知らない神様

 俺が操作しなくてもリニアは勝手に進む。


 慣性運動に任せたオートパイロット状態だけど、速度はまだ500キロくらい出てるはずだ。


 それでも行きに比べたら到着まで時間がかかる。


 でもこの速度ならGもほとんど無視出来るし、機体の揺らぎもない。


 後部に戻ると二人とも外を見てた。


 ほとんどの部分が透明な布ガラス仕様だから、森も空も丸見えだ。


 そういえば子供の頃、こんな乗り物が載ってる児童SF雑誌見たことあるわ。


「どうだった?」


「驚きました。こんな魔法は見たことありません」


 またまたぁ。そんな能面顔で、驚きましたって言われても。


 まぁ本心なのはわかるけどね。


「あはは。でも空飛ぶ人たちはいるんでしょ?」


「彼らは翼で飛びます。こんな速さでは飛べません」


 翼って天使みたいな種族がいるってことか?それは会ってみたい。


 そして、このリニアの技術が、魔法世界であっても驚かれるレベルっていうのは嬉しい。



 ほんとはもっとデカいの作りたかったんだけどな。リソースと魔力の消費量を考えると、そうもいかなかった。



 飴玉からリニア。俺がガルナで作り出したものは飛躍的に進化したな。



 音速以上を維持すれば、目的の村まで半日程度で着けるはずだ。


 イヴもスーリもそんな長距離の移動は初めてだろう。


 多少準備は必要だ。

 

 Gと機体に付く氷と機内の温度管理に関して、改良の余地がある。


 マッハ出さなくても数日で着くんだ。そんなにスピードを出す必要はないかもしれない。


 でもあんなスピード味わっちゃったからなぁ。あの感覚の魅力は抗いがたい。



 なにより最寄りの村で13000キロだ。このガルナのデカさを考えると、ちんたら進んでたら大人になってしまう。


 準備は二人に任せて、俺は改良を頑張ろう。


 願わくば、行先の村がイヴが知ってた村のように滅びてませんように。


「まず最寄りの村に行って、そこが駄目ならまた別の村を目指せばいいよな」


「二つ足はあちこちにいる。でもだいたい隠れてるか死んでる」


「……ちょっと待て。この世界もしかして、すげー物騒なの?」


「物騒ってなんだ?」


「えーと、なんか怖いことが、いっぱいあるみたいな」


「スーリは、なにも怖くない!」


「論点ちがう。村が滅びたりする原因があるってことだろ?だから隠れてんじゃないの?」


「そこにいた二つ足は隠れてなかった。だから万象のどれかにやられた。スーリの兄弟もいっぱい死んだから、よく分からない。多分逃げたのもいる」


 スーリが長く喋る時は、だいたい意味不明。


「万象?森羅万象の?」


「うん」


「なにそれ?精霊?」


「根幹の存在。精霊の源」


 普通に会話してても、割り込んでくる不可解な理屈。


 この世界じゃ当たり前なのかもしれないが、俺にはさっぱりだ。


「村を滅ぼすレベルの、モンスターみたいなもんか?」


「ちがう。理を守る者たちだ」


「理を守るって、その村が"理"とやらに背いたりしたのか?」


「してない」


「じゃあ意味もなく村滅ぼすのか?その精霊の親玉みたいなやつは」


「うん」


「ひどい連中だな」


「なんでだ?」


「良い精霊じゃないだろ、そんなの」


「良い精霊ってなんだ?」


「困ってる時助けてくれたり、悪い奴を倒してくれたり…?」


 精霊いない世界から来たんだから、俺にそんなん分かるわけないだろ。


「あ、ほら、シャラハ様みたいな精霊は、良い精霊だろ?」


「シャラハは弱いから、他と支え合わないと存在出来ないから、しょうがない」


 シャラハ様が弱い?森の王だぞ?こいつの基準どうなってんの?


「万象は何も考えない。何も必要としない。ただずっとガルナにいて領域の理を守ってる」


「…ああ、分かった。自然災害みたいなもんを万象って呼んでるのか」


 それなら頷ける。やっぱり天災によって村が滅びたのか。


 自然現象を神のように認識して宗教になることは、どこでも生まれるものだ。


「ふー…」


 ふかーく溜息をついて、スーリがヤレヤレみたいな態度で俺を見る。


 腹立つなぁ、その顔。


「女神は?万象と違う神なのか?」


「なんだそれ」


 イヴも女神を知らなかったし、やっぱりその万象とやらとは、別枠の神様なんだろうな。


 地球でだって国によって宗教は違った。


 幼い兄妹に対して何もしなかった女神だが、理由なく村を滅ぼすとも思いにくいし。


 村を滅ぼしたり、命を救わなかったり、この世界の神様ってのは、あまり優しくないらしい。


 神の存在すら疑わしかった地球人が言うのもあれだけど。


「アベルは赤ちゃんだからな…」


 独り言のようにつぶやく。


 なんだこの粘菌野郎。


 俺はガルナにいる限り、情報弱者であることは決定しているから反論も出来ない。



 だからTIPS欲しいって!せめてこの世界のことを自分で学べる方法が欲しい。 


「イヴ、万象ってなに?」


 俺が頼れるのはやっぱりイヴだけだよ。


「理を守る者です」


 はい、同じ答え。


「魔法を教えてくれた時みたいに、ガルナのことも教えてくれない?」


「私は森のことしか、わかりません」


 頼みの綱がぁ。


 でもヒキコモリ系女子だから、世界のこと知らないのもしょうがない。


「俺のいた世界でさ。無知は罪って言葉があるんだよ。俺ガルナではめっちゃ罪人だわ」


「そうは思いません」


「いやまじ全然わかんないって」


「アベルは、こんな魔法器具を作れています」


「これは、まぁ…。地球の技術を見様見真似で…」


 建築家になる前は、造船の方に興味あったし、完全素人よりは多少知識はあった自負はある。


「元の世界の知識と、ガルナの魔法を使いこなすアベルは、無知ではないです」


 イヴ優しい。


 そうだよな。このリニアすごいよな。


 俺がこの空を独占したように錯覚したのは、他に同じようなものが目に映らなかったからだ。


 空に住む連中も、あんな速度は出せないらしいし。


 ちょっとくらい誇っていいかもな。


 さっき味わった、あの高揚感が蘇る。


「それにしても、転送なんて技術を生み出せるのに、高速移動機が作られてないってのも不思議だなぁ」


 謙遜も含んだうえで、俺は疑問を口にした。


「これほどの魔法を扱える魔力を持った人は、そう多くないと思います」


「え?そうなの?だって…」


「アベル。見ろ」


 スーリが俺の袖を引っ張る。


「なんだよ」


 窓を指さしてる。


 雲間に見える"それ"を見て、空の覇者を錯覚させた高揚感が吹っ飛ぶのを感じた。


「は?……なん…だよ、あれ」

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