その2

二階は、一階よりもっと暗かった。その割には、地面にひびが大きく入っていて、落ちたら一階に戻されてしまいそうだ。暗くて、本当に何もよく見えない。僕は、ほとんど手探りで壁沿いに進んでいく。だけど、音は何も聞こえてこない。


良かった。とにかく、2階には誰にもいなさそうだ…。


どすっ。

「わっ。ごめんなさっ…」

暗くて何も見えなかった僕は、誰かにぶつかった。もし緑チームや赤チームの敵だったらどうしよう?僕は必死に何度も謝って、両手で頭を守った。

「…ん?」

僕の前にいた誰かが、ゆっくりと振り返る。

「お、おまえは…。」

「えっ、あの…。僕がどうかしました? あれっ!?もしかして、メドさん!?」

僕が振り返ったその人物をよく見ると、それは一番最初にティナさんの屋敷で僕たちを助けてくれた「カメムシ」の兵士、メドさんだった。偶然の再開になんだかほっとして、緊張が一気にゆるむ。

「メドさん、どうしてこんなところにいるの?」

「俺、「階層(レイヤー)バトル」のサポーターしてんのよ。舞人こそ、このステージにたどり着いたんだな?あれ、あのカラスの小僧はどうした?」

「うん。僕、ここで連れ去られた生徒を探してるんだ。さっき、立春小学校の生徒じゃない男の子に出会って、僕が救出する生徒はまだたくさんいるってことに気づいた。それと…レイブンとははぐれちゃって。翼のありかを探しに行ったんだ。」

「はぐれちまったのか…。それは大変だったな…。俺たちの街にいると、子供たちの情報が入ってこねえんだけどよ、こんだけ子供が集まってて、驚いたぜ。」

「うん。もっと多くの生徒がいなくなることを防ぐためにも、僕は絶対ステージをクリアする。それに、レイブンとは、絶対に合流できるから大丈夫。とりあえず、僕は、青チームと、合流しないといけなくて…。」

そこまで言って、僕はメドのチームを確認していなかったことに気が付いた。緑や赤なら敵だ。そっと、メドさんの首のスカーフの色を確認する。ああ、良かった。青だ。

「メドさん、僕たち、同じチームだ!」

「おおっ、本当か!?にしても、お前、ラッキーだったな。メンバーの交代は一回までで、開始15分以内なんだ。ゲームは残り45分で、俺らの青チームのリーダーは「サクラ」って名前の女の子で、今3階で敵の待ち伏せをしてる。今、サクラが受けたダメージは1回だ。」

「あと45分で、最後の3人に残らなきゃいけないんだね。ところで、メドさんは、敵もいないのに、ここで何してるの…?」

「ば、ばっか。俺はサポーターだから裏でサポートするのが役割なのよ。サポーターは、基本的に戦わないの。」

メドさんが焦ってたのを不思議に思ったけど、信頼できる人が仲間だから、すごく有難い。メドさんは僕のシューターのペイントを補充してくれて、緑と赤チームのメンバーを教えてくれた。緑チームは、さっきの子に聞いた最強のプレイヤーがリーダーで、まだダメージはゼロ回。メンバーはまだ小さな女の子で、ダメージは1回。赤チームのリーダーは金髪の長い髪が特徴の男の子で、ダメージは2回。もう一人のメンバーは、リーダーの双子の弟らしくて、同じくダメージが2回だ。

「僕は青チームだから、まずは3回打たれないようにして、青チームの中で、できるだけダメージを少なくしなきゃいけないんだね。」

「その通りだ。もし最終バトルに進みたいならの話だけどな。」

「それが、このステージをクリアする唯一の方法だと思うんだ。僕、行かなきゃ。」

「そうか。お前なら、きっと大丈夫だ。じゃあ、気を付けて行けよ!」

メドさんの応援を背に受けて、僕は慎重に3階へと上がっていった。

3階は、かすかに光が差し込んでいるみたいで、うっすらとだけど、周りのシルエットが見える。この階は、捨てられたデスクやソファや本棚があちこちに放置されているみたいだった。僕は本棚の陰に隠れて、耳を澄ます。

パシュッ!パシュッ!

そこまで近い距離ではないけど、シューターの音が聞こえる。メドさんは青チームのリーダーが待ち伏せしているといったけど、一体どこにいるんだろう? 本棚から身を乗り出して、ソファの陰に隠れようとした、その時だった。

パシュッ。

僕は軽くつかれるような衝撃を背中に感じた。まずい!誰かに打たれた。

「やった!みつばの初攻撃!」

打たれた方向を見ると、小さな女の子が本棚の間に隠れて、こっちを見ている。あれは、緑チームの女の子?まだ、小学1年生くらいに見える。みつば、は名前だろうか?僕は、打ち返すことも忘れて、その子に話しかけた。

「待って!君は緑チームの子だよね?どうしてこのゲームに参加してるの?」

僕がいきなり質問をしたことにびっくりしたのか、「えっと…。」とつぶやくのが聞こえる。

「えー。だって、楽しいんだもん。それに、あたしリーダーのお気に入りなの。お金あつめのお手伝い、楽しいもん。でも、あなた、敵に話しかけるなんて、ほんとうに変な人ねー。」

こんなに小さな女の子が、敵と戦うゲームに参加していることに、僕は衝撃を受けた。緑チームのリーダーについて、少しでも情報を集めたかったけど、それも教えてくれなさそうだ。今のところ、「最強のプレイヤー」、という情報だけでは、対策のしようがない。僕がもう一度本棚の方を見ると、その子は、いつの間にかいなくなっていた。あの女の子は、自分の小さな身長と素早さが強みだ。姿なんて一度も見えなかったから、僕は油断していた。僕も、自分の強みを生かして戦わなきゃ。

でも、僕の強みって一体何だろう?


とにかく、僕はすでに一回打たれてしまったから、あとの35分をできるだけ無傷で、生き残らなきゃいけない。

僕は、ソファの陰に隠れたまま、様子をうかがった。

うかつに動くと、そのすきを狙われてしまう。周囲に気を付けながら、プレイヤーが動いた瞬間を狙うんだ。よく目を凝らすと、本棚やデスクの間をプレイヤーが移動しているのが見えてくる。その中で、さっきから誰かがこっちをチラチラと見て、僕を狙っている気配を感じた。緑色の目が光って、長い髪の毛が流れる。間違いない。あれは、赤チームのリーダーだ。よし、こちらへ近づいた時を狙って打とう。相手が、一歩前へ踏み出す。僕は立ち上がって、シューターを放った。

青いインクが勢いよく飛び出る。


パシュッ!


ギリギリのところで、外した。

相手はまるで僕のインクの動きが見えていたかのように、滑らかに交わしたかと思うと、そのまま逃げて、いなくなった。赤チームのリーダーは、交わすのが上手そうだ。


パシュッ!


今度は、僕の近くで、誰かが打たれた音がした。次の瞬間、肩を抑えた人影がさっとしゃがんで、左斜め前に置いてあるデスクの下に隠れるのを見た。一瞬だけど、あれは多分、青いスカーフだった。

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