このラブコメでは人が死にません!!

なべ

このラブコメでは人が死にません!!

放課後の体育館裏と言う言葉にはなんだか青春的なロマンを感じる。

告白とか秘密のあれこれとかが行われいていそうで。

今日のお客さんはまさにそんな感じだった。

彼を呼び出したのは、少しくせっけの髪は肩にかかるぐらいの女の子。


「すみません、こんなところに呼び出してしまって。でも、どうしても涼介君に渡したいものがあるんです」


「そうなんだ」


この状況に似合わない冷めた声で返すのは、ここに呼ばれた涼介と言う男の子。

彼はめんどくさそうな態度で彼女の方を向いている。


「そうなんです! どうか、これを受け取ってください!」


手には何も持っていない彼女だったが、足元に置いていたリュックの中をごそごそと探る。

そして、その渡したい何かを見つけてこう言った。


「ちょっと、こっちに来てもらってもいいですか?」


その言葉を聞いて、彼は何も返さず3歩ほど距離を詰める。


「ありがとうございます!これをどうぞ!」


次の瞬間、銃声があたりに鳴り響く。

学校の作り的に音が反響しやすいからか、一回の銃声が何度も両耳を通過して、耳が痛くなる。


そして、肝心の銃弾は彼の胸をしっかり捉えていた。

その体が、糸の切れた人形のように倒れて動かなくなり、引き金を引いた少女は自らのしでかしたことに気が付く。


なんてことはない。


彼は弾丸に打たれたところを抑え、痛そうに顔をしかめている。

一方で彼女は、両手で撃ったのにもかかわらず、抑えきれなかった反動でしびれている手に意識を向けていた。


「気は済んだ? 俺は保健室に行くから」


彼は胸に手を抑えながら、訪ねる。


「割と気分いいですね。私は初めてでしたけど」


「二度としないでくれるとありがたいんだけどね。ところで、その銃はどこから?」


「物部さんです。何でも屋の」


「あーなるほど。でも銃って高いんじゃないの?」


「そんなことないみたいですよ。私のバイト代でも余裕でした」


笑顔で返す。


彼は嫌なことを聞いた、と言わんばかりに顔をしかめる。

あの何でも屋は、とても便利だが、文字通りなんでも売ってくれるからこういうことが起こりがちだ。

涼介は後で一言文句を言っておこうと決める。


「じゃあ、またね。えーっと……」


「ああ、まだ名乗ってませんでしたね、天野です。お隣のクラスの天野美空です」


「よろしくお願いします」と頭を下げて笑顔を作る。

それにつられて、彼も少し頭を下げる。


「それで、天野さんの能力ってどんなのか聞いてもいい?」


「私の能力はですね、明日の天気が分かるんです」


「なるほど、平和で良いね。ちなみに明日の天気は?」


「私の今の心と同じく、晴れです!」


彼は微妙な顔をして「ありがとう」と返し、保健室に向かった。



「はぁ、また怪我したの? って言っても外傷はもう治ってるみたいだけど」


「銃で一発撃たれただけですからね。殺されたぐらいじゃ死にませんよ。先生、いつものお願いします」


「はいよ。その破れた制服脱いでね」


銃は服の上から撃たれたので、当然だが撃たれた部分は破れてしまっている。

このままでは目立ってしょうがない。

なので、大抵保健室の常坂先生に直してもらっている。


「別に着たままでもいいんだけどさ、あんたの体特別だからあんまり干渉したくないんだよね」


「脱いだ方が血も吸いやすいですしね」


「どちらかと言うとそっちが本命かな。はい、元通り」


常坂先生は触れたものの時間を戻すことが出来る。

ただ無限に遡れるわけではなく、半日ぐらいだそうだ。


「じゃあ、いただきます」


先生はいつもは見せない牙のような歯を見せて、彼の首筋にかぶりつく。

そして、恐らく無意識的に、彼の背中に手をまわしてきつめに抱きしめる。

少しだけ静寂が支配した後、ゆっくりと首筋から顔を上げる。


「はー、やっぱりお前の血はうまいな! これに合わせて煙草が吸えたら最高なんだけどなー」


「ここ学校ですよ、先生」


「冗談だって。物部から買ったシーシャで我慢するわ。と言いたいところだけど、手順がめんどくさくてまだ使ってないんだよね」


と言った目線の先には、理科の実験器具のようなセットが片隅に置かれていた。


「シーシャについてはあまり知りませんけど、煙草はほどほどにしてくださいね」


「ほどほどに生きるなら煙草なんて吸ってないよ、少年」


「そうですか、じゃあ僕はこれで」


先生にはお世話になっているが、血を飲むと若干テンションが上がってダルがらみっぽくなる。

