ごめんなさい

「森に行きますが、アベルも一緒に来ますか?」


 次の日の朝、イヴが外套を着ながら聞いてきた。


「行きたい!何しに行くの?」


 俺はその誘いに飛びついた。丁度魔法の練習も飽きたところだ。


 イヴに新しく作ってもらった外套を着せてもらう。


 いや自分で着れるけど、イヴが着せてくれるから…。


 お子さまだから俺。


「アベルの魔力制御装具の材料を、貰いに行きます」


 魔力制御装具…?なにその不穏な響きの言葉。


 ギチギチの拘束衣にくるまれる自分を想像して不安になる。


「それと、森を傷つけてしまったことを謝りに行きましょう」


 え……。


 更に不安になる。謝るってことは、相手がいるってことだよね?


 俺は完全に加害者だけど、大丈夫なの?


「…誰に?」


「森の精霊にです」


 精霊っているの?まぁ魔法が普通の世界だし、いてもおかしくないよな…。


「そっか…精霊とかいるんだね。もっと早く謝りにいけばよかったよ」


「もう許されています。でも、アベルが自分で謝りたいのではないかと思ったんです」


 ああ、俺がもっと怒っていいって言ったせいかな。


 正直イヴになら怒られてもいいんだけど、他の相手だと尻込みしてしまう。


 許されていると聞いて少しほっとしたものの、やっぱり悪さして謝りに行くのは、気分が沈む。


楽しい森デートのつもりだったから、なおさらだ。


「うん、…ちゃんと謝りたい」


 これも本心だ。


 あと精霊に会ってみたいっていう気持ちも、ほんのちょっとある。


 見るからにしょげた俺を勇気づけるように、イヴは優しく手を引いて小屋から連れ出してくれた。








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 俺が燃やしてしまった森の中の広場まで来た。


 イヴと木を修復した時のまま、周囲の木はさわさわと元気そうだけど、深い森にぽっかりと大きな空間が空いている。


 でもよく見ると、むき出しの土だったところに雑草がいくらか芽吹いてる。


 植物の生命力ってすごいな。


 燃えた木を土に還したってイヴが言ってたから、そのせいもあるのかもしれない。


「はい」


 イヴの声に、顔を上げる。


「この子がアベルです」


 誰と話してるんだ?周囲を見回すが誰もいない。イヴの視線を追っても、その先には森があるだけだ。


「はい」


 イヴが俺を見下ろす。


「アベル、見えませんか?」


 なにを?なにがあるの?全然見えないけど?


「魔力を目に集めて、よく見てみて下さい」


「うん、分かった」


 目に魔力を集めるのは簡単に出来た。


 でも"よく見る"が分からない。見ろって言うからには何かがあるんだ。


 そしてそれは、普通の人間の目には映らないもの。


 見えないものが見えるようになる…うーん。眼鏡のイメージか?いやもっと簡単にコンタクトでいこう。


 イメージが固まったとたん、見えた。そして驚いた。


 精霊さんデカい。背がむっちゃ高い。2メートルは絶対超えてる。人間でもありえる身長だけど、5歳児からすれば巨人だ。


「見えたようじゃな」


 声も聞こえた。


 森の精霊は、俺が想像していた姿と少し違った。


 なんとなく、ひらひらした服着た綺麗な女の人を想像してたんだけど。


 まず性別が分からない。何故なら顔の一部以外、木肌に包まれていたからだ。


 一応手や足らしきものがあるから人間っぽい形ではある。


 ツタの葉っぱが茂ってるからドレスに見えなくもない。でも、単に蔦に絡まれまくった木のシルエットにも見える。


 声も聞こえるっていうより、頭に流れてくる感じで音として認識しにくい。


「み、見えました」


 状況整理の為にちょっと返事が遅れてしまった。


「この方は、森の王。シャラハ様です」


 イヴが俺にそっと教えてくれる。


「あっ、あの!シャラハ様!森を燃やしてしまってごめんなさい!」


 先手必勝だ。怒られる前に謝ってやる。勢いよく90度の角度で頭を下げた。


「幼き者、齢はいくつぞ」


「ご、五歳です!」


 中身は35です!


