第10話


 霊獣ファントムとは若くして亡くなった人の『意識』、即ち『魂』を器へと移した新たな人類の形である。

 未練による生への渇望が強い彼らは、その『意識』による力を得る。

 しかし若き『意識』は未成熟のため、とても不安定。そのため人とは異なる『意識』を持ち、安定した『本能』を持つ他動物の情報を、個々の適性を元にその器に組み込む必要がある。

 霊獣ファントムを生み出す力を持つあらがね政時まさときは、現世の者を介して天淵樹に情報を記録しこの世界、『天淵てんえん』の発展を目的としている。

 霊獣ファントムの意識を入れる器とは、天淵樹から成る『天淵の種ソウルシード』という種のような形をした物体である。情報空間を作り出す性質を持っており、普段はその空間に実体を隠している。

その『天淵の種ソウルシード』を介して生前の記憶を天淵樹に記録し、天淵にいる間もなお生まれる記憶も天淵樹の成長の糧となる。

 反対に天淵樹は霊獣ファントムが生活するために必要なエネルギーを生み出し、その永遠と言える命をサポートする。


 舞冬が話した内容は大まかこのような事だった。

 確かにこれで色々と疑問だった事に合点が行く。

 あの獣に襲われた時、確かに晴空は『未練』を感じていた。あの時ほど生を渇望した瞬間はないだろう。

 晴空が力を使った時に生えてきた翼。恐らくあれは他動物の情報による影響だった。晴空の器、所謂『天淵の種ソウルシード』には鳥類の情報が組み込まれているようだ。

 舞冬や晴空自身が時折見せたどこからともなく物体を出現させる能力。あれは『天淵の種ソウルシード』の情報空間から出現させているのだろう。

 あの政時という男の目的は、聞いた限りでは漠然としていてまだハッキリとしていないが、恐らく先程見た天淵樹という存在が鍵を握っているだろう。


「ここまでは理解出来たかしら?何か質問はある?」


(質問…今聞いた範囲で分からないこと…そういえば霊獣ファントムの存在意義は理解したけど、この力って何のためにあるのかな…)


 そう、生への渇望が力になると説明されたが──

 舞冬の高い戦闘能力、晴空の熱風、かえでの瞬間移動。

 今まで体験してきた霊獣ファントムの力というのは、単なる力にしては強力すぎる。まるで何かと戦うためのような──


 ウーッ!ウーッ!ウーッ!


 突如、アラートのような機械音が晴空の意識の中に鳴り響いた。あまりにも突然の出来事に背筋が凍る。

 しかも同時に、舞冬が手に持つPデバイスからも同じ音が聞こえていた。

 つまりは恐らく、晴空の脳内で聞こえる音もPデバイスの音なのだろう。

 舞冬と対峙して霊獣ファントムの力を使った時、気付かぬうちに件の情報空間にしまっていたようだ。それこそ、あの謎の存在に体を操作されたように。


「あらら、これから説明しようとしてたのにわざわざご本人が登場してくれるなんて…丁度いいじゃない…桜!」


 舞冬は椅子から勢いよく立ち上がると、祭壇にいるあの正座した金髪の女性へ向かって叫んだ。

 直前とは雰囲気が変わり、まるで晴空を殺そうとしていた時の舞冬のように真剣だ。


「わかっている」


 桜と呼ばれた女性は低い声で呟いた。

 しかし、晴空が初めて聞いたその声は、祭壇から少し離れたこの場所でも、呟いただけで覇気のようなものを感じるほどだった。

 桜は傍らに置かれた鞘に入った刀を手に、正座から姿勢よく立ち上がると目をカッと開いた。その瞬間、桜の周りに旋風が巻き起こり、先程まで纏っていた青白いオーラのようなものが消え去った。

 それでも、視覚できない覇気は今だ消え去っていない。こちらへ1歩近づく度その覇気は強くなり、晴空に重圧をかけた。


「調子はどう?」


 土台の隅に置かれた下駄を履く桜に、舞冬は気軽そうに話しかける。言うほど心配しているようには見えない。


「無論だ」


 桜は間髪入れずに答えた。口調は冷たかったが、こちら側を向き穏やかそうな顔をしていた。

 しかしすぐに前を向き、鞘を構えて前傾姿勢を取ると──


「ふぅ…では参るぞ!」


 ドサッ!


 地面が抉れる音と共に、桜は目にも止まらぬ速さで駆け抜けて行った。かえで程ではないが、空気を切り裂き風と共にこの場からどんどん遠ざかって行く。

 向かう先を見るとそこには、広大な砂原が広がっていた。

 ここからだと随分遠くに見えるが、この場所は丘のようになっている上、砂原まで何も障害物が無くまっさらなのでよく見える。

 天淵樹周辺の青々とした草原とは対照的に、そこには砂以外何も見えない。砂原周辺の草原は枯れており、まるで草原を侵食する様に広がっていた。


「あなたも良かったら来て。ちょっと危ないけど、この後教える事が分かりやすくなると思うし、あなたに怪我は絶対負わせないって約束するわ!来ないならそこで待っててちょうだい!それじゃ!」


 そう言って舞冬も桜の後を追って走って行ってしまった。晴空がいる場所に残ったのは、舞冬が走った事による風の余韻のみ。


(どうしよう…正直、あんな遠くまで走るの面倒なんだけど…)


 咄嗟に走ろうとしたが、そう思い立った瞬間足が止まってしまった。

 ここにいても仕方ないのだから、着いて行く他選択肢は無い。しかし、あの砂原に行って何をするのか全く検討が着かない以上、危険だと言われた場所に好んで行く人は少ないだろう。


(なら、好んでる奴に背中を押して貰わねぇとなっ!)


「──!!」


 突如謎の声がしたかと思えば、晴空の腰からあの翼が生えてきた。あの時と変わらず刀のような羽根は鋭く、瑠璃色の輝きを放っている。

 晴空が翼に気づくのと同時に、その翼は勢いよく数回羽ばたく。鋼のような羽根が生えているにも関わらず、いとも容易く晴空の体が宙を舞う。

 そしてその翼は大きく左右に広がると――


 バンッ!


 翼を晴空の後方へ一気に閉じ、空気が撃ち出されたような爆発音と共に晴空は砂原目掛けて飛んで行った。

 否、正しくは山なりに吹っ飛ばされたという方が正しいだろう。晴空の身体は腰の翼に引っ張られ、飛んでいる方向に背を向けてしまっている。

 そんな無様な体制でも速度は衰えることなく弾丸の如く加速し、今にも砂原に着かんとしていた。

 気を失いそうになりながらも、晴空はどうにか進行方向へと顔を向ける。

 すると砂原の中心に、大きな黒い裂け目のような物が現れ、そこから赤黒いエネルギーのような物が溢れ出しているのを目視できた。

 それはさながら出血の如く、とめどなく流れ続ける。しかしその中心にも又、巨大で不気味な影があった。

 赤く瞳のない大きな目、蠢く異形の口、長く細い触覚、細かい毛の生えた節が擦れてカサカサと音を立てている。

 その姿はまさに――


「ヒイッ!?」


(虫は無理ぃぃいい!!!)

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