不思議なあの子

(何……この子……)



 その子に初めて会った時、私はとても驚いたのを覚えている。



 魂が綺麗すぎた。

 もちろん大人に比べて、経験の少ない子供の魂は綺麗な傾向にある。

 けれどその子の魂は、それとは比べ物にならないほどだった。



 不自然なくらいに綺麗だったのだ。

 一瞬、その子が人間であることを疑うくらいに。



 それと、不思議なことはもう一つ。



 私は胸を押さえた。



 今までは、人間を見るだけで体中が不快感に満たされていた。

 それが、今はないのだ。

 子供であっても人間には変わりないはずなのに、その子を前にした私の心は、穏やかなままだった。



 これが〝鍵〟の――― 人間でありながら、同じ人間からうとまれる者がなせるわざなのだろうか。



「こんにちは。いつも、この子たちと遊んでくれてありがとね。」



 その子と目線を合わせて微笑むと、その子は驚いた表情をしながらも、ちゃんと頷き返してくれた。

 私はそのまま、ごく自然にその子の手を取った。



 次の瞬間。



「!!」



 触れた手を介して、一気にその子の心が流れ込んできた。



 記憶にあるのは、両親の優しい笑顔とこの森の風景。



 自分は〝鍵〟なのだという、はっきりとした自覚。

 人間は敵だと、身を守るには自分が強くならなければという焦り。

 それと相反するようにある、人間に対する強い憧れ。



 それらが毎日毎日、目まぐるしく回って……



「―――っ」



 私とその子は、ほぼ同時に互いの手を離していた。



「大丈夫!?」



 精霊たちが私の異常を感じて、慌てて集まってくる。



「大丈夫よ。」



 言いながら、私は自分の失敗を実感していた。



 私は、水をつかさどる精霊のおさ

 水を介して、どんな場所の情報を知ることができる。

 けれどそれは、純粋に水でなくてもいい。



 今私は、この子に流れる血液などの液体を介して、この子の真相心理までを見てしまった。

 本当は意識すれば見ないようにできたのに、この子への興味が、無意識に心を覗いてしまったのだろう。



 その子は、自分の身に何が起こったのかは理解できていないようだった。

 ただ、何かしらの異変があったことは分かっているようで、複雑そうな目で私をじっと見つめてきていた。



(なんてさとい子……)



 私はその子に少し驚き、そして少し可哀想だと思った。



 これが、私とその子の最初の出会いだった。



 それからというもの、私はほぼ毎日外へ出るようになった。

 毎日のように湖に来るあの子と会って、話して、魔法の使い方を教えたり遊んだりして日々を過ごした。



 以前精霊たちが言っていたように、触れ合えば触れ合うほど、その子は不思議に思えてくる子だった。



 自分で学んだり精霊たちに教わっていたりしたことで、その子はすでに、ある程度の知識と技術を身につけていた。

 そして外見の幼さに見合わず、色んなことを知っていた。



 自分のことも。

 世界のことも。

 今まで自分という存在がどんな目に遭ってきて、今自分がどうしてここにいるのかも知っていた。



 その子いわく、このことは誰に教わったわけでもなく、いつの間にか知っていたらしい。

 それらを知っているだけではなく、きちんと理解までしているだろうことは、その子が時おり見せる表情から読み取れた。



 諦感を滲ませた、寂しさをたたえるあの子の顔。

 それが、私の意識にとても強く焼きついていた。



「仕方ないんだよ。」



 そんな顔をして、どうでもいいと言うような口調であの子は言った。



「こうでもしないと、生きていけないんだ。芝居を打つのも、隠れて魔法の練習をするのも、仕方ないこと。」



 その声は本当にあっさりとしていて、その子が自分の境遇を受け入れているのだと、私に否応なしに理解させた。

 滅多に見せないその子のうつろな表情が、私の意識に常に引っかかっていた。



 そして……その子が精霊たちと笑い合う度、私の中には疑問がわだかまっていった。



 精霊たちの話では、この子は自分以外を信用しないと言い切っていたはずだ。

 それなのに、どうして私たち精霊の前では、こんなにも無邪気な笑顔を見せるのだろう。



 自意識過剰ではないと思う。

 この子は、私たちを心から信頼してくれている。



 ある日我慢できなくて訊いてみると、その子は当然といった様子で答えた。



「だって、イルシュたちは人間じゃないでしょ? なんで俺が、人間以外を敵って思わなきゃいけないの?」



 それは自然の摂理でも話すかのような、迷いのない言葉だった。



「俺が信じないのは、人間だけだよ。それとも、イルシュたちも人間みたいに、俺を殺そうとするの?」

「まさか!! 人間なんかと一緒にしないで!!」



 人間と同等に見られるなんて、吐き気すらしてきそうだ。

 すぐさま否定した私を見たその子は、屈託なく笑って―――



「でしょ? だから信じてるし、仲良くもする。それって変?」



 そう言った。

 私はそれに、何も答えられなかった。



 この子の敵は、あくまでも人間だけなのだ。

 私たちと同じように、人間でなければ嫌悪する対象にはならない。

 そういうことなのだ。



 人間でありながら人間を敵視するその子の言動は、とても普通とは言えなかった。

 でも、それでいいと私は思った。



 こんな彼だから、この聖域にいる資格を持つのだろう。



 人間でありながら、同じ人間の輪から弾かれてしまった。

 だから必然的に、彼は人間以外のものに何かを求めるしかないのかもしれない。



 きっとそうだから、私たちもこの子を放っておけないのだ。

 人間と知りながら、それでも惹かれてしまう。

 すんなりと、そう納得できた。



「そうね。変じゃないわ。」



 自然に、口から言葉が出てきた。

 そして私は、その子に手を差し出した。



「いらっしゃい。秘密の場所に案内してあげる。人間が絶対に来られない場所。私たちだけの秘密基地にしましょう?」



 そう言った時にきらきらとした顔で笑ったあの子の表情を、私は一生忘れないだろう。


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