雑多な短編集

poti@カクヨム

短編集 ヤンス伯と不思議なリキュール



 昔、一人の偉大な人間が居た。

その男は陛下に功績を立て、与えられた湿地を拓き、

乾かした土地を均し、沼地を杭打ち固めて一つの街を築いた。

それがアッシのお爺ちゃんの伝説。

 

 アッシが子供の頃、彼の息子たる親父殿は実に旨そうにあの酒を飲んだ。

爵位を継ぎ、朝な夕な季節は廻り、秘蔵の酒樽は少しづつ数が減って行った。

けれども、作れる者はもういない。だからリキュールはもう買えない。

偉大な先祖のご威光と言えども、無から有は作れない。これは道理だ。

だけども、あの酒が、懐かしの一杯がそれでも飲みたいでヤンス!


 それにつけても酒の欲しさよ。寝所に密やかにも呻きめいた妄言が響く。

皇国アストリク伯ヤンス=デ=アストリク三世の密かなる欲望であった。



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 前略、皆様方。この頃お加減いかがでしょうか。

またも懲りずにアルタ=エノールでございます。

ある邪神の策謀により大騒動に巻き込まれ、無事都から追放された私、

現在は哀れにも放浪中にございまして実に苦労の多い日々を──


──誤解を招くような事言わないで欲しいなぁ。


 率直な感想にこのような反応を示す道連れと共に送っております。

頭の中を覗き込んではダダを捏ねるこの野郎にも段々と慣れて来たこの頃、

人類という種族の適応能力の高さに我ながら驚くばかりでございます。

最近は友連れの扱いも覚えはじめまして、この度は適当にヨイショして、

社会性が欠如したこいつを何とか酒場の給仕に捩じ込む事に成功した次第です。


 ぬめぬめする酔払いに客商売を押し付けた私をどうか褒めてやって下さい。

身だしなみを整えてやり、容姿と偉大さを褒めちぎった所、快諾して頂けました。

勿論、五分後には延々続く邪神様の呪いの声が脳裏に聞こえ始めたのですが。

契約と言うのは奴にも重いものらしく、今も身を粉にして働いております。

ははは、ざまぁみ……


 ──ちょっと、聞いてるよ?ハクカスは何時も監視(み)てるからね?


 うぉっほん。ゴホン。ともあれ、私は大丈夫であります。

住所不定無職改め不安定労働者もとい冒険者として本日もはりきりませう。

皆様も風邪など召されませぬよう。遠き異邦より愛をこめて。敬具。


 さて。それでは業務開始。前掛けを付け、洗い場に引っ込み、

ご対面するのは汚れた皿の山。ここはよくある宿屋の飯場である。

良く通りその通りだ。前との違いと言えば俺の立場ぐらいの話。


「俺ぁ、何でこんな事やってんだろうなぁ」


 今は日銭と路銀の為に哀れな労働者という訳だ。

万やむを得ずこうなった原因も今頃キリキリ働いている事だろう。

神様だから働かなくてもいいもんとか言うふざけた意見は却下した。

五体満足で立ってる以上は飲み代と食い扶持ぐらいは手前で稼げ。

案の定、物凄く嫌そうな顔をしやがったが、丁度いい社会勉強に──


 ──助けて。アルタ助けて。店長がまた無茶苦茶を言い出して。

うわー!客が何故か怒りだしたうわー!アルター!アルター!


