第24話 毒
「エーデルの、魔術ですか?」
いつもの部屋、いつものベットに腰掛けたサーシャは、首を傾げながらエーデルの発言を反芻した。
「ええ。貴女の護衛をするなら、わたくしの魔術についてもお話ししておくべきかと思いまして」
そう言いながら、エーデルは机の横に立て掛けてあった古いトランクを引っ張り出した。
「魔術を使う者は皆、『適性』を持っている事はご存知ですわね?」
「は、はい。誰でも、何か一つの属性については他の属性よりも相性がいい――つまり『適性』があります」
「その通り。『適性』を持つ属性の魔術であれば、適性の無い他の属性よりも高い効果をもたらしやすく、術の成功率も上がる。魔術学の基本ですわね。サーシャは、確か炎の適性を持っていましたかしら」
エーデルの言葉に頷いたところで、サーシャは気付いた。
「そう言えば私、エーデルが何の魔術に『適性』を持っているのか、知りません」
学院にいた頃、エーデルは主に炎の魔術を使用していた。だから炎に『適性』があるのだと思い込んでいたが――
「知らなくて当然。これまで、誰にも言った事が無いのですから」
トランクを開くと、その中には乾燥させた薬草や何かの粉末、金属の欠片といった物が所狭しと詰め込まれていた。
「サンドライト家を出る時、信頼していた使用人に、これだけはこっそり送ってくれるよう頼んでおきましたのよ。さすがに平民の身分で、ここまでの素材を集め直すのは無理ですから」
言いながら、手慣れた様子で薬草と粉末を少量ずつ机の上に出す。
「サーシャ。そのペンダントを貸して下さらない?」
サーシャは、言われるままにペンダントを手渡した。
「同じ毒を使われる事は無いと思いますが、一応ね」
フラスコの蓋を開けると、その上で手をかざす。すると仄かな光と共に、机に置かれた薬草や粉末がくるくると空中で混ざり合い、やがて透明な液体となって、フラスコの中に落ちた。
サーシャは息を呑んだ。
彼女の目の前でエーデルがいとも簡単に作ったのは、あの解毒剤。
「エーデルの『適性』は『薬』ですか……?」
しかし、エーデルは首を振った。
「外れてはおりませんが、どちらかと言えばわたくしの『適性』は逆寄り――」
蓋を閉めたペンダントをサーシャに返し、エーデルは笑った。
「――つまり、『毒』ですわ」
「……毒?」
サーシャの顔がこわばったのを見て、
「あ、貴女に毒を盛ったのはわたくしではありませんよ!? それはもう天に誓って!」
エーデルは慌てて弁明する。その様子に、サーシャは「ふっ」と笑みをこぼした。
「大丈夫、エーデルを疑ったりしませんよ」
「それなら良いのですけれど……ともあれ。わたくしは適切な材料さえあれば、道具無しで毒も、その解毒剤も作れます。もっとも、自分の知識の範囲内で、ですけれど。さすがに知らない毒を作れはしません」
「なるほど。だからエーデルは、『適性』を秘密にしてたんですね」
納得するサーシャに、エーデルも頷きを返した。
「ええ。貴族の令嬢が扱うには、あまりに血生臭い魔術ですから。でも、わたくしは結構気に入ってますのよ? 他者を害する物だけでなく、下剤や痛み止めなども作れますし。まあ、あくまでも毒なので、あまり多用はしないように心がけてはおりますが」
予鈴が鳴った。
ダゴネットの、突然の逃亡。
思いも寄らぬ結末に白けた観客達は、三々五々に校舎へと戻っていく。
エーデルの無事に胸を撫で下ろし、セレンも足早に帰っていった。
一人残ったサーシャの元に、エーデルが安堵の表情で寄って来る。
「……危なかったですが、どうにかなりましたわ」
「そうですか? 私には、最初から全て計算通りに見えましたが」
笑い合い、二人は並んで歩き出す。
「ダゴネット様に飲ませたのは、下剤ですか?」
ふと、サーシャが問う。誰も気付いている様子は無かったが、大笑するダゴネットをエーデルが指差した瞬間、彼女の指先に微かな魔力の光が灯るのを、サーシャは見逃さなかった。
「さすがですわね。……ええ、その通りですわ。勝負を放棄させるなら、その程度の毒で十分。とは言え、即効性のかなり強力な効き目のものを調合致しましたので、今日の午後は授業に出られないかもしれませんわね」
そう言って、悪戯っぽく自らの口元に指を当てる。
「でも、材料はどこから?」
サーシャの疑問に、
「それはまあ、こんな事もあろうかと、ですわ」
スカートの裾をぱんぱんとはたいて、エーデルは返した。どうやら服の裏地に、各種の素材を縫い留めてあるらしい。
「これでしばらくは、ダゴネット様も大人しく――」
その瞬間、エーデルはこちらに向いた視線を感じた。
その方向を見やると、一人の少女が、こちらに背を向けて歩いていた。
「エーデル、どうしました?」
サーシャが不思議そうにエーデルの顔を覗き込む。
「……いえ、何でもありませんわ。急がないと、授業が始まってしまいますわね」
ただの思い過ごしならば良いのだけれど――そう思いつつも、エーデルは自身の胸に去来する不安を、拭い取る事が出来なかった。
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