第13話 私たちだから出来ること

「夜中の見張りは交代でするって取り決めたはずだよね!? 自分の睡眠時間を削ればいいってものじゃないんだよお兄ちゃん!!」


 夜が明けて太陽が昇り始めた頃。俺は正座で唯奈ゆいなから説教されていた。唯奈的には交代を無視した事は看過できない行為らしい。確かに皆で決めたルールに背いた事に変わりは無いのだし、反省。


「まあまあ唯奈ちゃん、勇人ゆうとくんも唯奈ちゃんの事を思ってたんだよ」

双笑ふたえさんもです! お兄ちゃんと見張り交代する時、なんで起こしてくれなかったんですか!」

「え、えーと、起こすのは悪いかなーって思って……」

「そういう決まりにしたじゃないですか!」


 ご立腹な唯奈をなだめようと双笑がそう言うが、唯奈は彼女にも叱った。いざとなったら年上にも強気に出るのは昔から変わらんなぁ。双笑は若干気圧されながら昨日俺が隻夢に言ったのと同じような言葉を口にしていたが、それでも唯奈をなだめるには足りない様子だった。


 あの後、俺と隻夢ひとむが話している間に双笑は起きてしまい、結局そのまま双笑と隻夢に見張りを任せる事になった。その時、疲れてるだろうから唯奈は起こさないでおこうと一番に提案したのは、実は双笑なのだ。


「とにかく! 今晩からはちゃんと交代で見張りするからね!」

「すんませんした」

「ごめんなさい……」


 気付けば俺の隣で双笑も正座しており、腕を組んで仁王立ちの唯奈に二人で謝った。唯奈は本気で怒ると今とは比べ物にならないぐらい怖いので、二度と繰り返さぬようマジで反省します。


「……まあ、私の事を心配くれてたのは分かったし、今回はこれくらいにしておきます。はやく朝ご飯食べよ」


 俺たちの気持ちは伝わったようで、唯奈は怒りを引っ込めてくれた。今日の朝食分の携行食を取って来るためにリュックへと歩いて行く。緊張の糸が切れたように、俺と双笑はそろって安堵のため息をついた。


「……こんなに本気で怒ってくれるなんて、やっぱり優しいね」


 隣ではにかみながらそう言う双笑は、なんだか嬉しそうだった。……いや、本気で怒ったらこんなもんじゃないぞあいつ。





     *     *     *





 軽めに朝食をとり、準備と整えて早速出発する事に。目的の謎の場所はここからかなり遠いが、タイムリミットがある訳でもない。焦らず歩みを進めればいい。


「とりあえずここから大通りに出て、街の中心の方に行く感じだな」


 俺が地図を広げて立ち止まる中、双笑は覗き込むように横から手を伸ばした。


「ねえ、これって学校じゃない?」

「ん? ああ、ホントだ」


 双笑が指す先には、『雪丘中学校』と記された広い場所があった。どうやら災害時の緊急避難場所として利用されているようだ。


「もしかしたら他の生存者もここにいるかもしれないし、行ってみない?」

「確かに、ゾンビパンデミックなんて災害どころの騒ぎじゃないし、避難してる人もいるはずだろうな」


 雪丘中学校はここから少し遠いが、ゆっくり歩いても二日以内にはたどり着けるだろう。さっきも言ったが、目的地へは急いでる訳じゃない。他の生存者と会える可能性があるのなら、寄り道してみるのもいいかもしれない。


「でも、行ってどうするの?」


 ひとまず目先の目標を決めた俺は地図をたたみながら、唯奈がそう言うのを聞いていた。


「どういう意味だ?」

「そのままの意味。私たちは目的を持って旅をしてるから、学校に残る事はできないじゃん? だから行って何するのかなって思ったの」

「それはもちろん、生き残った人達を助けるんだよ!」


 パーカーのフードをばっちり被った双笑はグッと拳を握って、力強く宣言した。


「助けるって、どうやってですか?」

「うーんと、話し相手になってあげたり、食料が少なくなってたら取って来てあげたり、いろいろだよ!」

「いろいろ……」


 具体的な割にパッとしない双笑の説明に唯奈は戸惑っているようだ。それにしても、特に最初のなんて実に双笑らしい。それでいて絶妙に必要なことでもあると思う。こんな絶望しかないような世界では、つい暗い思考になったり塞ぎ込んだりしてしまう人もいるだろう。その点、双笑のような明るい話し相手がいると心が軽くなるだろうからな。


「それに、せっかく異能力があるんだもん。上手く使えば人助けにもなるはずだよ!」

「それはそうだな。ゾンビを少しでも倒せば、人類の誰にだって助けになるだろ」


 さすがにゾンビが街を徘徊してて得するような人間はいないだろうし、人助けだと思って、ゾンビは倒せる範囲で倒しておこう。それが巡り巡って俺たちの窮地を救ってくれるかもしれないしな。


「と言っても私は隻夢に任せっきりで、ゾンビと戦ったりなんて出来ないんだけどね」

「そうか、あの吹っ飛ばす異能力は隻夢の能力だったっけな」

「そうなんだよー。私の能力は戦いには使えないんだぁ」


 双笑は申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

 ふと、昨晩隻夢から聞いた話が脳裏によぎる。彼女は目の前で両親を失った。それもゾンビとなって、今も歩く屍として街を徘徊しているのだろう。そんな彼女がゾンビと戦えないのを申し訳なく思う必要なんてどこにもない。


 というか異能力を持っているとはいえ、高校生の少女があんな典型的ホラーの塊と真正面から対峙するなんてそもそも普通じゃないのだ。バット片手に殺る気マンマンなうちの妹は大概おかしいのかもしれない。


「お兄ちゃん、今失礼な事考えてるでしょ」

「いや別に。ゾンビ相手に怯むことなく金属バットをふりまわす中学生は唯奈ぐらいだろうなーって」

「それ思いっきり失礼じゃん。別にまだ一度も振り回してないし怯まないわけじゃないし、言わせないでよ。お兄ちゃんデリカシーなさすぎ」

「そうだよ勇人くん。いくら唯奈ちゃんが強そうだからって、ゾンビの頭をかっとばしてホームラン打ったりしてないよ」

「双笑さんも大差無いじゃないですかもう……」


 そんな事を話しながら、俺たちは雪丘中学校へ向けて歩みを進める。目的地との中継地点とも言えるそこに、はたして生存者はいるのだろうか。きっとどこかに避難しているはずだし、他にも生きてる人はたくさんいるはずだ。双笑に会えた事もあり、人類はまだ滅んでいないのだと希望が見えて来た気がする。それは精神的な支えになる。


 父さんと母さんは何故この事態を予想していたのだろう。その時、何を思ったのだろう。そんな考えは今でも頭の中をぐるぐると回っている。だが少なくとも今は、不安は感じていなかった。


 唯奈と、双笑と、隻夢と。皆と一緒ならどうにかなる。そんな根拠のない自信が湧いて来るのだ。

 それになんたって、不思議で強力な異能力があるもんな。この力で、こんな世界でも生き残ってみせる!


「あ、お兄ちゃん、目の前にゾンビいるよ」

「え?」

「グァガアぁぁ!!」

「うわあああああああ!!」


 ……やっぱ俺、ひとりじゃ何も出来ねえや。

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