 脳裏に悲鳴。神様激怒でぐずぐずのぐしゃーん。たちまち俺達大惨事。

そんな具合に安酒場が腐れて潰れる光景が過ったが、黙殺する。

第一、仮に何か起ころうがここの店主にゃ理由が解かるまい。

約束された完全犯罪という奴だ。ははは、ざまぁみろ。

──それは兎も角。ヤケクソに流れかけた思考を閉じる。


「さ、さ、皿、皿。あ、あ、洗う、洗う、洗う……」


 苦役めいて無心に労働。しかし不毛な単純作業は精神にクる。

大の男が日銭稼ぎにこのような。ギギギギ……理不尽、理不尽だ。

皿を崩すだけの簡単なお仕事で段々と俺の頭が狂いかけて来た時だ。

洗い場にも届くような轟音が店先から聞こえた。店員共もどよめきだす。

続いて団体様。俄(にわ)かにキッチンにも騒ぎが波及。気が散ってしょうがない。


「ねー、我が騎士。誰か偉い人が来たみたいだよー。この隙に飲もうよー」

「ハクカスさん。ハクカスさん。窃盗は犯罪ですよ?」

「神様働かせる方が犯罪だよね」

「……ひょっとしなくても怒ってらっしゃる?」

「そんな事ないよ。全然ないよ。ところで店主が惨死するとこ見たくない?」

「ハクカスさんが不機嫌なのは良く解った」


 ちゃっかりと既に酒瓶を確保している辺りもはや手慣れたものだ。

どぽどぽマグに注ぎ、ようやく一息つけるとハクカスの顔が緩む。

倫理と良識への挑戦みたいな絵面だが、一々止めるのも面倒だ。

この一杯で猟奇的な怪事件が回避できるならば必要経費としておこう。


 すまん、店主よ。俺の身の安全の為にも犠牲になってくれ。

まぁ、店員どもは大喜びで語り草にしそうではあるが。


「それじゃあビールを一杯……うえっ、ナニコレ。不っ味ぅ」

「どれどれ……あー、民営の酒造ギルドかぁ。しょうがないな」

「何だよぉ。全然解らないよぉ。何、この。何でこんなにまずいの。

どうしてどうやったらこんな酷い代物が。信じられない」


 勿体なさに無理矢理飲み下したらしいハクカスは涙目だ。

そりゃそうだ。民営酒造業者ギルドと来たら質と倫理観の低さで悪名高い。

自らも酒不足と言い訳しては粗悪品を乱造しては荒稼ぎしているような連中で、

質よりも金。儲かるならばアガリと引き換えヤミ酒すらお目こぼしらしい。

ことに奴らが造るビールに対する世間の定評と言えば──


「馬のしょんべん」

「わかった。もういい。とりあえず今から店主をぐずぐずにしてくるね」


 一般的な感想を事実と勘違いしたようだ。

笑顔で表通りに出ようとするハクカスを慌てて引き留め、説明を開始する。

店主は確かに碌でも無い人間ではあるが、そこまでされるいわれはない。


「頼むから落ち着け。民営酒造ギルドって最悪の連中が世の中には居るんだよ」

「じゃあそいつらから息の根を止めよう。涜神者死すべし慈悲は無い」

「だから落ち着けって。後で説明してやるから。あーあー、一張羅汚して」


 こぼれた酒で濡れた襟元に布巾を差し出してやる。

相変わらずとんでもない奴だ。神様に人間の常識は通用しない。

通用しないが同行する以上は嫌々でも折り合いをつけて貰う他無い。

行く先々で怪事件を起こしては酒蔵復興など夢のまた夢だ。

ハクカスをなだめつつ作業を続けていると、同僚の声が聞こえた。


「お前らも来いってさ」

「俺らが?何でだよ。臨時雇いにゃ関係ねぇだろ」

「バカ店長がうるさいんだ。お偉いさんが全員に話聞きたいんだと」

「げぇ、面倒臭ぇな。あの野郎、余計な事だけはすぐ思いつきやがる」

「給料値切られるぞ。さ、急げ急げ」

「ねぇ、やっぱりアイツぐずぐずにした方がいいと思うんだ」

「我慢、我慢してくださいハクカスさん。代わりに頭を下げてやるから」

「むー……誤魔化された気しかしない」

 

