デート前(姉の場合)
明日はデートだ。
人生で初めてのデート‼
相手はサークルに入ったときから気になっていた男の子。
大学に入ってから何とか仲良くなれないかと思ったら、何と相手から声をかけてくれた。
私ったら超ヒロイン♪
「ねぇねぇ、だから聞いてよ~」
「はいはい、さっきから聞いてるわよ」
う~ん、奈美ちゃんってばテンション低いなぁ。
さては、お姉ちゃんが先に彼氏を作っちゃったからってスネてるな。しかし残念。お姉ちゃんは、妹の奈美ちゃんよりも先に大人の階段を登るのだ。姉より優れた妹など存在しないのだよ。
「はいはい、良かったですね。じゃあ、もう自分の部屋に戻ろうか」
「え~っ、奈美ちゃんなんか冷たい。もっとお姉ちゃんを祝福してよ~」
「明日がテストじゃなけりゃね……」
テストって言っても模試じゃない。相変わらず心配性だなぁ。この時期の模試なんて当てにならないのに。テストなんて放っといて、ここはお姉ちゃんを褒め称えるのが正しい妹の姿だっていうのに。
「え~っ、つ~ま~ん~な~い~」
ゴロゴロ転がって抗議するが、奈美ちゃんには届かない。それどころかお姉ちゃんである、この私に冷たい視線を送ってくる。これはこれは彼氏いない歴=年齢の愚妹にお姉ちゃんの偉大さを思い知らせてあげないといけない。なのでバッチリポーズを決めて奈美ちゃんに見せつけてやった。
「美容院行ってきた」
「あ、ホントだ。いつもよりキューティクルがスゴい」
そうだろう。
元々、自慢の黒髪だ。
明日のために十分磨きをかけているのだ。
隙はない。
存分にお姉ちゃんを褒め称えるが良い。それが妹たる奈美ちゃんの勤めなのだ。
だというのに奈美ちゃんはいらない言葉をつけ足してきた。
「まぁ、スウェットだからポーズ決めてもマヌケに見えるけど」
何と言う無礼な妹。
でも、大丈夫。
今宵の私のファッションは隙を生ぜぬ二段構えなのだ。
「ネイルもばっちり!」
「うわっ、今回のは凝ってるわね。まぁ、スウェットだからポーズ決めてもマヌケに見えるけど」
むっ、生意気だな。
この妹はどうしてもお姉ちゃんの偉大さが理解出来ないらしい。
ならば、とっておきだ!!
「お気に入りのピアス!!」
「ああ、昔一緒に買いに行ったヤツね。まぁ、スウェットだからポーズ決めてもマヌケに……!」
あれ……?
何でかな?
奈美ちゃんの反応がおかしいよ??
「ん……どうしたの?」
マンガだったらびっくりマークが「!」って出てるくらいの表情が気になって聞いた私に、奈美ちゃんは恐ろしい事実を告げてきた。
「お姉ちゃん、耳が汚い」
オネエチャンミミガキタナイ
何それ食べれるの?
「あ……うん、汚いよ。これはちょっと彼氏さん引いちゃうかも」
「いやいや、いやいや、そんなはずないよ」
そんなはずない……ないの?
でも、自分の耳なんてじっくり見ることないし。
そんなとき耳元と“ピッ”と音がした。
「はい、これ」
手際よく出されたのはスマートフォンの画面。
うわぁ~、奈美ちゃん、何この手際の良さ。
そこには写真撮影されたわたしの耳がアップで写されていた。
あれ?
何、これ?
耳汚いよ、これはアウトだ。
あまりのことに想像する。
もしもドライブ中に彼がわたしの横顔を見て、耳が汚かったら……
手をつないで歩いている最中、わたしのこんな耳に視線を向けられたら……
もしも、もしも、万が一だけど、良い雰囲気になって、キスするような場面で二人の距離が近づいて、大人の階段を登り始める一段目でこんな耳垢だらけの耳が視界に入ってしまったら……
『耳が汚くてフラれた女』
もしも大学でそんなことを言われたら、次の日から生きていけない。
「ね、汚いでしょ?」
「うっ……」
「う?」
「うわ~~ん、奈美ちゃん助けてぇ~」
気がついていたら、奈美ちゃんに飛びついていた。
「いや……何? 助けてって?」
眉毛を寄せて聞いてくる奈美ちゃん。
でも、そんなの聞かれるまでもなく決まってるじゃん。
「お姉ちゃんに耳かきして」
「え? 自分ですればいいじゃない」
「耳かき怖い……自分で……出来ない」
「は?」
何故だろう?
