。教室でブリーフィングを済ますと、その日の授業は終わりとなった。皆、寮へと帰る。そこで、またも最後に教室を出たバレッタの下に二人の人物が訪れる。一人はネクタイが青い、茶髪の少女、高等部一年生、後輩だ。もう一人は――青髪の勲章持ち。あの先輩だった。

「「あなたがフローレンシア先生を倒したって本当?」ですか?!」

 両隣からほぼ同じセリフを言われちょっと驚くバレッタ。しかし、臨機応変に対応する。

「えっと、まずは自己紹介から、いいですか?」

 なんて返してみせるが、二人は

「私が質問しているんだけど?」

 と青髪の上級生が威圧し、茶髪の下級生は

「あうあう」

 と狼狽している。そこにどこから現れたのかさっき教室を出たはずのフローレンシアが来て

「私から説明しようじゃないか! こう見えて私は学園内では摸擬戦無敗の称号を持っていたのだよ、さっきまでね」

 などと言う。バレッタは当然驚くし、残る二人も

「じゃあ噂は」

「本当だったんですね!?」

 などとまた驚と喜の声をあげる。バレッタは厄介な事になったと頭を抱える。悪目立ちするのはよくない、かといって負けるつもりもなかったが、あれはまぐれもまぐれの結果だ。本気を出してあれだったのだからどうしようもない、とバレッタは心の中で一人愚痴る。それが声に漏れた「あんなのまぐれよ」すると周りの三人が

「は?」

「でも勝ちは勝ちですよ!」

「おや、そんな事を気にしていたのかい? 戦場じゃ隙を見せた方が負けだよ」

 と三者三様の言葉を返す、特に先生の言葉が気にかかったバレッタ、しかし、二の句も告げずに青髪の上級生が食ってかかってくる。

「あんた先生がまぐれで負けるような人だと思ってんの?」

 するとそこに茶髪の後輩が

「ミラール先輩は何をそんなに怒っているんですか?」などと言いながらタブレットとペンを片手に両方持っている。まるで記者のよう……すると「新聞部」の腕章を見るバレッタ。そこでこの下級生の目的を知る、理解する。そして上級生の名前も。ここは下手に口を出すと厄介事に巻き込まれると判断したバレッタは「ではそういう事でっ!」とその場から逃げ出した。ミラールと呼ばれた先輩と茶髪の新聞部は言い争いを続けており、フローレンシアの姿はもうなかった。そのまま寮の中へと、自室へと入る。アポロン学園では贅沢な事に一人一部屋が与えられている。これならば「裏工作」も捗るというものだ。しかし、今だけはそんな気になれずにただ眠りに就く事にする、枕も掛け布団無いベッドに倒れ込んだ。「まぐれ、か」自分が今まで生きて来たのも実力ではなくまぐれだったのかもしれないと不安に陥る。悪夢を見ないか心配になりながら瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る