その牙がもう狩ることはない

 外が暗くなってきた。


 最初の時も夜明け前だったし、スーリって実は夜行性とかなんだろうか。


「食事にしますか?」


「いや、まだいいよ」


「はい」


 別に待ってるわけじゃないんだが、スーリに魚を食わせてみたい。


 多分食ったことないだろうし、しかも調理されたものだ。


 焼いただけだけど。




 イヴの反応が薄かったから、スーリでリベンジしたいのだ。


 飯ってのは腹を満たすだけじゃない。その美味さを楽しむものだ。



 あいつは契約したから、いつも俺の近くに居るんだと思ってたけど、こんなに長時間離れることも可能なんだな。


 じゃあまとわりつく必要ないじゃないか。


 必要がないんだったら……


 そもそもあいつが、小屋に帰ってくると思い込んでたが、その必要すらないってことか?


「契約したら離れられないとかじゃないの?」


 まだ縫い物をしてるイヴに聞く。それ何着目?


「そういう契約もあるかもしれません」


「色々な契約があるって言ってたね。俺とスーリの契約ってどういう内容なんだろう」


「基本的な、存在の共有契約だと思いました」


「具体的にそれって、どういう感じ?」


「魔力の質が似通うので、お互い補い合えます。付随する効果として、ある程度意識の共有もされます」


「じゃあお互い怪我したり魔力が枯渇でもしない限り、一緒にいる必要性はないんだね」


「魔力を共有するので、片方が死ぬと共に斃れることもあります。それに距離は関係ありません」


「へっ!?スーリが死んだら俺も死ぬかもしれないってこと?」


「はい。なので本来は契約相手を、自ら傷つけるような行動をすることはありません」


「あいつ出会った時、思いっきり俺を殺しに来てたけど……」


「不完全な契約だったからだと思います」


「不完全で良かったんだか悪かったんだか」


「スーリは、アベルと命を共有する為に、ここに来たんです」


「……」


 そんなこと言ったって、あいつから途中放棄したしなぁ。


 中途半端な契約のままだし。




 でもどんな気持ちなんだろう。


 誰かと命を共有したいと思う事は。



 俺が死ぬ時、自分が死んでも良いってことだろ。


 そういうの、俺にはさっぱり分からない。


 そもそも俺がそう簡単に死なない"強者"だと思ってたんだから、そんな覚悟はなかったはずだ。


 ていうかイヴ、デメリット無いって言ってなかった?


 命の共有ってデメリットにならないの?



 ……まさかスーリが死ぬようなことは、まず起きないってこと?




「中途半端な契約のまま放置したらどうなる?」


「スーリ本人しか、分からないと思います。ですが完成していない契約は、時と共に薄れ消えるのではないでしょうか」


「もしそうなら、その方がいいなー」


 捺印まで行ってない契約みたいなもんなら、そりゃ残ったままなわけない。


 今は仮契約とかトライアルな状態なのかな。


 だったら本契約はお断りだ。

 



 イヴがふと窓に目を向けた。


「スーリが戻りました」


「やっとか」


 バン!と相変わらず豪快に扉を開けて、スーリが小屋に入ってくる。


「随分長いお散歩だったな……。ていうかお前、きったな!!何したらそんな汚れるわけ!?」


 全身泥まみれのスーリは、俺に歩み寄ると何かを見せてきた。


 白い枝?汚い。湿った泥でぐちゃぐちゃだ。


「なに?」


「土の中で運べないから、歩いて持ってくるしかなかった」


「だからなんだよ、これ?」


 ぐいぐいと差し出してくるが、その汚さに受け取る気にならない。


 泥を落とせば綺麗になるかもしれない、艶々した白地が少し見える。


「リマを食ったやつの牙だ」


「……」


 リマを食った獣の牙…?


「やる。喜べ。嬉しいか?」


 固まって動けない俺に、それを押し付ける。


「報いのために殺したのは初めてだ。アベル、嬉しいか?」


 再び問いかけてくる。


「……俺は、そんな……」


 俺の腕に乗せられた牙の重み、よく見ると片方の端が赤黒い。


 ──血、だ。


 無理やり引き抜かれたのか、泥の塊に見えた部分が肉片だったと気付く。


 土と血の混じった匂いが鼻を衝く。


「スーリがリマを食ったから、アベルは怒ってスーリを殺そうとした。だからリマを食ったやつを殺してきた」


 俺は何も言えなかった。


 "これ"を今すぐ投げ捨てたい。


「そいつは腹が減ってたんだ。もう怒らないでやれ」


 スーリが抑揚なく言う。


 俺の腕から、イヴがそっと、その牙を取り上げてくれた。


 布に包んで──血も泥も見えないくらいしっかりと──窓際に置いた。


「スーリ、体をきれいにしましょう」


「……うん」

 

 立ち尽くす俺の反応を待つのをやめて、スーリは踵を返すとイヴに連れられてバスルームに消えた。





 俺は復讐を望んでたのか?


 そんなことはないはずだ。



 ……いや綺麗ごとを言うのはやめよう。


 スーリがリマを食ったと知った時、完全にスーリに殺意を抱いていた。俺の怒りは筒抜けだったはずだ。




 窓際に置かれた包みから、目が離せない。


 あれが触れた俺の腕は、泥と血で汚れてる。


 ほとんど反射的にそれを服で、こすり落そうとした。


 でも黒茶けた汚れが広がっただけだった。





 井戸の水で洗っても、血の匂いは俺の鼻腔に、しつこくまとわりついた。





 あの生命連鎖の島、旅立つ種子、森の小動物たち。色んなことが頭を巡る。





 ──腹が減ってたんだ──





 テーブルの上には、焼いた魚が山盛りになってる。


 俺と獣は何が違う?


 スーリは俺に、嬉しいかと聞いた。


 俺の為に殺してきたんだ。




 俺が喜ぶと思って獣を殺し、その牙を引き抜き、それを抱えて俺の為に帰ってきた。

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