双子の老婆とガーデンパーティー④

(なんだか意外だなー。ルイスさんのことだから参加すると思っていた)


 庭に残るというルイスと別れ、オリビアは小路をさくさくと歩く。


(ルイスさんって家族はいないのかな。お師匠様を亡くして、それから一人で暮らしていたってこと?)


 そんな話を聞くとますます追い出しづらい。


 アカシアの木の横を通り過ぎたオリビアの前に、


『ハァイ、悩んでいるようだね? 良かったら僕が相談に乗ろうか?』


 にゅっと現れたのはナンパ男の霊――もとい、ナサニエルだ。


「うわっ、出た!」


『ひどい良いようだなベイベー。そんなに邪険にしないでくれよ』


 しばらく大人しいと思ったらこんなところにいたのか。しい、と口に手を当てたナサニエルは生垣の影にうずくまっている令嬢を指さした。


『きみに振られてから僕は色々と考えてね……。そう、あの頃の僕は自分の気持ちを押し付けすぎていた。そんな自分を鑑みるため、雨に打たれながら庭を歩いていた時、彼女に出会ったのサ』


「…………」


 聞いてもいないのにナサニエルはぺらぺらと喋りだす。


 半ば観念したオリビアは黙って話を聞いた。雨に打たれる身体はもうないでしょーがと突っ込みたいのも我慢する。


『彼女はいつ会っても涙を流している。なんと儚げなのだろう。いつしか僕はこう思うようになった。彼女の笑顔が見たい。彼女を笑顔にすることが三百年このホテルに留まり続けているこの僕の使命なんじゃないか、とね』


「あんた三百年もこのホテルにいたの⁉」


 そして、件のしくしく泣いている令嬢は、いつぞやにルイスが朝食に同席させていた泣いてばかりの霊である。


『今、僕の心は彼女にばかり向いているよ……。しかし、もしもきみが悩んでいるようなら話くらいは聞いてやれる。きみのその物憂げな表情は』


 ナサニエルはフッと意味深に笑った。


『恋、だろう?』

「違います」


 何でもかんでも色恋に結び付けないで欲しい。


『ハハッ、恥じることはないさ。恋に臆病なきみが人を愛するようになるなんてすばらしいことじゃないか。人を愛すること、それはきみを大いに成長させてくれるだろう! 相手は誰だい? 僕が見立てるに、あの精霊師の男だろう』


「親戚のオジサンみたいなポジションでコメントしないでくれる⁉ それに、恋じゃないってば!」


『レディ、声が大きいよ。内緒話は静かにね』


「!」


 霊相手に思い切りムキになってしまった。


 幸い、周囲に人はいなかったのでほっとする。


 泣いていた令嬢はオリビアが騒がしくしたのが気に入らなかったのか、スーッと溶けるように消えてしまった。


「あっ、ごめんなさい。あの令嬢がいなくなってしまったわ」


『いいんだ。我々霊には時間がたっぷりある。時間をかけて口説き落とすつもりだからご心配なく。それに比べて人間の時間は有限だろう?』


 オリビアよりも三百年も長く世の中を見てきたナサニエルは達観したような顔をしている。


『それとも、きみも地縛霊になる? このホテルにとり憑いちゃう?』


「とり憑かない。……だいたい、とり憑きたいと思ってとり憑けるものなの?」


『この世への執着が大きければ大きいほど魂は縛られる。未練のないものはあっけなくあの世へ行くね』


 だったら、祖父はこの世に未練はなかったのだ。


 それはとても良いことだし、安らかに眠りについて欲しい。


 だが、その一方で、霊が見えるオリビアは寂しさも感じていた。祖父がこの城に留まってくれたらとかったのにとどんなに思ったことだろう。


 幽霊なんて遭遇したくないのに、大切な人はお化けになっていてもいいから会いたいと思う。


 ナサニエルはオリビアの周りを旋回して笑った。


『たくさん恋をしなさい。人でも物でも愛しなさい。それはきみの人生を豊かにしてくれる。「心残りは多少あるものの、概ね良い人生だったなあ」と思って旅立てれば良かったと俺は三百年前の自分に言いたいよ』


 ガーデンパーティー当日は大盛況だった。


 家族連れやカップルが庭の散策を楽しみ、オリビアもひっきりなしに城や植物の説明をして応対した。


 軽食もよく食べられ、ぜひ宿泊してみたいと予約していく客もいたようだ。


 その大盛況の中、事前に言っていた通りルイスは姿を見せなかった。霊たちも姿をひそめ、エスメラルダ三世はというと尖塔の側でガーゴイルみたいな顔をして大人しく立っている。


