第87話 織田信長とアドルフ・ヒトラー

アドルフ・ヒトラーの人生は決して華々しいものという訳ではなかった。


中等学校で試験に落ちて留年し、ウィーン美術アカデミー受験には2度も落ちている。


浮浪者収容所に入ったことさえある。


英雄というより明らかに落ちこぼれだ。


だがそんな彼の人生は変わる。


アドルフ・ヒトラーという男の才能は戦争の中で花開いた。


兵としてだけでなく政治家としてもカリスマ性を発揮し、国をまとめ、世界に覇を唱えた。



『なりたいものにはなれなかった人生だった。だがなるべきものがあった人生だった』



ヒトラーが憧れたのはもっと自由な存在。


もっと特別な存在。


誰よりも特別なアドルフ・ヒトラーが何を言っているんだろうと思うが、これは彼の本心だ。


ただそれでも、目指した道ではなくても戦争は楽しかった。


どれだけ頑張ってもうまく出来ず、頭を抱え、涙を流した絵の世界と違い、ヒトラーにとって戦争は頑張れらなくてもうまく出来、称賛を浴び、自信を持てるものだったからだ。



『私なら少なくとも、あの時代であれば、誰よりもいい世界を作れた』


『罪のない命が多く失われたとしてもですか?』


『それが戦争です』



ヒトラーは無慈悲に不条理に殺した。


だが彼にとってそれこそが世界を救うための最適解だった。


そしてヒトラーはそれを実行できる男だった。


世界の51%を救うためなら残りの49%をためらいなく虐殺できる。


必要と判断すれば殺されていく人間たちの悲鳴を聞きながら笑顔さえ浮かべて見せた。


『人としての心はないんですか?』


『それが最も邪魔なものです。戦争においては』



ヒトラーがあっさりと捨てられたそれは、芸術において最も大事なものだった。


どおりで向いてなかったわけだとヒトラーは一人、自嘲気味に笑った。



『なぜあなたはそこまで戦争をしたがるんですか?』


『戦争が始まって私は初めて息をすることができた。魚は水中にいなくてはいけないでしょう。同じですよ』


『しかしあなたは世界を救おうとしていたと言ってましたよね!?』


『はい、その通りですよ?』


ヒトラーは何を聞かれているのかわからないと言った顔で答えた。


『それこそ戦争のない世界の事なのではないんですか!!!』


『ああ、そういうことですか。人類の本質は戦争です。そして戦争のない世界に未来などありません』


ヒトラーは穏やかな笑みを浮かべる。


『言っている事が矛盾しています!!!罪のない人が死ななくていい事こそが世界の救いです!!!』


『いいえ、違います。一人でも多くの人間が生き残ること。これこそが人類にとっての救いです。そこに罪のあるなしは含まれない』


『そ、そのために戦争をするんですか?』


『戦争は富を生み、科学的発展を生む。人は豊かになる。そしてある程度の命や考え方を間引くことで地球という資源を人類は有効活用できる。殺し合わない世界など、老いであり退化でしかない。そしてその先に待つのは人類という種の老衰です』


『、、、だから殺し合わなくてはいけないと言うんですか?』


『はい、それが一番合理的です』


『神がそれを許すとでも?』


『神に許されたり許されなかったりした人間が歴史上一人でもいましたか?私に言わせれば信仰こそ最も愚かな考え方だ』


『世界中の恨みを受けることになりますよ』


『それもまた戦争だ』






織田信長は戦国大名である。


ヒトラーとはまた違った意味で戦争の中にいた男だ。


自分が自分でいるためには天下を獲る以外の選択肢はなかった。


ノブナガにとっての戦争とは生きることと同義だった。


戦国においては戦こそ全て。


戦から目を逸らすことは全ての終わりを意味する。


ノブナガにとっての戦争とは生きることと同義だったのだ。



『戦争の先に何があるんですか?』


『ひと時の平穏』


「ひと時?』


『その後はまた戦争が始まる』


『そ、それでは意味などないじゃないですか!?』


『意味はあるだろう。ひと時の平穏が得られるのだから』


『しかし戦争は無くならないんでしょう!?』


『ん?なんだ貴様は戦争をこの世からなくしたいのか?』


『当たり前じゃないですか!』


『そうか。それなら簡単だ。人類という種が滅びればいい』


『そんな!』


『それしかない』


ノブナガは言い切る。


『そ、その道を探すのが!!!』


『ないものを探しても意味はないだろう』


『でもそれじゃあ、救いが、、、』


『救われたいのか?なら腹を切ってみろ。ワンチャン救いがあるかもしれないぞ?死後の世界があるとするならな。だが俺が知っている世界においては救いなんてない』


『死後の世界を信じますか?』


『見たこともないものはどうとも言えない。だがもしあるとしたらとっくにパンクしているだろうがな。死もまたシステムの一つだ。無限に生命体が増えていく世界など存在しえない。だがお前たちが思う神が全知全能であればそれも可能であるかもな。せめてそこに一縷の望みを見いだせ』


『あなたはやはり魔王だ』


『目を逸らすな。ちゃんと絶望しろ。魔王でさえ人なのだ』






ーノブナガ、楽しいですねー


ーああ、最高の戦争だー


ーこんな感覚は初めてですよ―


ー肉体も魂も何もかもそぎ落とされていく―


ー最後には何が残ると思いますか?ー


ー決まってるだろう―


―そうですね。それこそが―



―織田信長―

―アドルフ・ヒトラー―



―あなたに会えてよかった―


―俺もだ―


―感謝を―


―ありがとよ―



『ただいまをもちまして『信長の覇道』がクリアされました。繰り返しますただいまをもって『信長の覇道』がクリアされました』


フィールド全域にアナウンスが響き渡った。

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