奈美ちゃんがスゴク呆れたような顔をして私を見てくる。
そんな目で見られてもしょうがないじゃない。
耳に何か入れられるのって怖いでしょ? 普通?
昔、一回だけ自分でやってみたけどスゴク痛かった。
それ以来、一回もトライしていない。
自分でなんか絶対に出来ないよ。
ここは何としても奈美ちゃんにやってもらうしかないのだ。
「わたし、明日テストなんだけど」
「お姉ちゃんは明日デートなんだ」
「いや……さっきから聞いてるけど」
「生まれて初めてのデートなんだ」
「あ……うん」
「やっと出来た彼氏なんだ」
「う……うん」
「フラれちゃったらどうしよう」
「そ、それは、困るわよね……」
「しかも理由が耳垢が溜まってるからなんだよ?」
「…………」
そして今現在、私の妹の膝の上にいる。
結局あの後、奈美ちゃんは耳かきをしてくれることになった。
たまに意地悪も言うけど、お姉ちゃんが困っていたらなんだかんだで助けてくれる優しい妹なのだ。
スゴイ久しぶりの膝枕。
最後にお母さんにしてもらったのは、いつだったかな?
ジャージ越しに私の顔を優しく迎えてくれる。
うん、いい匂いだ。
わたしと同じボディーソープを使っているはずなのに何故だろう。
優しい匂いだ。
そんなわたしに奈美ちゃんは言った。
「お姉ちゃん、ホントに耳汚いなぁ」
訂正、やっぱりこの子は意地悪だ。
「うぅ……奈美ちゃんいじめないで」
「まぁ、いいけど。とりあえずは耳の周りを拭くからね」
不承不承といった感じだ。
ため息をつきながら、奈美ちゃんが手を伸ばしたのはウエットディッシュのケースだった。
ん?耳かきじゃないのかな?
「とりあえずは耳の周りを拭くからね」
なるほど、まずは周りからやってくれるということね。耳かきなんてしたことがないって言ってたけど、さすがは我が妹。お姉ちゃんには及ばないとしても出来る女だ。
ひとしきり関心しながら、私は「お願いしま~す」と堪える。
「はいはい、じゃあやるね」
言いながら、奈美ちゃんはウエットティッシュで耳を包んで来た。
一瞬の冷っとした感覚の後に、奈美ちゃんの体温がじんわりとわたしの耳に伝わってくる。
「うわ~何これ、スゴい気持ちいい~」
親指と人さし指が絶妙な力加減で耳たぶを揉んでくれる。
痛くなる直前に圧力がす~っと抜けて、再び痛気持ちよい指圧が耳を揉みしだしてくる。
耳の周りでムニムニと音が聞こえてきそうだ。
「お姉ちゃん、お風呂入るときに耳の後ろ洗ってる?」
「う~ん、洗ってないかも」
顔も髪も洗うけど、耳の後ろなんて洗わないなぁ。
うぅ~ぅ、耳の後ろをぐりぐりされるの気持ちいい。
あっ、裏のくぼんでるところもやってくれるんだ。
こんなとこ自分で触ったりしないなぁ。
「でしょうね……」
あれ?
何か奈美ちゃんの声が冷たい気がする。
でも気持ちいいから別にいいや。
あ!何か手つきが変わってきた。
「んっ、コレさっきと違う」
「次は耳たぶの溝のとこやってるから。痛かったら言ってね」
「は~い」
確かに今度は点じゃなくて、面でやられてる感じだ。耳の溝に指を添わせて、ずるずるとふき取っていく。だいぶ溜まってたのかな?
