Translation mystery


 陽が昇った後、俺とスーリは井戸のところにいた。ヒビを直そうと試行錯誤してる俺。ポットが直せたんだ。これだって直せるはず。


 周りをうろちょろするスーリが邪魔でしょうがない。ベッドに潜り込んでくるのもそうだが、何故かいつも俺の近くにいようとする。


「てかさぁ。お前、俺のベッドに入ってくるのやめろよ」


「なんでだ?」


 スーリが首をかしげる。


「なんでもクソも、普通は他人と一緒に寝ないんだよ」


「スーリとアベルは他人じゃない。契約した」


「他人だ他人。真っ赤な他人!」


「他人じゃない!赤くない!」


「もーうるさいお前。あっち行ってろ」


 手をひらひらさせて追い払おうとしたら、逆に俺の手元を覗き込んでくる。


「何してるんだ」


「この井戸直そうとしてんだよ。俺が割っちゃったから」


 覗き込むスーリを押しのける。


 ヒビ自体を修復するのは、ポットを直した感じですぐ出来たんだ。でも、その部分だけなんか新しく見えるっていうか、違和感がある。


 ペンキを一部塗りなおした感じだ。どうにかして元通りにしたい。


「スーリがやる」


「やらんでいい。俺の魔法の修行のためでもあるし」


「修行ってなんだ」


「修行ってのはぁ。能力を伸ばすための行動だ」


「能力を伸ばすとどうなる?」


「強くなったり賢くなったり、まぁ色々すごくなるんだよ」


「なる!すごくなるからスーリがやるぞ!」


 ああ、逆効果だった。俺にしがみついて邪魔してくる幼女。はたから見れば微笑ましいかもしれないが、こいつは怪力です。あばらにダメージ来る。


「だーーー!お前は既に、すげー強いんだろ!修行しなくていい!」


「もっと強くなるんだ!」


「お前もう魔法めっちゃ使えるんだろ!?」


「二つ足が使うような魔法は知らない」


そうそう。スーリが言う"二つ足"ってのは人間のことらしい。まぁ見たままよな。


「それって違うのか?」


 魔法の知識なら気になるから聞いてみる。


「アベルはほんとに何も知らない赤ちゃんだな」


「はいはい。赤ちゃんでいいから、教えろよ」


 小生意気なスライムだとしても、少なくとも俺より魔法知識があるから、教わることはやぶさかじゃない。


「精霊も、二つ足も、獣も、スーリ達も自分たちの魔法がある」


「ほうほう。どう違う?」


 イヴも言ってたな。人以外が使う魔法のこと。


「みんな生きる方法が違う。だから魔法も違う」


 相変わらず要領を得ないスーリの話。なんとなくは分かるけども。


「例えばスーリが使う魔法ってどんなのがある?」


「スーリ達が使う魔法は、道を作る。温度を変える。水を呼ぶ。増える…」


「待った待った。それぞれ、どんな魔法だよ。道を作るってなに?」


 スーリが屈んでぺたりと手の平を地面に付ける。


 そこから放射線状に土が盛り上がり、ぼこぼこと蛇行する土饅頭の列が生み出される。


「おお。土を耕す魔法?」


「違う。スーリたちは土の中が一番動きやすいから、固い石とか水とか邪魔だとこうやって道を作って広がる」


「なるほど」


 ふむふむする俺の横で、スーリは自分の手を、まじまじと見つめてた。


「どうした?」


「すごく上手くできたぞ!」


「へ?」


「二つ足の体はすごいな!」


「んん?」


「二つ足はスーリ達より、たくさんの魔法を使う」


 スーリは自分の手から腕、そして体に手をぺたぺたと触りながら、感激してるっぽい。


「二つ足の形は、魔法を使うための形だ!」


「よくわからん。っていうかその土の道、ちゃんと元に戻しておけよ」


「なんでだ?スーリは戻し方なんて知らない」


「仕事増やすなよ!このバカ!」


「スーリをバカって言うな!アベルがバカ!」


 俺も戻す魔法が分からないし、しょうがないから二人で、どつきあいながら足で踏み均して戻していった。


 半分くらい均したところで、イヴが食事に呼びに出てきた。俺たちがやってることを見て、小さな光を出現させてあっという間に地面を戻してしまった。


 最初からイヴに頼めばよかった。そして魔法を教わるなら、やっぱりイヴ一択だな。


 こいつじゃ混乱するだけだ。お株を奪われた、お強い幼女がどんな顔をしているかと見てみたら、じっとイヴを見つめてた。


 そのまなざしは尊敬とちょっと違うように見えた。




 粘菌幼女は、その後も当たり前のように切り株小屋に居座った。


 イヴは俺に対するのと同じように、スーリの世話も甲斐甲斐しくしてるし、追い出す気は全くなさそうだ。


 俺は俺で付きまとわれるし、出会いを思い出すと釈然としないが、完全に拒絶するほどでもない。


 奇妙な三人暮らしを、はからずも受け入れてる現状。




 一緒に暮らすようになって、いくつかスーリの生態を知った。


 まず、こいつは靴を履かない。俺とイヴはショートブーツみたいなのを履いてる。スーリの靴も作ろうとしてたけど、いらないと断られてた。


 大地とコンタクトが取りやすいから、裸足がいいらしい。


 接触で交流していた名残か、俺やイヴを触るのが好きだ。手を繋ぎたがるし座ってると膝によじのぼってくる。


 そして全くじっとしていない。あっちこっちウロチョロウロチョロ。行動範囲はいつも俺の近くだから、ものすごい邪魔。


 たまに、ほんとにたまにだが、静かにしてると思うと、森の地面に寝っ転がってる。もちろん髪も服も泥まみれ。イヴがそのたびに風呂に入れてやってる。




 今もイヴがオレンジっぽい果物を、スーリの為に剝いてやってる。その絵面だけ見てると、ほのぼのとした美人姉妹に見えるんだけどな。


「これは酸っぱい」


「はい」


「スーリはこれ好きじゃない」


「はい」


 会話を聞くと我儘お嬢様に苦労してる、お世話係って感じだ。


 俺はそんな二人を何するわけでもなく、ぼーっと見てた。まぁ粘菌は酸に弱そうだし酸味が嫌いだろうな。


 そして、はっと気付く。


「スーリ!」


「なんだ」


「お前俺の記憶で言葉を学んだって言ったよな?」


「うん」


「それはガルナ語か?日本語か?」


「どっちもだ」


「優等生すぎるじゃん…?」


「うん。スーリは赤ちゃんでもバカでもない」


「はいはい。イヴ、スーリの口はどう動いてる?」


「動きと発声が同じです」


 スーリがガルナ語を、ちゃんと喋ってるなら俺と違って翻訳魔法じゃなく、理解出来てるってことだ。



 ということは、俺の中には"ガルナ語の辞書"みたいなものがあるはずだ。


 翻訳データベースがないのに、俺の中で"翻訳"されるのはおかしいと、なんとなくは思ってたが、確定した。



 何故か俺だけは翻訳というプロセスを経てガルナ語を使ってる。



 スーリと俺の違いはなんだ?

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