桃太郎は言いました。「おまえをパーティから追放する!」

@5diva

【起】桃太郎は言いました。「おまえをパーティから追放する!」

「聞いてるか? キサマを、鬼退治一行から追放するってんだよな!!」


 同じ内容を二度、怒鳴りつけられて、はっと俺──サルトは、我に返る。

 目の前には、威圧するように俺をにらみつけるモモタロウの姿がある。


「突然のことで、頭が真っ白ってか……理由を聞いても言いっすか、大将?」

「いけしゃあしゃあと言ってくれるよな。キサマ、オニと内通しているだろ!」


 まったく、身に覚えがなかった。俺の仕事は、鬼退治一行の裏方だ。

 具体的には、モモタロウが引き連れる三十頭の猟犬の訓練を引き受けていた。

 先日、ちょうど、一通りの連携を仕込み終えたところだ。

 犬たちのことはよく理解しているが、行軍や作戦に口を挟む立場ではない。


「寝耳に水ってか……身に覚えがないってか……」


 俺は、助けを求めるようにあたりを見回し、あきらめる。

 モモタロウに吊し上げられる俺を見ているのは、にやにやと侮蔑の笑いをこぼす、柄の悪い荒くれ者ばかりだ。

 そもそも、モモタロウの追放宣言は今日に始まったことではない。

 見せしめは数日おきにおこなわれ、都を出発したときは百人ほどだった一行は、いまや半数程度までに減ってしまった。

 人の良さそうな人間から、吊し上げの犠牲になる。


「ウキーッ! ウッキッキー!!」


 俺の肩に乗っていた飼い猿のモンジが、抗議を代弁するように叫び声をあげる。

 モンジは、小猿のころから俺が育てた弟分だ。

 モモタロウは、不愉快そうに飼い猿を一瞥する。


「キーキーうるさいよな、このエテ公……こいつを猿回しに使って、オニに情報を流していたわけだな? オレ様が、ずんばらりんと斬り捨ててやろうか!!」

「こら、止めろ。モンジ……大将、了解ってか。出て行くっす」

「切腹させずに済ませてやるのは、慈悲だよな? 二度と顔を見せるなよ!!」


 俺は、モンジをなだめつつ、少ない手荷物をまとめる。

 麻袋をかつぐと、荒くれ者どもに後ろ指を指されつつ、野営地に背を向ける。

 猟犬たちが、別れを惜しむように、くーん、と鳴いた。


 卍 卍 卍 卍 卍


「猟犬の一匹でも、かっぱらってくれば良かったってか。モモタロウの大将、あの様子じゃあ、全部で何頭いるかも把握していないだろ」


 俺は、鬼退治一行が歩んできた道のりを、とぼとぼと独り、逆向きに歩く。

 来るときは多勢で気にもならなかったが、なんとも単身では心細い。

 鬼ヶ島から襲来するオニどもが沿岸線の集落を荒らしており、それにかこつけてヒトの盗賊も闊歩するようになり、治安が悪い。


「なんつーか、名をあげて、良い嫁さんでももらえれば……と思っていたってか、ままならないってか……」

「ウッキキー!」


 丸めた背中に張り付いていたモンジが、突然、俺の髪を引っ張る。

 犬も猿も、獣は人間より五感が鋭い。何かに、気がついたか。

 行きの記憶と照らし合わせると、現在地点は人里からは離れている。

 オニか、あるいはヒトであっても山賊の類かもしれない。

 俺は、気配を潜めて、弟分の猿の示す方向へ慎重に足を向ける。


「……ってか。なんだ、これは」


 木陰から様子をうかがった俺は、気の抜けた声をもらしてしまう。

 茂みのなかに、一人の大男が倒れ込んでいる。

 素手で捕まえたのか、キジの脚をつかんでいる。


「荒事の痕跡はない、ってか……行き倒れっすか、これ?」


 俺は、状況から、そう判断する。

 腹を空かせ、食べられる物を捕まえたところで、力尽きたのだろう。

 倒れ伏す熊のような髭面の大男のそばに近寄り、ひざを突く。

 幸か不幸か、まだ息はあるようだ。


「俺の声が聞こえているってか、これ、食べられるっすか?」


 俺は麻袋のなかから、故郷の里、秘伝のキビ団子を取り出す。


「……くれ」

「ほい、どうぞ」

「……もう、一個」

「丸飲みは、だめってか」

「……悪くねえぜ、これ」

「よく噛んで」

「……おかわり」

「売り切れっす」


 キビ団子を五個、ぺろりと胃袋に収めた熊男は、ゆっくりと起きあがる。


「ちいっとばかり、物足りねえぜ……だが、人心地ついた。ありがとよ」


 俺と大男は、互いの顔を見て、まばたきする。見覚えがあった。


「あんた、三日前に鬼退治一行を追放された……」

「……おいらは、イヌマルだ。そう言うお前さんは?」

「サルトっす。ってか、まだ名乗ってなかったっすか……」


 顔見知りだった。ともにモモタロウ一行の一員で、言葉も交わした。

 イヌマルなる熊男は、猟犬訓練に興味があったらしく、よく見に来ていた。


「なんだ、お前さんも追放されるとは……桃の字も、人を見る目がねえぜ」

「俺からすると、イヌマルの旦那が黙って追放宣言に従ったほうが意外ってか」

「ま、ともかく……サルトのおかげで、命を拾ったのは間違いねえぜ。礼と言っちゃあ、なんだが、コイツを一緒に食べるか?」


 髭面の大男は、右手に握りしめたキジを掲げて、にやりと笑ってみせる。


「あー、いいっすねえ。山菜でも採ってきて、キジ鍋にすれば、最高ってか」

「ガハハハ! あとは酒さえあれば、言うことねえぜ!!」