耳の皮が一枚ずるっと剥ぎ取られたような気がする。う~む、奈美ちゃんったらテクニシャン。何だか耳も温かくなってきた。
「ん~、何か耳がポカポカしてきた~」
「まぁ、拭くのと一緒にマッサージしてるようなもんだしね。血の流れとかも良くなってるんじゃない?」
なるほどね。
血流アップ。
何だかお肌にも良さそうだ。
もうこれだけでも良いような気がする。
そんな考えがよぎったのと、視界の隅で耳かき棒が見えたのは同時だった。
うぅ……ついに来たか。
昔、自分でやった耳かきは痛かった。
あの日の記憶がよみがえる。
「じゃあ、取ってくね。初めてだから痛かったらすぐに言ってよ」
「うっ……ちょっとドキドキ」
「ちょっと怖がり過ぎじゃない?」
「だって、耳かき怖いんだもん」
「まぁ、こんなになってもやらないくらいだからね」
「もう、いじめないでよ~」
「はいはい、じゃあやるね」
ついに来る。でも頑張れわたし。これは大人の階段を上るための試練なのだ。
覚悟を決める。
あれ?
どうしたんだろうか?
耳かきがやって来ない。
不思議に思ったときに奈美ちゃんの口からひと言「腐海の森」と言葉がもれた。どうやら某名作アニメに出てくる瘴気を吹き出す森くらいわたしの耳が汚いということらしい。
あぁ、私の心の体力ゲージがどんどん削られていくよぉ。
さらに間髪入れずに奈美ちゃんが言った「今、とっとかないと、お姉ちゃんの彼氏さんが傷つくことになる」というセリフは地味にへこむな。
しかしこれは試練なのだ。心を入れ替えて「お願します」と言い直したのに、何だかため息をつかれた気がした。
ソシテ、ソノトキハヤッテキタ!
後から思い直すと最初に耳を軽く引っ張られて時からおかしかったのかもしれない。
狙いを定めるために耳たぶを引っ張られた瞬間、耳たぶから鼓膜に至るまでのすべての耳の皮膚がピンとはりつめた。
え? なに? これ?
痛い――違う!
痒い――違う!!
気持ちいい――近いけど、ちょっと違う!!!
何か感じた事のないヤツが耳の表面から爪先まで走り抜けた。
耳を起点とした皮膚という皮膚が張り詰めている感じだ。
全身を覆うピンと緊張しきった一枚の薄い膜。
それをなぞるように奈美ちゃんの耳かきの先が薄い膜にツンと触れた。
「!?」
正体不明の電気が耳からお腹の下に走り、足の小指から抜けていく。
身体がビクっと震えた。
「ごめん、痛かった?」
「ううん、大丈夫。痛いんじゃなくて……うん、大丈夫だから」
自分でも何て答えていいのか解らない。
それくらい正体不明の電撃だった。
奈美ちゃんは「……そう?」と一瞬だけ不思議そうな顔をするが無視だ。
この間にクールにならないと、何かおかしな事になってしまいそうだ。
心頭を滅却すれば、どんな苦難にも立ち向かえる……多分。
さっきのが、たまたま変な所に当たっただけだ。
そうして呼吸を整えて
奈美ちゃんは寸分たがわず、さっきと全く同じ場所に当ててきた。
身体に妖しい電気が走る。
耳の奥から身体の中をまさぐられるような感覚。
これ違う。
昔、お母さんがやってくれた耳かきと違う。
耳の穴の奥の所の変な所に耳かきのスプーンが触れた瞬間、意識が遠い所に飛んでいく。しかも次の瞬間には掻きだされる耳垢と同時に強引に意識を戻される。
どこか遠くのほうで奈美ちゃんの「お!取れた!」という声が聞こえた。
あれ?
わたし今どこにいるんだっけ?
「お姉ちゃん、痛くない?」
それを引き戻してくれるのは妹の声だ。
「大丈夫……どんどん、お願い」
「そう? じゃあ行くね」
あんまり考えずに自動的に言葉が出ていた。
いやいや、どんどんはマズイよ。
正気に戻れ、私!
