魔術帝国、廃棄令嬢物語
山口遊子
第1話 勘当
東西両ドライゼン帝国の核の応酬により荒廃し文明を失った世界(注1)が魔術により復興し、すでに2000年の時が経っていた。そしていま、魔術文明は爛熟期を迎えていたのだが……。
ここは、魔術文化の中心地、魔術帝国ザリアードの帝都マギアレグノ。
帝都の中央には皇帝の住まう水晶宮がある。
その水晶宮において毎年、年の初めのこの時期に、これから1年以内に満15歳を迎え成人となる貴族の子女が各地から集まり、彼らの持つスキルを鑑定する鑑定の儀が開かれる。鑑定されたスキルは本人の15歳の誕生日に発現し有効となるため、彼ら、彼女らはその日をもって晴れて成人貴族としての一歩を踏み出すことになる。
今日はその鑑定の儀の当日。親族や、家令などの
珍しい黒髪を肩口で揃えたフィーネ・バイロンも鑑定を待つ貴族の子女の一人である。フィーネは父親であるバイロン伯爵アレン・バイロンと母親メリンダ・バイロンの末子であり、上に長男で跡取りのトマス・バイロン、長女のバーバラ・バイロンがいる。
フィーネを見送ったバイロン家の初老の家令は鑑定館内の待合室で、フィーネが鑑定を終えて戻ってくるのを待っている。彼はバイロン家の領地である北方の街シームースからフィーネに付き添いフィーネの面倒を見ている。
フィーネは、これからの人生を決めることになる自分のスキルがどんなものか期待と不安で鑑定の順番を待っていた。
――一番いいスキルは魔力の倍増スキル、その次が魔力増加スキルと魔術効果の強化スキル。
ほとんどのスキルは魔術に関連したスキルで、ごくまれにそれ以外のスキルが現れることもあるが、魔術関連以外のスキルは帝国ではあまり評価されていないため、魔術関連のスキルでなくそういったスキルを得た者が貴族の嫡子だった場合は廃嫡されることが帝国では普通に行われていた。
フィーネの順番がきた。フィーネは係官に付き添われ鑑定館の中央にある鑑定の間に入っていった。鑑定の間では、部屋の真ん中に置かれた大理石の台に乗った水晶玉に両手を添えるよう係官言われたのでフィーネがその通りすると、水晶球の中に光の渦ができそれがすごい勢いでクルクル回ってやがて消えた。
鑑定の終わったフィーネは、家の人の待つ待合室で鑑定結果の書かれた鑑定証書のでき上るのを待つよう係官に言われた。フィーネが鑑定部屋を出た後、鑑定部屋の中にいた係官たちが集まり何やら話し始めた。
フィーネが鑑定の間の先の家令の待つ待合室に入ると、
「フィーネさま、いかがでした?」
家令の問いに、
「水晶玉の中に白い光がくるくる回って綺麗だった」
「私はそういったことがあることを存じませんでしたが、そういったことがあるのですね」
フィーネがしばらくと家令と一緒に座っていたら、鑑定証書が入っているという
「これ、鑑定結果が入っているから大事に持ってて」
フィーネから渡された封筒を家令はカバンにしまった。
「お嬢さま、1日、2日は帝都で羽を伸ばしても良いと旦那さまから伺っておりますが、いかがしましょう?」
「お父さまも、お母さまも私の鑑定結果を早く知りたいでしょうから、このままシームースに帰りましょう」
「かしこまりました。
一度宿に戻り荷物を纏めても、午後の北方行きの駅馬車の出発に間に合います。ですが急ぎましょう」
「そうね」
その日の昼過ぎの駅馬車便に乗った二人は、馬車を乗り継ぎ、1週間ほどで北の街シームースのバイロン邸に帰り着いた。
フィーネはさっそく、付き添いの家令と共に父親のアレン・バイロンのいる居室に向かった。
父親の部屋にはちょうど母親のメリンダもいた。
「ただいま帰りました」
「うむ」
「お帰りなさい、フィーネ。2週間ちょっと見ない間に大きくなったのかしら?
それで、どうだったの?」
フィーネは、鑑定の間で水晶玉を触ったら、玉の中で光が回っていたことを告げた。
「そんなことがあったの、私の時はそんなことはなかったけど、
あなたの時はどうだった?」と、母親のメリンダが夫のアレンに尋ねた。
「私の時も、水晶に変化はなかった。
フィーネ、鑑定結果を渡しなさい」
「旦那さま、こちらでございます」
フィーネに付き添った家令が封筒をアレンに渡した。
手渡された封筒から鑑定証書を取り出した父親のアレン・バイロンは書かれた文字をひと目見て、フィーネに向かい、
「フィーネ、自分の部屋に戻ってなさい」
父親の不機嫌そうな声を聞いたフィーネはどうしたのだろうと思いながらも、父親の部屋から出ていき自室に戻った。
バイロンの手にした鑑定証書に書かれていた鑑定結果は『鑑定できず』だった。スキルが有れば何らかのスキル名が鑑定証書に書かれるが、何もなければ『鑑定できず』と書かれる。
バイロンは隣に立つ妻のメリンダにその鑑定証書を渡した。
急に様子の変わった夫から渡された鑑定証書を見たメリンダ。
「まさか!? フィーネが」
「鑑定に偽りはない。スキルがない以上、フィーネは失格者だ。貴族の資格がない。わが国の法では平民ということになる」
「では、フィーネは?」
「ある程度の金を持たせて、家から出すしかあるまい」
「そんな」
「法は法だ。実際スキルが何もない子を貴族としてうちには置けない。それに、スキルのない子がうちから出たということが侯爵家に漏れれば、せっかく漕ぎ着けたバーバラの婚約が破棄されてしまう。今進めているトマスの縁談も破談になってしまう。
フィーネなどという娘はうちにはいなかったのだ。いいな。
ここに金がある。これをフィーネに渡してこの街から出ていくように言って屋敷から追い出してこい」
小袋を渡された家令は蒼い顔をして主人の部屋から出て行った。
部屋の中にはアレンとメリンダの二人。
「メリンダ、お前にも言っておくことがある」
「……」
「フィーネにスキルがなかったということは、フィーネはお前と私の子ではなかったということだ。
どういうことなんだ!?」
「あなた、まさか私が平民と不貞を働いたとでも?」
「それ以外、子どもがスキルなしで生まれるわけはないだろう。しかも、家族全員金髪なのにフィーネだけ黒髪ときた。
今さら別れることはしないが、私の目の前に現れるのはよしてくれ」
「あなたこそ、いままで何人の侍女に手を付けてるの!
こっちこそ願い下げよ。私の方から離縁して、実家に帰らせていただきます!
もちろん私の持参金は返していただきます」
「何を言っている。お前の持参金などとうの昔に無くなっている」
「それでは、この屋敷をいただきますから、あなたが出て行ってください。私の持参金には及ばないでしょうがそれで我慢しましょう」
「そんなことできるわけがないだろ。バーバラの婚約が控えているんだぞ! 娘が可愛くないのか!?」
「フィーネを追い出したあなたがよくそんなことを。
いいでしょう。バーバラが結婚するまでは我慢します。バーバラの持参金も私が工面しましょう。その後あなたはこの屋敷から出て行ってください」
「……」
注1:
『ASUCAの物語』のエンディングです。
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