お酒を飲んだ時もこんな感じなのだろうか。

そこそこに会話を切り上げて保健室を出た。


そこで待っていた、待ち伏せ居ていたのは、とある女の子。

スポーツ少女のようなスラッとした体付きに、短めの黒い髪は彼女に良く似合っている。

そして、涼介にとって最もなじみ深い人の一人で、幼馴染の環奈だ。


「涼ちゃん待ってたよ、傷はもういいの?」


「ああ、銃で一発撃たれただけだし大したことないよ」


「それでも幼馴染としては心配なんだよ!いっつもそんな目に合ってるんだから」


「なら、助けに来てくれてもいいんじゃない? どうせ撃たれたところ見てたんでしょ?」


彼女は「ばれてたかー」と言うように右手で髪を触る。

その後、はっとしたような顔で少し早口でまくし立てる。


「いや、でもね聞いて? 銃って危ないんだよ? 私が危険な目にあってもいいの?」


そのもっともらしそうな言葉を聞いて、涼介は呆れたように言葉を返す。


「お前が素人の銃で撃たれるわけないだろうに」


「いや、まぁ、でも、私だって女の子だし、ね?」


「ね?」って言われても返しに困る。

涼介は「もう帰ろうか」とわざとらしく校内の時計を見てそのまま歩き出した。

保健室のすぐ隣が下駄箱なのですぐに帰れる。

その時だった。


「ちょっと待ったー!!」


少し遠くから、誰かが走ってくる。

その腕には風紀委員の腕章をしている。


「えー、なんか風紀委員来たんだけど、めんどくさい」


環奈は本気で嫌そうな顔をしている。

と言うのも、この学校の風紀委員は風紀委員長や学校の審査があり、中々入るのが大変だ。

と言うのも、この学校は何かしらの能力が使える人が多い。

そのため、それを抑える役割の風紀委員にはそれ相応の実力と人格が求められる。


「さっき銃声がしたから中庭に様子を見に行ったら、天野さんが居て事情を聴きました」


「それで?」


「それでじゃないわ! またあんたがなんかやったんでしょ、この問題児!」


涼介自身は基本何も問題を起こしていない。

しかし、トラブルに巻き込まれるときは大抵居るので、風紀委員的には何かトラブルを起こす因子を持っている危険人物となっているようだった。


「だから、いつも説明してるけど俺はなんもやってないんだって」


「犯人はいつもそう言う!私が風紀委員になったからにはあんたの問題行動暴いてやる!」


「そして、委員長に褒められたい」と虚空を向いてうわごとのように話す。

私利私欲まみれだった。


「もう、無視して帰ろう」


環奈が耳打ちしてくる。


「そうだね、帰るか」


妄想にふけっている風紀委員を横目に、外に歩き出す。

すると、それに気が付いた彼女から声が掛かる。


「勝手に帰ってんじゃなーい!藤涼介、こっちに来い!」


その瞬間、涼介の体が勝手にUターンして彼女の方へ歩き出す。


「なんだこれ、体が勝手に……」


涼介の意志とは無関係に体が動く。

まるで、自分の体の制御が誰かに奪われたように。


これはまずい状況だ。


環奈の機嫌がとても良くない事を涼介は察していた。

このままだと、また後処理が増えるだけになる。

そして、その不安を助長する言葉が聞こえてくる。


「せっかく涼君と一緒に帰れるって言うのに…… 保健室隣にあるしちょっと痛い目に合わせてもいいよね?」


そういうな否や、環奈は風紀委員に向かって走り出す。

その際、涼介の肩に一瞬手を触れる。


「水無月環奈、止まれ!!」


そう叫ぶが、全く環奈に効いている様子はない。


「なんで!? とまれ! とまれ!」


そう繰り返すが、二人の距離は縮まるままだ。

体の支配が解かれた涼介が声を出すのも間に合わない。


その時……


「環奈さん、そのくらいで勘弁しといてくださる?」


頭の中に直接声が響く。

この声は聞き覚えのある声。

と言うかこの学校にいるものなら知らない人はいないだろう。


「やだね、文句あるなら止めてみな」


「えー、そう言わずに」


また声が頭の中に響いてくる。

その間に二人の距離はもう近く、拳が届きそうな距離まで迫る。


「助けてください! 委員長!!」


「しょうがないですね」


その瞬間二人の間に、急に人が現れる。

しかし、そんな事お構いなしに環奈は拳を振り切った。


「難なく受け止めるんだもんなぁ。委員長は」


その拳は風紀委員長の左手によって受け止められていた。


「いや、そんなこと無いですよ。手が痛いです。じんじんします」


そう笑顔で返す。

この人が風紀委員長その人だ。