完全に意識と言葉があべこべになってる。
でも、もう一人の私は手をぎゅっと握りしめて必死に抵抗するが、次の一撃でそんな私は木っ端みじんに吹っ飛ばされた。
次はさっきとは違うポイントを攻めてきた。
いや、厳密には場所は同じだ。
同じところを突いているのだが、その角度が違うのだ。
どういう力加減なのか分からないのだが、先ほどの電気と違い今度は温かい液体が耳から広がっていく感じだ。
全身の筋肉がゆるゆるになっていく。
そんな動けなくなった私の耳穴を耳かき棒が轟音とともに侵略していく。
バリッ、バリバリ……バリッ
「うわ~、すごいね。耳の中バリバリいってんじゃないの?」
「うん……スゴイ音がしてる」
確かにスゴい音だ。多分、私の耳の道路には垢が分厚い層になって堆積しているんだろう。
バリバリは道路工事のショベルカーが無遠慮にアスファルトを叩き割っていくような感じ。
それなのに痛くない。
音が心地良い。
きっと表面の層だけを剥ぎ取るように皮膚を傷つけずに掘り起こしているんだ。
乱暴にされているようなのに痛くない。
バリバリ、ボリボリが気持ちいい。
耳かき棒からもたらされる感覚は触覚だけでなく、聴覚までも侵しながら私の脳を侵食していく。
「このままドンドンいくね」
「え?ドンドン?」
あ……これマズイ。
どんどんは、ちょっとマズイ。
奈美ちゃんちょっと待っ――
「うん、行くよ~」
それからは何か記憶が曖昧だ。スプーン状になった先端のあらゆる角度で耳道をこすり上げ、視界が極彩色に変わっていった。洞窟の天井部分を短いストロークで何度か往復されると喉が美味しいものでも食べたのだと誤作動を起こしたのだろう。
だらだらとヨダレがあふれ出てくる。窪みになって固まっている部分をツンツンと突いて少しずつ垢を崩れる音が脳味噌の奥まで反響していく。細かく粉砕された耳垢を長いストロークで入口付近まで掻きだしていくときは、長い舌で全身を舐められているような錯覚を覚えた。
そして最後の一撃
白いふわふわが耳の中に入って来る。
これは今までになかった感触。竹の耳かき棒が持つ硬質な感覚ではない、柔らかな羽毛のタッチ。耳の穴をくまなく白い羽毛がじわじわと愛撫していく。そして完全に耳の中に納まるとピタリと動きが止まった。それがクルリと一回転。
回ると同時に羽毛は残った耳垢のカスをこそぎ取る。
ふわふわが耳から引き抜かれたときには、耳垢と一緒に私の意識を全部どっかに持って行ってしまった。何か声が出ちゃった気がするけど、もう自分でも何かよく分からない状態だ。
「ごめんお姉ちゃん。痛かっ……た?」
意識が飛んだあと、聞こえてきたのは奈美ちゃんの声だった。
あ……そうか、耳かき終わっちゃったんだ。
それに気づいた途端、膨れ上がっていた満足感がすごいスピードでしぼんでいった。
波が去っていったあとに、強烈な寂しさが襲って来る。
だけど、それは一瞬だ。
何故なら、既に私は素晴らしいアイデアを閃いていたからだ。
そう、耳の穴はもうひとつある。
「え?あれ?……お姉ちゃん?」
「奈美ちゃん、ありがとう。スゴク気持ちよかったわ。だから、逆の方もお願いね」
視線があった奈美ちゃんが何だかドン引きしているようだが無視。
なぜなら、妹はお姉ちゃんの言うことを聞くために存在しているからだ。
だから迷うことなく命令する。
「逆の耳も、お・ね・が・い・ね」
「う、うん……」
うん、いい返事だ。
満足しながら、グルっと寝返りを打つ。
もうひとつの耳で、心行くまで奈美ちゃんの耳かきさばきを味わうとしよう。
奈美ちゃんが戸惑っているようなのでお姉ちゃん権限で「は・や・く」と催促すると、何だかさらにドン引かれた。
う~ん、大人の階段を上る前に、新しい扉が開いてしまったかもしれない。
若干の戸惑いを覚えつつも、わたしの片耳も疼きと、妙なワクワクは留まることはなかったのだ。
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