第23話 魔術勝負

 校庭の片隅には、向かい合う二人の生徒。そしてそれを取り囲む、大勢の観客。


「……サーシャ様、これは何事ですか!?」


 観客に紛れて二人を見守っているサーシャ。そこに息を切らせてやって来たのは、セレンだった。


 サーシャから事の成り行きを説明されると、セレンは頭を抱えた。


「まったく、復学初日から何をやっているんだ……」


 そしてセレンは、サーシャに向かって言った。


「自分が止めて参ります。マイヤーホフにもきちんと謝罪をさせますので」


 しかし、サーシャがその腕を掴んで止める。


「サーシャ様……?」


「エーデルは、きっと勝ちます。彼女の目が、そう言ってましたから」


 その言葉に、セレンは表情を曇らせた。


「お言葉ですが、マイヤーホフは魔力量こそ高くはありませんが、風の魔術においては学院でもかなりの実力者です。魔力の極めて少ないエーデルに勝ち目など……」


 しかし、サーシャは首を振る。


「大丈夫です、きっと」


 セレンは軽く息を吐くと、サーシャの隣に立って、今まさに始まろうとしている二人の勝負に目を向けた。


 互いに睨み合うエーデルとダゴネット。


 ふと、ダゴネットが口を開いた。


「……そうだ。ただ勝負するだけでは面白くないな。何か賭けようじゃないか」


「……と言うと?」


 怒りの笑みを崩さぬまま問いかけるエーデルに、ダゴネットは口の端を歪めて言った。


「敗者は勝者に絶対服従というのはどうだ?」


 ダゴネットの取り巻きに加え、観客からも笑いが起こる。どうやら、誰もがエーデルの敗北を確信しているようだ。


 サーシャは「むむむ」と苦々しく周りを見回した。


「さすがに可哀想かな? うわははははは!」


 大口を開けて笑うダゴネットに、エーデルは指を突き付けた。


「……よろしいですわ。その条件、吞みましょう」


「言ったな。では、始めようか!」


 その言葉と共に、ダゴネットはその手をエーデルに向けた。


 ごお、という音を立てて、突風が吹く。


 エーデルは咄嗟に身を屈め、直撃をかわした。


 風を操る魔術――他の属性に比べ、直接の殺傷力は低いものの、人間一人を吹き飛ばす程度の威力はある。おまけに風は目に見えない空気の流れであり、視覚による回避が難しい。


 エーデルはとにかく動き回りながら、火球をダゴネット目掛けて打ち出していった。しかし、魔力の少ないエーデルが放つ火球に、大した威力は無い。


「馬鹿め! その程度の魔術でどうにかなると思ったか!」


 エーデルの火球は、ダゴネットの巻き起こす突風によって、容易く霧散してしまう。


「……やはり、エーデルに勝機はありません」


 勝負を見守るサーシャに、セレンは呟いた。


 エーデルは必死に回避を続けるも、次第に追い詰められていく。


 尚もその手から火球を打とうとするが、


「いい加減に諦めろっ!」


 遂に、炎を出そうとする瞬間の手を狙われた。


「……っ!」


 突風を受けて、エーデルの右手が弾かれたように大きく天に向いた。


「これで終わりだ!」


 とどめとばかりに、ダゴネットの周りに空気の渦が出現する。あれを食らったら、その身体は高々と舞い上がり、そして地面に叩き付けられるだろう――


「サーシャ様、これ以上はエーデルが危険です!」


 サーシャを護衛すべく学院に戻ったエーデルが、初日の内に負傷など、とても看過出来る事態ではなかった。勝負を止めようと、セレンは一歩踏み出す――が、その身体はまたも、サーシャによって止められた。


「サーシャ様、何故……!」


 振り返ったセレンに、サーシャは静かな声で言った。


「――もう、勝負はつきました」


「え……?」


 改めて勝負の場に目を向けると、何故か勝利を目前にしたダゴネットが、その場にうずくまっていた。


「ぐ、ぐぐぐ……!」


 集められていた風も、既にかき消えている。


「……どうなさいました、ダゴネット様?」


 エーデルは髪をかき上げると、流麗な動作でダゴネットに近付いていった。


「あと一歩のところですのに、どうして魔術を止めてしまったのでしょうか。もしや、わたくしに勝ちを譲って下さる、とでも仰るのですか?」


 ダゴネットは何も答えず、ただエーデルを睨み付けている。その顔には脂汗まで浮かんでおり、もはや闘える状況でない事は明白だった。


「わたくしはまだやれますわ。さあ、ダゴネット様。勝負の続きと参りましょう」


 くすくすと笑いながら、ダゴネットを挑発するエーデル。


 ダゴネットは身を震わせ、


「くそ、くそおおおおおおおおっ!!」


 憤怒の叫びと共に、その場から全速力で走り去っていった。


 観客もセレンも、何がどうなったのか理解出来ず、ただその場に立ち尽くしている。


 しかしサーシャだけは、昨夜の事を、エーデルが自身の魔術について語った時の事を思い返していた――

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