 夕刻。帰りはじめる来場客を見送っていたオリビアに二重奏の声がかかった。


「ごきげんよう、オリビアさん」

「ごきげんよう、オリビアさん」


「ドリー様、メリー様! いらしていたんですね!」


 小花柄のドレスを着た老婦人の姿に思わず駆け寄る。


 体調が悪いのかと心配していたが、二人ともお元気そうだ。心なしか、去年会った時よりも頬がつやつやしているように見える。


 二人とも銀灰色の髪を結い、刻まれた笑い皺もそっくり同じ。歌うように囀る。


「ここに来ないと夏を迎えた感じがしないって言ったでしょう?」

「遅れちゃったけど、さっき来たところなのよ」

「おばあさんだからすっかりくたくたになっちゃって」

「喉が渇いたから、お茶を一杯頂けると嬉しいわ」


 お安い御用です、とオリビアはにっこり微笑む。


「すぐにお持ちします」


 庭に出されているテーブルに二人を案内し、毎年二人が好んで飲んでいるローズヒップティーを淹れた。鴨ローストとクレソンのサンドイッチがまだ残っていたので、菓子やフルーツと共に簡単に小皿に盛り合せて持っていく。ドリーとメリーは大喜びで手を叩いてくれた。


「まあ、素敵! 可愛い薔薇の形のフィナンシェだわ」

「このお茶の匂いを嗅ぐとこのホテルにやって来たって感じがするわね」

「本当ね。……今年が最後になるなんて残念だわ」

「残念よね」


「えっ⁉ そうなんですか?」


 驚くオリビアに二人の老婦人はうふふと笑った。


 そして、内緒話でもするように声のトーンを落とした。


「本当は今年も諦めるつもりだったのよ。でもね、ドリーがあの子たちにどうしても会いたいっていうから」


「……あの子たち?」


「いやあね。メリーだってそうでしょ。あたくしたち、このホテルに来るたびに妖精さんたちを見ていたのよ」


 二人の内緒話にオリビアは驚いた。


「おとぎ話だと笑ってくれていいのよ、オリビアさん。でもね、あの子たちが花の周りをひらひら飛んだり、お菓子の欠片をねだりにくるの」

「妖精が見えるのはこのホテルにいるときだけなのよ。不思議でしょう?」


 妖精。


(精霊のことだわ)


 ルイスの周りをふわふわ飛んでいる彼ら。オリビアには光の玉のように見えていたが、二人には妖精の姿をしているように見えるらしい。


 そういえば、ルイスも言っていたではないか。オリビアは精霊の姿は良く見えないが、死霊の姿だけはやたらとハッキリ見えているようだと。きっと二人の老婦人はオリビアと逆で、精霊の姿が良く見えているのだろう。


「あ、あの……」


 オリビアはごくりと喉を鳴らした。


「わ、わたしにも見えています。妖精……」


 こんなこと、今までのオリビアならわざわざ言わなかった。


 そうなんですか、不思議ですね、と話題を合わせて終わっていたのに。


 堂々と霊について喋るルイスに感化されてしまったのかもしれない。口にしてすぐに後悔しそうになったが、


「まあっ! オリビアさんも!」

「なんてことなの! ああ、あたくしたち、もっと早くお話ししたかったわ!」


 二人の婦人は頬を薔薇色に染め、まるで共通の趣味を持つ友のようにオリビアを歓迎してくれた。


「ね、オリビアさんにはどんな風に見えているの? 羽が生えた小人みたいな姿でしょう?」


「わたしには、丸い光の玉が飛んでいるように見えるんですが……」


「あたくしたちも初めて見たときはぼんやりとしか見えなかったのよ! でもね、だんだんと姿がはっきり見えるようになって……」

「いつだったかしらね。マルメロの木の側で転寝していたら膝に乗っていたこともあったのよ」

「そうそう、それからね……」


 二人はお茶やお菓子を楽しむことを忘れて「妖精さん」との思い出をオリビアに話して聞かせてくれた。女学生のように生き生きと話す姿に、オリビアの心はじんと温まる。


(わたし以外にも、見えている人がいたんだ)


 ルイスも。ドリー・メリー夫人も。


 自分だけがおかしいのだと思って生きてきたオリビアは世界が広がるような心地を覚える。


 ひとしきり喋り終えた二人は、顔を見合わせるとこう言った。


「ねえ、オリビアさん。あたくしたち、どうしても叶えたい夢があるの」


「夢ですか?」


「ええ。この城の花畑で妖精さんたちに囲まれてみたい。妖精さんがたくさん集まってくるお花畑の場所がどこか、わかったりしないかしら?」


「…………」


 精霊たちは気まぐれだ。

 いつも同じ場所にいるとは限らない。


(でも、ルイスさんなら……、精霊たちを呼び集める方法を知っていたりするのかしら)


 黙ってしまったオリビアの表情に、二人は大慌てで手を振った。そんな仕草まで鏡合わせのようにそっくりだ。


「……いやだわ、ごめんなさいね。困らせちゃうわよね」

「わがままなことを言ってしまってごめんなさい」


 二人はすぐに撤回したが、オリビアは「少々お時間をいただけますか」と言った。


 今年で古城ホテルに来るのは最後と言っている姉妹のために何かしてあげたい。


 ……いいや、本当はオリビアはルイスを呼びに行く口実を探していたのかもしれない。どうやったらルイスがパーティーの輪に入ってくれるかを考えていたのだ。


「ぜひ、当ホテルにいる精霊師に相談させてください」



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