成績優秀、品行方正で教師からの信頼も厚い優等生。

黒くて長い髪をたなびかせる姿は大和撫子という言葉が良く似合っている。


「後ろの子もろとも吹き飛ばすつもりで殴ったんだけど」


「それは感心しませんね、私の可愛い新人をそんな風にされては黙っていませんよ」


「委員長……」と感嘆の声を漏らす彼女は、二人の威圧に巻き込まれて地面にへたり込んでしまっている。


「でも、言葉ことはちゃん。あなた、全学年の名簿と能力覚えた? 風紀委員に入ったらまず初めにすることって言ったよね?」


「いや、その、まだ半分ぐらいです」


言葉ことはと呼ばれたその風紀委員はしどろもどろになって返事する。

その返事を聞いて、委員長は振り返って言葉の目を見つめる。

そうすると、言葉の目が段々と生気を失ったように虚ろになっていく。


「もう一回聞くね、どれくらい覚えたの?」


「さっきは半分くらいと答えましたが、実際には3割ぐらいです。今週中には8割がた覚えてくる予定です」


抑揚のない声ですらすらと答える。


「うわ、催眠とか悪趣味。あんたのそういうところが嫌いなんだよね」


「あなたに効かないのが残念です」


「死んでもごめんだよ」


軽いやり取りをした後に、委員長が手をパチっと叩く。

その音に反応して目が覚めたように、顔を上げる。


「申し訳ありません!その、委員長に失望されたくなくて!せっかく入った風紀委員なんです!」


「うんうん、大丈夫ですよ。怒ってません」


その言葉に顔を明るくして「ありがとうございます!」と返す。

しかし、そこにいる他の二人、環奈と涼介は、この委員長がそんな性格ではない事を知っていた。


「3割も5割も8割も大して変わらないですから。今日中に全部覚えてしまいましょう」


完璧主義者の最たるものである彼女は、他人にも妥協をよしとしない。

でも、そのくらいじゃないとこのめちゃくちゃな学校で風紀委員長なんて務まらないのかもしれない。


「が、頑張ります!」


彼女に残された言葉はもうそれしかなかった。


「じゃあ、お騒がせしました。お二人ともまたね」


最後は気さくに手を振って消えていった。

そこまで完全に空気だった涼介が溜息をこぼす。


「やっと、帰れる……」


こんなのが日常なんて、どうかしてる。

なんて、彼はいつも言っている。



「いやー、やっぱり委員長はいつ会ってもやばいね」


「どっちもどっちだと思うけどね」


実際ほぼ一般人の涼介の目から見たら、どちらがなんて想像つかない

それよりも、巻き込まれることを避けたい。

別に巻きもまれても死にはしないが、痛い事には変わりがないのだ。


「さっき使った能力だって、千里眼、念話、テレポート、催眠とかやりたい放題じゃん」


「しかも、あの一発を受け止めたのって能力使ってないんでしょ?」


「そりゃ、そうだよ。私に触れられて能力なんて使えるわけないし」


その後は今日の授業の事とか、週末何するとか、最近はまっている事とか、取り留めのない会話をした。

さっきのごたごたとは打って変わって、普通の、本当に普通の学生の会話。

この街が少し特殊であっても、彼、彼女らはまだただの高校2年生だ。

そのことを少しだけ思い出させてくれる光景があった。


夕日に照らされる河川敷という言葉にはなんだか青春的なロマンを感じる。

なんてことない学生の二人を物語の主人公にしてしまう力がある言葉だ。

今日のお客さんもきっとそんな感じの会話をしているはずだ。


「ねぇ、涼くん」


「なに?」


「手、繋いでもいいかな?」


彼は、少し考えるそぶりを見せてから、「いいよ」と返した。


「珍しいね、最近はあんまり『手をつなごう』って言い出さなかったから、もう飽きたのかと思ってた」


「違うよ!これは、私の中ですごく特別な事なんだから!」


「そうなの? 小さいときはよくやってたじゃん」


「分かってないなぁー、分かってないよ、涼くん。いい? 私たちが手繋いでいる時に上からトラックが降ってきたら、涼くん死んじゃうんだよ!?」


「そっちは死なないだろうな。っていうか手を放せよ。そうしたら、少なくとも死にはしないだろ」


「いや! そんなことしたら、離れ離れになっちゃうんだもん」


「もう勝手にしてくれ……」


わがままにさじを投げた彼だったが、手を振り払おうとはしない。

それは、諦めているのか、彼なりの答えなのか。

その心境さえ、夕日の中に吸い込まれていった。

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