「この者は五百と少しじゃ」


 この者?頭を上げて見ると、精霊が隣の木を撫でていた。


「アベルよ。そなたが灰とした者たちも、同じほどの樹齢であった」


「‥‥‥」


「我ら地に芽吹き、根付く眷属。動くことも叶わず、声を上げることも出来ぬ。ゆっくりと魔力を蓄え、長く時を生き、いつか精霊となることを夢見、ただそこここに立つ」


 シャラハ様の目は、薄い茶色の綺麗な目だけど、悲しそうに見えた。


 ‥‥‥。



 こんな世界に来て最初に遭ったのが、あんな恐ろしい獣だったから、そのうち他の獣や悪人に出会って、自衛の為に命を奪う可能性がある事は、なんとなく想像してた。


 でも今の俺は、完全に自分が悪の立場に立ってるって気付いた。


 しかも森の王は、俺をなじるわけでもなく、静かに話してくれてる。


 めっちゃ怒って責められた方がましだ、こんなの。



「本当に…ごめんなさい…」


 無意識に俯いてしまった。


「もうよい。悲しませる為に姿を見せたわけではない」


 頬にざらっとした感触がした。


 シャラハ様が、かがんで俺の頬を撫でてくれてた。


「そなたとイヴが、我ら眷属を少しでも救おうとしたことも知っている。送り込んでくれた魔力は、心地よかったぞ」


 人の手を模った枝にしか見えない、ごつごつとした手だけど、なんかすごい優しくて温かい気がした。


「元より我らの体は強くはない。風雨に倒れ、病に枯れることもよくあることよ。そして太古より、生きとし生けるものはみな、我らを食い、利用し、生命をつないできた。それは真理の一部なのだ。恨みなどせぬ」


「‥‥‥」


 事実だ。この世界でも前世でも、植物がなければ生物すべてが成立しない。


「だが、見てみるがいい。どれだけ殺され、踏みにじられても、我らは世界にこれだけ蔓延っている」


 周りの木々を指し示したシャラハ様は、微笑んでいた。


 気付けば、周囲に精霊が何人もいた。


 シャラハ様よりは小柄で、少し似てるけど様々な姿をしてる精霊たち。


「ふふふ。個としては弱いかもしれぬが、種としてはかなり強いであろう?そう、我らはものすごく、強いのだぞ」


 いたずらっぽくシャラハ様が笑うと、なんだか俺も釣られて笑ってしまった。


「はい。強いと思います!」


「人は人の命を重んじると聞いた。…それと等しくとは言わん。ただ我らにも命あることを、心に留めておいてはくれまいか」


 俺はこくりと頷いた。


 燃やしちゃった木々は雨風に晒されながら、ずっとこの森で前世の俺よりはるかに長く生きてたんだな。


 正直、こうやって言葉を交わせる精霊にでも会わなかったら、木がちゃんと"生きてる"って本当の意味で理解することも、なかった気がする。


「ならば、もう気に病むな。これからの未来、我らをより知ってくれればよい」


 もうこれからは、無意味に木の枝折ったり葉っぱを毟ったりするのやめよう。決意が小さい気がするけど、今はそれくらいしか浮かばない。


「イヴ。随分聡い童ではないか」


「はい。魔法に関しても才能があり吸収も早い子です」


 ……三者面談みたいな話はじまった。ちょっと恥ずかしい。


「過ちを悔やみ、我らに心を添わせようとしてくれる優しき子よ」


「はい。思いやりのある子だと思います」


 待って、もう、マジで待って。せめて俺がいないところでやって、そのやり取り。


 ほんとの5歳児なら照れるところだろうけど、35歳にはいたたまれないよ。


 いや35歳でも照れ臭いけど。


「淵源の御方が興味を持たれるのも分かる」


「ご母堂様ですか?」


「うむ。近いうちに御使いがゆくだろうて」


 会話に置いていかれて俺が寂しがると思ったのか、シャラハ様はイヴと話しながら、俺の頭をわしゃわしゃしてた。


 淵源の御方とか、ご母堂様って誰だろう?


 その話にも興味があったんだけど、周りの精霊たちもわらわら寄ってきて、かわるがわる俺の髪をくしゃくしゃにするもんだから、全然話の内容が頭に入ってこなかった。


 なんなんだよー。人間の子供の頭って森の精霊にとって、すごく面白いものなのか?


 髪の毛はめちゃくちゃにされたけど、みんな優しく触ってくれたから怖くも痛くもなかった。


 ごめんね。君たちの仲間を燃やしちゃって。


 ほんとにごめん。もう二度とやらないって約束する。


 俺が精霊たちに、もみくちゃにされてる間に、イヴはシャラハ様と話終わったようだった。


 帰り道にイヴは小さな葉のついた枝みたいなものを持ってたから、それが魔力制御装具の材料だったんだと思う。


 思っただけなのは、聞けなかったからだ。


 魔法の練習やシャラハ様たちとの出会い、森の散歩に疲れ切ってしまった俺は、例のごとく電池が切れたように眠りこけてしまったのだ。


 この五歳児ボディは電池切れ早すぎ。


 イヴに手を引かれて小屋への帰り道を歩いていた記憶が最後。


 多分歩きながら寝た。


 そして多分、また抱っこで運ばれた。


 35歳独身、再び美少女に抱かれて眠る。


 とっても情けない。






 ──だから俺はその時、知らなかった。


 森の中から俺たちを伺っている小さな影があったことを。

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