第一〇話 空飛ぶ鋼城


― 米第二一爆撃集団指令室 Sideジャック副指令 ―



彼の気分は最悪だった。

これから自分の上司に報告に行かねばならないからだ。

それも悪い知らせを。


お蔭様で最近胃がきりきりいっている


指令長室と書かれた部屋をノックする。


「はいりたまえ。」

「失礼します。」

「今日の爆撃はどうだったかね?順調に戦果は上がっているか?」

「ええ、まあ……」

「はっきりいいたまえ。はっきりせんのは嫌いだ。」


「はっ!本日の戦果は偵察結果によれば戦果は上々。奴らの城を破壊するには至らなかったものの、敵に多く損害を与えております。

こちらの被害は未帰還が一七、損傷が六九機であります!」


予想道理、報告を聞いたルメイ少将は顔に青筋を浮かべ、こちらを睨んできた。

あえて開き直ってみたが、逆効果だったようだ


「何度言ったらわかるんだ!確かに、これは戦争だ。いくらかの損害が出るのは致し方ないことだとは思う。しかしだ。空襲のたびに三、四機。

ましてや今回は一〇機以上のB29が撃墜された。

そんな数を失っては話しにならん。あれはな、通常量産されている戦闘機や爆撃機と同じように扱っていいものではないのだぞ!

あれは一機で63万ドルもする上にその中に一一人もの乗員を乗せる。乗員一人一人を一人前に育てるのにも多額の費用がかかっているのだ。

あれをただの航空機として扱ってはならん、軍艦と同じように扱わねればいかんのだ。まともな対策もせずに軍艦を三隻、四隻と失うわけにはいかんのだぞ!」


『B29をただの航空機として扱ってはならん、軍艦と同じように扱わねればならないのだ』

最近の司令官閣下の口癖だ。実はこれ、ヘンリー将軍の言葉の引用なのだが自分もこっぴどく言われた分、私のような部下にも、しつこく言っているらしい。


「硫黄島が落ちれば、護衛がつけられます。あと少しだという陸軍からの連絡を信じましょう。」


「ふむ。なら、いいのだが……

うむ…分かった君と陸軍を信じよう。退室したまえ」


「イェッサー!」



―翌 二五日深夜 東京湾上空 sideジス ―



ジスは困惑していた。

今日はついにやってきた初任務の日だ。醜い黄色い猿共を焼きに最新の爆撃機B29空の要塞(フライングフォートレス)に乗ってやってきた。


なんせ要塞に乗って空を飛んで爆弾を降ろして帰るだけの簡単な任務。そう、聞いていた。

ラッキーショットで落ちる機体はあっても、それは運が悪い。と言わざるを得ないものだ。そう聞いていた。

なのに

なのに……


『くそっ!左下方よりジークが四機接近!エース機だ。ジス頼んだぞ!』

「イェッサー、アルバート中尉」


レティクル内に敵を捉え


撃つ


距離と相対速度を入力しているため、偏差は自動的に行ってくれる。

だが、敵はあのジークだ。ちょこまかと動き回ってくる。

敵機はぐんぐん近づいてきており、このままでは大口径の20mm弾を浴びることになってしまう……いくら頑丈な爆撃機とはいえ大量の銃弾を浴びればひとたまりもない。

まだ俺は……死にたくはない!

酸素マスクの中で、自分の吐息の音が木霊する。


しかし必死に撃墜しようとする努力虚しく、敵の弾丸が迫ってくる。

咄嗟に目をつぶり、死を覚悟する

天変地異が起こったかのように機体が激しく震え機体を貫通してきた銃弾が機体内で跳弾し暴れまわる音が聞こえる。


一瞬のはずなのに永遠にも感じられたその一瞬は地獄を生み出すには十分な時間だった。


『ああ゛っあぁああ゛!!!くそっ!タイラーとジャック以外全員がやられた!それに俺も足をやられちまった。後部は無事か!』


どこか被弾してしまったのか意識が朦朧になる。


『中尉!中尉!応答しろ!……くそっ、生き残っている奴はいないのか!今は敵が多くてそっちを確認している余裕はない!誰か、誰か、お願いだから応答してくれ!』

「う、うう……こちらジス……」


『おお!ジス、生きていたか。他のみんなは!?』


そこで初めて、狭い機内を確認する。上を見上げれば射撃指揮官のアルバート中尉が座っていた座席がある。

だが、そこにあったのは


“中尉だったもの”


だった。

ほぼ体の全体が紅く染まり、生きてはいないだろう。

ついさっきまで俺に指示を出していた戦友はもう、いなかった。

左側射撃手のアリソンも息絶えていた。

上部射撃手のバートンも


息絶えていた。


与圧室内は敵弾で穴が開いた影響か冷え切っており、血と鉄と油の混ざった匂いが入り乱れることはない。

だが、確かに三人は死んでいた。

「……私以外、だれも……」


『くそっ!なんてことだ。このままでは……』

『機長!正面に敵機』

「なにっ!」


そこで彼の意識は途切れた。



― ??? ??? ??? ―


「これが俺の棺桶か。まあ、せいぜいやるとしよう。」



― 二十六日早朝 ―



結局先の空戦で、四七機を撃墜するというこれまでにない戦果を挙げた。

こちらの損害も無視できない量だが……


いつものことだ。


だが……また、町が焼かれてしまった。今日は妻がいる方面が爆撃されたようだ。無事だと良いが……

さて、またしばらく教導か訓練の日々を……


おや?


ドアを叩く音がした。いったい誰だろうか?

「誰だ?」


「鮫島大尉殿でありますか!お手紙をお届けに参りました。」


こんな時期に、一体全体誰が手紙なんかを……


「分かった。入れ。」

「失礼します!」

「こちらです。」


手紙の差出人は……鈴木一飛曹だった。


「下がっていいぞ。」

「失礼しました!」

「なになに?……」



鮫島 高志殿


お久しぶりです小隊長。

この手紙が無事届いたということは小隊長が生きているということですね。安心しました。ここ最近は爆撃も増え、出撃回数も増えたのではないでしょうか?

さて、紙も小さいので形式は省略させていただきます。

私は今、神雷部隊と呼ばれる部隊の一員として訓練を受けています。噂で耳にしていらっしゃるかもしれません。そう、新型のロケット特別攻撃専用機『桜花』の部隊です。

一応軍機なのですが、とある伝手を通してこの手紙を届けました。

作戦も近く、これが最初で最後の手紙になってしまうかと考えると少々思うところはあります。しかし、最後に皆さんにこのような形でもお礼を言えると考えれば、まだまだ私は幸せ者です。

鮫島高志殿これまで大変お世話になりました。どうか、無事生き残ってくれることを祈っております。

どうか、ご無事で。


鈴木 英男



私はすぐに卓上にある紙をとり、筆を走らせた。




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用語解説


ジーク→零式艦上戦闘機


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