イヴさんちのトイレ事情

 イヴの家にしばらく置いてもらうことになったのは、助かった。


 でも同居によるトラブルってのは起こりがちだ。最初のトラブルはすぐ起きた。



 トイレがない!



 腹いっぱい果物を食べたら、そりゃ食物繊維の猛威だ。


 のっぴきならない状況を伝えるも、イヴはなかなか分かってくれなかった。



 トイレがないってどういうこと?ありえるの?どんな欠陥住宅?


 可及的速やかにトイレを求める俺は、とりあえず痛む体を引きずるように森に入り、そこら辺に落ちてた枝を使って穴を掘り用を足す。



 イヴが付いて来ようとしてたけど、半径50メートル以内に近づかないで欲しいと申し渡した。


 そこらの葉っぱで後処理したけど、かぶれませんように。

 

 裏にあった井戸に案内してもらって手を洗う。


「なんでトイレがないの?」


「必要がないからです」


 さらりと言われた衝撃の事実。


 曰く、魔力の循環?で肉体を維持するのは、当たり前だそうだ。循環ってなに?


「肉体が充分に成長するまでは、それに必要な栄養が必要というのは知っていましたが、余剰分を排出することは忘れていました」


「大人は食事もしないってこと?」


「体内の魔力で事足りるのなら、その必要はありません」


「すごいな魔法って……」


 思わずつぶやいてしまったけど、その言葉は"この世界のアベル"の発言としておかしい。


 明らかに魔法のない世界から来ましたって言っちゃってるようなもんだ。


 イヴに嘘は吐きたくないけど、俺自身自分が置かれてる状況を理解出来てない段階で、転生とやらを暴露する気にならない。


 しばらくそこらへんは黙っていたい。


「でもトイレがないのは、困るなぁ。どうしよう」


「毎日するのですか?」


 イヴは俺のつぶやきに、特に反応することはなく聞いてきた。


「あっ…はい…毎日っていうか、日に複数回…します…」


 泌尿器科に行って自慰回数を聞かれた気分だ。


 また敬語になってしまう。おまるとか出されたらどうしよう。


 だって五歳児だし。




 トイレに関しては、更にイヴとひと悶着あった。


 だってイヴは、動き回る体力がまだないなら、そこらへんでしていいって言うんだよ。


 部屋の中だぞ?子ども扱いっていうより犬猫扱いだよね?


 自分がしないからって、排泄に関して羞恥心や衛生観念が欠けてるらしいけど、君だって子供の頃はやってたんでしょ。


 公開排泄とか羞恥プレイは厳しいの分かってほしい。


 切々と説明しても、納得したんだかしてないんだか分からない無表情でイヴが小屋の外に出てって、しばらく後戻ってきた。



 森の近くに小さな小屋が立ってた。


 中には座って用を足せる便器。


 覗き込むと底が見えないほど深い穴だ。どこへ繋がってるんだろう?少なくとも簡易トイレのタンクより容量多そうだし、すぐに溢れることもなさそうだ。


 小さなランタンが壁に掛かってる。


 便器の後ろ側にタンクがあって、その上に手を小さなノズルから水が流れてる。


 水道と違って垂れ流しのようだけど、タンクに一時水を溜めて、使用後にレバーを倒すと流れるようになってる。


 現代のトイレと基本的に同じ仕組みだ。


 小屋自体は細い枝を編んだかのような木製だけど、便器は石製に見える。触れると固く冷たく滑らかだ。




 俺の簡単な説明でここまで完璧──プライバシー、衛生、使い心地──にトイレをすぐ作れるイヴすごい。


 うちの事務所で是非雇いたかったレベルだ。




 トイレットペーパーに関しては、柔らかくて安全だと教えられた葉っぱで耐えることにした。


 イヴに頼んだら、どう見ても使い捨てていいと思えない、綺麗な布を差し出されたからだ。


 お坊ちゃま君でもない限り、そんなシルクみたいな布で尻を拭えないよ。


 何でもかんでもお願いしてやってもらうとのび太になりそうだし、お世話になっている立場上、あまりわがままも言いたくない。


 この大自然に対しての敬意のつもりで、俺は葉っぱをモミモミしてケツを拭くよ。


 幸いここでは葉っぱには困らなそうだし。


「ありがとう。こんな立派なトイレを作ってくれて」


「はい」


 微笑み一つ見せてくれないイヴだけど、親切なことはよく分かった。


 もうここが、元いた場所とは明らかに違う世界だと、実感が湧いている。


 周囲の森の木々、目にした魔法、見るもの全てが、似てはいても地球と違う。


 女神は俺が日本に戻ることは不可能だと言った。


 でもここでは日本で不可能だったはずの魔法がある。


 だったら可能性はあるんじゃないか?


 俺は諦めの悪い男だ。日本に帰れるなら帰りたい。


 なんにせよ今は、全く情報が足りてないな。





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 ベッドから自力で起きられるようになったから、居間みたいな部屋でイヴと食事をした。


 とはいえ、イヴはお茶飲むだけだから、テーブルの上の果物はほとんど俺の胃に収まった。


 食べるように促したらイヴも少し食べてた。


 食べる必要がないだけで、食べられないわけじゃないらしい。


「この果物どこから持ってきてるの?」


「森です」


「俺の為に取って来てくれてるんだよね。その収穫俺も手伝えるかな?」


「はい」


「あと…出来たら俺を助けてくれた場所に、連れてってくれると嬉しい」



 今更かもしれないけど、あの幼女の亡骸を埋葬してあげたい。


 もし、骨の一つでも残っていればだけど。


 きっとひどく残酷なものを再び見ることになるだろう。


 でもあのまま放置なんて出来ない。


 俺が体を奪ってしまったこの少年は、今はどうしようもないけど、せめてあの子だけでも埋葬だけでもしてあげたい。

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