『……ケーンッ! 止めるでありんす!!』


 俺とイヌマルの会話を聞いて命の危機を覚えたのか、突然、キジが暴れ出す。

 髭面の大男は虚を突かれて、キジの首を手放してしまう。

 抵抗する力を残していたことよりも、人語を口にしたことに、俺たちは驚く。


『お、鬼の目にも涙でありんす。こんな、ひもじい思いをして死ぬなんて……』


 三歩進んだところでへたりこんだキジは、恨めしげにつぶやく。

 俺は、キジの前方へと回り込むと、ひざを曲げて、視線を落とす。

 弱々しく首をもたげたクチバシに、キビ団子を一つ差し出す。


「……キジ殿も、食べるっすか?」

『鬼の目にも涙……感謝でありんす!』

「おい、サルト。そいつは、今夜の夕餉だぜ? それに、キビ団子、まだ残っていたじゃねえか!?」

「このキビ団子、食い過ぎると、栄養の取りすぎで爆発して死ぬってか」

「……マジ?」

「それに俺の里では、しゃべるキジは、神の使いって言われているってか」

「おいら、爆発して死ぬのか? 助かったと思ったのに、そりゃねえぜ……」

「イヌマルの旦那は、がたいが良いから、五個くらいなら大丈夫っす」


 サルトの手のひらのキビ団子をつつき、呑み込んだキジは、翼は大きく羽ばたかせると、起きあがり、二人の男に向かって頭を下げる。


『礼を言うでありんす。あちき、神様ではありませんが、鬼ヶ島に捕らえられたキジ姫様の使い……助けを求めて、ここまで来ました』

「あー。それは当てが外れたってか、モモタロウの大将のところへ行くべきっす」

「おいらたちは、鬼退治一行を追放された身だ。どうにも、できねえぜ」


 キジの言葉に対して、俺と大男は首を横に振る。

 捕らわれの姫君の使いを名乗る鳥は、うつむき気味になりつつも、言葉を継ぐ。


『モモタロウは、信用できない……あの男は、オニと内通しているでありんす』

「キジ殿……さすがに、それは、にわかに信じられないってか」

「いやあ……そうとも言い切れねえぜ。サルト」


 寝耳に水なことを言われて唖然としている俺に、大男は剣呑な声音でさえぎる。

 俺は、腕組みして思案する様子のイヌマルを見上げる。


「この先の村、襲われて壊滅していた。おかげで、おいら、路頭に迷っちまった」

「鬼退治一行を、もてなしてくれた集落じゃないっすか。モモタロウの大将が通り過ぎたあとに襲撃されるなんざ、間が悪いってか」

「ただの偶然とも思えねえぜ。オニどもからすりゃあ、都合が良すぎる」

『ケーン! モモタロウがオニと内通している証拠でありんす!!』


 姫君の使いを名乗るキジは、甲高い声をあげる。

 俺とイヌマル、それに肩に乗ったモンジ、二人と一匹は互いの顔を見合わせる


「なんか、雲行きが怪しくなってきたってか……いやな予感がするってか……」

「追いかけるか、サルト! 桃の字には、犬たちのことも任せられねえぜ!!」

「ウッキッキー!」

『ケーン! そうこなくっちゃ、でありんす!!』


 俺は、弟分の猿に髪の毛を、キジと髭面の大男に左右の腕を引っ張られる。

 半ば強引に、俺は鬼退治一行を追いかけることとなった。


 卍 卍 卍 卍 卍


「キキッ」


 俺の頭の上に乗っていたモンジが、警告するように小さく鳴く。

 イヌマルと視線を交わすと、俺たちは茂みのなかに潜りこむ。

 キジが、それに続く。身と気配を隠しつつ、俺たちは進む。


「焦げくせえ臭いがする……いやな予感しかしねえぜ」

「もうすぐ、宿を借りる予定の村ってか……っと、止まるっす」


 森と人里の境界ぎりぎりで、俺たちは足を止める。

 樹の陰から様子をうかがうまでもなく、集落に火の手が上がっている。

 俺は息を呑み、髭面の大男は歯ぎしりする。

 ヒトのものとは思えない不気味な哄笑が、村からここまで届いてくる。

 炎上が逆光となって仔細は見えないが、金棒を振り上げた大柄な体躯の何者かが、村人らしき影を叩き潰す。それも、複数。


「間違いようがねえぜ……オニどもだ。桃の字たちも、いねえ」

「キジ殿の言ってたことは、確定っすか。正直、信じたくなかったってか」

『ケーン……あまりにも、惨いでありんす』


 オニどもの数は、多い。俺とイヌマル、モンジだけでは、手を出せない。

 俺たちは、息を潜めつつ、オニの暴威が過ぎ去るのを待ち続ける。

 やがて火の手が納まり、家屋が消し炭になるころ、オニたちは撤収し始める。

 食糧と金目のものを小舟に積みこむと、海の向こう──鬼ヶ島へと戻っていく。

 廃墟となった漁村に、生きている者は残されていない。


「人間を見捨てるヤツが、犬を真っ当に扱うとは思えねえぜ! サルト!!」

「……ヒトよりも、イヌの心配ってか。旦那?」

「サルトこそ、怖じ気づいてるんじゃねえぜ。オニの襲撃にはち合わせたってことは、ここを通り過ぎた桃の字たちも近いってことだ」

『そうでありんす! お二人は、最後の希望!!』

「ウッキー!」

『ケーン! お猿殿も!!』


 初めて見る殺戮の現場に足がすくむ俺の背を、ばんばんとイヌマルの手が叩く。

 もうすぐ陽が暮れるが、かまうことなく俺たちは先を急いだ。

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