野球兄弟

口羽龍

野球兄弟

 1945年、太平洋戦争の末期、日本は空襲を受けるようになる。日本軍は劣勢を挽回すべく、大きな爆弾を積んだ飛行機ごと体当たりする『神風特攻隊』が作られた。その多くが若者で、4000人以上の若者が日本のために命を落としたという。


 健一と康二もその1人だ。彼らは東京生まれで、現在は知覧の特攻基地にいる。知覧は最も南にある特攻基地で、沖縄の向こうからやってくる敵艦に決死の体当たりを仕掛けるという。ただ、本当に体当たりできたのかと言うと、そうではなく、2割足らずしかなかったという。こうまでしてどうして死ななければならないのか。


 これまでに多くの人が帰らぬ出撃に出て行き、海に散っていった。そして、健一と康二も明日に出撃する事が決まっていた。もっと生きたかったと思っていたが、この情勢が2人をこんな運命にしてしまった。こんな時代があっていいんだろうか? どうして戦わなければならないのか?


「いよいよ明日出撃か」

「そうだな」


 出撃の前日、小屋にいる2人は空を見上げた。今日も空は光り輝いている。だけど、もう見る事ができない。明日、命を絶つんだ。そう思うと、少し悲しくなった。だが、それは日本を守るため、本土を守るためだ。仕方がない事だ。


 2人はこれまでの人生を振り返った。職業野球を見て、自分も野球に憧れた。共に大学を卒業し、野球選手になろうと誓った。だが、招集令状が来て、特攻隊になってしまった。出撃する事なく終戦を迎えたら、共に野球選手になろう。だが、出撃命令が出てしまった。国のためとはいえ、本当にあっていいのだろうか?


「色々あったけど明日までか」


 2人にとても、光輝く星がこれから行く場所に見えた。これからは夜空の星になって平和な世界を見ていこう。


「お国のためにこうなるのは残念だけど、それが命令だからな」

「うん」


 明日、敵の戦艦を撃沈できるかはわからない。だが、それは国のため。人々を救うため。そのためにこの命を捧げるのだ。


 しばらく夜空を見た後、2人は秘密で持っていたボールでキャッチボールを始めた。もうキャッチボールをする事はない。そう思うと、とても寂しくなった。夢だったのに、時代がそうさせてくれなかった。時代はこんなにも残酷な物だろうか?


 キャッチボールを終えると、2人は小屋に戻った。小屋には同じ日に飛び立つ特攻隊員がいる。彼らはもう寝ている。明日、死んでいく運命にある彼らは、どんな夢を見ているんだろうか? 家族といる夢だろうか?


 2人はベッドに横になり、目を閉じた。2人は夢を見た。戦後、プロ野球ができて、僕たちはスター選手になる。多くの子供たちに夢を与え、そして愛される。引退後はコーチとして選手を見守り、チームを日本一に導く。だがそんな夢は、時代の波に飲まれて叶わぬ夢になりそうだ。こんな時代に誰がしたんだろう。




 翌日、2人は共に死にに行く仲間と共に飛行場の近くの草原にいた。中央にはテーブルがあり、その中には焼酎がある。出発前に飲むという。


 彼らは死にに行く恐怖をあまり感じていないように見える。だが、本当は怖いのだろう。自分は怖い事じゃない。夢を叶えられなかったけど、国のために死ぬのだ。そう思うと、命なんて惜しくない。


「君たちの成功を祈る!」


 2人は彼らと共に出撃した。地上では多くの人が手を振っている。死にに行く人々なのに、どうして手を振っているんだろう。


 飛行機は助走をつけて飛び立った。2人は地上を見た。地上が徐々に小さくなっていく。もうこの大地に立つことはない。そう思うと、少し寂しくなる。


 飛行機は開聞岳を左に見て、九州を離れる。その先には海が広がっている。この海に敵の艦隊がいる。必ずやっつけて日本を救うんだ。


 2人の前に敵艦が見えた。敵艦はとても大きい。だが、自分たちの手で沈めてみせる! 国のために、家族のために。


 健一は敵艦に体当たりしようとした。すると、敵艦とその周りにいた敵の飛行機は健一の飛行機を狙う。銃弾が雨あられのように飛んでくる。健一はうまくよけつつ、敵艦を目指した。


 だが、あと少しになって、激しい銃撃を受け、飛行機が少しずつボロボロになっていく。それと並行するように、敵艦に突入することなく、飛行機が撃ち落とされていく。こいつらの分まで、頑張らないと。


 健一は敵艦に突入する事なく死んだ。それを見て康二は、ならば自分が健一の敵を討つと決意した。周りでは日本軍の飛行機が次々と撃沈されていった。


 康二は一気に敵艦に突入しようとした。だが、健一同様、銃撃を受ける。でも、国のために必ず体当たりせねば。


 康二は血を流しながらも敵艦に体当たりした。その時の事は何も覚えていない。ただ、大きな音を立てて何かが爆発したのを覚えてる。


 康二が目を覚ますと、そこは真っ白な場所だ。そこはまるでどこかの球場のようで、ナインが守備位置についている。最初、康二はここが天国だと思わなかった。


「お兄ちゃん」


 と、そこには死んだはずの健一がいる。この時、康之はここが天国だと気づいた。


「バッターボックスに入って」


 健一に言われるがままに、康二はバッターボックスに入った。マウンドには背が高くて、ハンサムないでたちの男がいる。


 康二はピッチャーの投げた初球を打ち返した。芯でとらえた打球は、フェンスを越えてホームランになった。ナインはホームランを確信していたのか、動いていない。


 ホームランを打った瞬間、歓声が沸き、拍手が起きた。誰もが康二のホームランを喜んでいるようだ。


「すごい、ホームラン、ホームラン!」


 康二は嬉しそうにダイヤモンドを1周した。チームのベンチはみんな嬉しそうだ。だが、これを現実で見たかったな。


 康二はホームインした。すると、健一が真っ先に迎え、ハイタッチした。


 2人はベンチに戻り、これまでの人生を振り返った。野球選手になる夢だったのに、特攻隊で出撃してかなわぬ夢になってしまった。でも、天国で野球をすることができる。でもここは現実じゃない。嬉しいんだろうか? 嬉しくないんだろうか?


「戦争って、本当にあってよかったんだろうか?」


 2人はふと考えた。戦争って、本当にあってよかったんだろうか?雲の上から見下ろすと、平和な日本が見える。戦後に生まれた子供たちは、戦争をどう思っているんだろうか? そして、国のために決死の体当たりをした特攻隊の事をどう思っているんだろうか?

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野球兄弟 口羽龍 @ryo_kuchiba

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