第20話 魔術学院へ
「お聞きになりました? 平民落ちした彼女、学院に戻って来るらしいですわよ」
「まあ、本当ですの?」
「でも、不思議ですわね。手のひら程の火球を出すので精一杯だった彼女が、何故戻って来られたのでしょう?」
「それが、オルフェリオス殿下のご意向だそうですわ。何でも、あのサーシャ・イスールの侍女に命じられたとか」
「あらあら。まさか上級貴族から平民の侍女なんて……殿下も恐ろしいお方ですわね。どこまで屈辱を味わわせれば、満足されるのでしょう」
「でも、平民の娘と平民落ちした元貴族――お似合いじゃありませんこと?」
そして、少女達は上品に、あくまでも上品に笑い合った。
「もう、サーシャったら。いい加減に機嫌を直して下さいな」
学院への登校中、エーデルは隣を歩くサーシャにそう声をかけた。しかし、サーシャは不服そうに眉をへの字に曲げる。
「……だって、どうしてエーデルが私の侍女にならなければいけないんですか?」
「あら。わたくしはいい案だと思いましたけれど。それにこの服、動きやすくてなかなか好みですわ」
そう言って、エーデルは着ているメイド服の裾をはためかせた。
エーデルを学院に復学――彼女はエーデルワイス・サンドライトとは別人という扱いになっている為、正確には中途入学なのだが――させるに当たって、オルフェリオスが提案したのが「エーデルへの罰として」だった。
平民であるエーデルが、年度の中途で学院に入学するのは難しい。エーデルに非凡な魔術の才があれば別だが、彼女の魔力量は貴族の中でもかなり下の方だった。
「わたくしへの罰という事にしておけば、殿下も学院に話を通しやすいですし、何よりサーシャの侍女という立場なら、常に一緒にいる理由が付きますもの」
サーシャを守るという目的においては、最適解だとエーデルは思った。
が、当のサーシャは納得できていない様子だった。
「エーデル、私と貴女は友達なんですよ? 友達を従わせて気分の良い人なんていないでしょう?」
「まあまあ、学院の中でだけですから。ね?」
どうにかサーシャをなだめようとするエーデル。
「――でも、学院に着いたら主人と侍女の距離感を守って、ちゃんとわたくしを侍女として扱うのですよ? わたくしは貴女を様付けで呼びますが、変な顔などしないように」
エーデルに言われ、サーシャは不承不承ながら首肯した。
「……どうにか、善処します」
駄目な気がする――エーデルは内心で嘆息した。
と、そろそろ学院が近付いてきた。エーデルは歩を緩め、サーシャの後ろに付いた。侍女が主人の隣で歩くのは礼に反するからだ。
不満なれど諦めがついたのか、サーシャは「はぁ」と吐息を漏らすと、そのまま歩き出した。
エーデル、いやエーデルワイスが学院を去った後も、サーシャには学院の中に友と呼べる人はいなかった。嫌がらせも再開されたが、彼女の能力の高さに気圧され、エーデルのマナー指南も――エーデルワイスであった頃からのものも含め――功を奏し、表立ってサーシャと敵対しようという者はいなくなっていた。代わりに無視や陰口は根強く残ったが、彼女自身も魔術を学んでいれば幸せだったので、それを苦と思いはしなかった。
ところが。
「おはようございます、サーシャさん」
学院の門をくぐったところで、珍しく貴族の令嬢達が自分に挨拶を向けてきた。
「お、おはようございます」
普段であれば起こり得ぬ状況に少し慌てつつも、サーシャは挨拶を返す。
どうして今日は――そんなサーシャの疑問は、すぐに氷解する事となる。
「エーデルワイス様。今日は随分と変わったお召し物ですのね?」
挨拶をしてきた令嬢の一人が、エーデルに声をかけた。その嘲るような声色に、サーシャの顔が曇る。
令嬢達が挨拶してきたのは、学院へと戻ってきたエーデルを馬鹿にする為だった。
「お可哀想に。平民に落とされただけでなく、侍女の身分にされてしまうなんて。殿下をお恨み致しますわ」
エーデルを慰めるような言葉。無論、上っ面だけのものである。その声色には、明らかに彼女への侮蔑が含まれていた。
しかし、エーデルは平然とした表情を崩さずに返した。
「今のわたくしはエーデルワイス・サンドライトではありません。どうぞ、エーデルとお呼び下さいませ」
その悠揚たる振る舞いに、令嬢達は顔をしかめる。
「ふん。……それにしても、ろくに魔力の無い方が学院に戻ってきて、一体何を学ぶというのかしら。大人しく市井で生きている方が幸せではありませんの?」
一人の発言に、周りの令嬢から笑いが起こる。
「それは――」
口を開こうとするエーデルを遮り、
「いい加減にして下さい!」
サーシャが、声を荒げた。
「エーデルは、れっきとしたこの学院の生徒です。魔力の多寡に関わらず、ここは魔術を学ぶ意志のある者全てに門戸を開く学舎――どうかこれ以上、学院の名誉を汚すような真似はお止め下さい」
そして、きっと彼女達を睨み付ける。その剣幕に、
「で、では皆様、そろそろ参りましょうか」
「そ、そうですわね」
令嬢達は、あたふたと退散していった。
エーデルは、やれやれと首を振ってサーシャに声をかける。
「……別に良いのですよ。あの程度の雑言、わたくしは全く気にしませんから」
しかしサーシャは振り返ると、エーデルに向かって叫んだ。
「私が! 気にします!」
その怒気に、エーデルはびくりと身を震わせる。
「友達を馬鹿にされて、平気でいられるはずがないでしょう!?」
「……ごめんなさい。そうですわね」
謝罪の言葉を口にすると、そのまま顔をサーシャの耳元に近付け、囁いた。
「――わたくしの為に怒ってくれて、ありがとう」
サーシャの顔が、赤く染まる。
「さあ、参りましょうか。サーシャ『様』。早くしないと、授業が始まってしまいますわ」
エーデルは言いながら、サーシャの背中を押す。
サーシャは囁かれた耳を手で抑え、
「……ずるいですよ、エーデル」
そう、小さな声で呟いた。
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