 シャボンを洗い落とし、服装を整えるとハクカスの手を引く。

ホールに出ると、何とも言えない存在感の人物が熱弁を振るっていた。

辻説法の宣教師じゃあるまいし、安酒場で熱を上げてもお足は出ないぞ。

先だっての事件とは別の方向性の不穏さを感じてしょうがない。


「諸君らにチャンスでヤンス。アッシの探してる酒を知る者はいないか」

「なんだアレ。景気づけに芸人でも呼んだか?」

「領主のヤンス伯だよ。最近あっちこっちこんな具合だと」

「ええぇ……色々突っ込みたいところはあるが、まず何あの口調」

「古老曰く、三代前からの伝統だってさ」

「伝統。……伝統?馬鹿と冗談なら間に合ってるぞ」

「あれで本人大真面目だよ。周りも見て見ぬふりしか出来ない。

っと、静かに静かに。あんなでも貴族だし、聞かれたらコトだ」


 まぁ、俺も暇潰しの読み物であらましぐらいは知っている。

三代前にこのアストリク近辺を与えられた伯爵様らしい。

勿論、伯爵というからには途轍もないお偉方で、記述を読む限り優秀。

何せ偉大な初代様の功績のお陰で貴族に取り立てられたってんだから。

そんなお人の物言いがコレ?にわかには信じがたい。


 背丈は俺より低い。予想に反して顔立ちは悪くない。

しかし、服飾が百年は前の大時代めいた代物で、しかもあの口調。

貴族に扮した大道芸人とでも説明された方がまだ納得がいく。

ゲーーーーッゲゲゲッとか良く解らん笑い声をあげているし。

領内では絶対者に近いとはいえ、もう少しこう、品位という物をだな。

……ん、あれ。あの指は何だ。何で俺を。


「そこのお前でヤンス」

「え、俺?ええと、閣下に拝謁でき光栄でアリマス」

「えっへん、人間の癖に実にお目が高いね」

「おいこらハクカス。──スンマセン、俺の連れが失礼を」

「アッシは慈悲深いから許してやるでヤンス。

それで、お前はこのリキュールについて知ってる事は?」


 透明な小瓶に入った液体は鮮やかなオレンジ色をしていた。

しかし、ビールと称した何か別の液体を人様へ出しやがるご時世だ。

リキュールとは名ばかりの単なる色水であっても驚かない。


「いや、見た目だけじゃ何とも判断しかねます、閣下。

リキュールと言っても浸し酒、そも蒸留からと製法も様々で」

「ほう……」


 うっかり口を滑らせてしまったらしい。

ヤンス伯が目を細め、口を吊り上げると羊皮紙を検めるように俺の顔を見てくる。

嫌な予感がする。凄く嫌な予感がする。またしても変人から目を付けられた。

何とか笑顔を取り繕おうとするが、俺の顔面は面白い事になっていそうだ。

早く帰ってくれ貴族様と大きく書かれているのだろう。


 神に祈りが通じたのか、興味を失ったのか。ヤンス伯が身をひるがえした。

何やらぶつぶつお付きの奴と囁き合いつつ偉そうに去って行く。

胸を撫で下ろす。厄介ごとなんぞ一つでも抱えるには重すぎる。

ハクカスはと言えば何時の間にやら着替えて手じまいの構えだ。


「……何だったんだ?」

「聞くだけ聞いてケチだったよね。あ、そろそろお昼だよ」

「飯の時間だな。仕事は上がりだ。川湊(かわみなと)で旨いものが食えるゾ」

「ヤッター!で、川湊って?」


 川湊とは水運や漁業の要地で、ここアストリックも該当する。

港湾と機能としては大体同じだが、こちらは運河や河川に限られる。

当然物資の集積地でもある訳で、値段を考えなければ物には困るまい。

物流の結節点としての発展がヤンス伯家の礎石に──兎も角。

まぁ、懐具合は寒いが金は出た。何とかなるだろう。


 尚、名物はアスピックとかいう煮凝りの類だそうな。

物流拠点として多数の家畜が集まって来る事から畜肉が有名らしい。

肉から煮だしたゼラチンに出汁を加え、固めて作るぷるぷる食品だとか。

ならばソーセージやハムも食えるか。まぁ、期待はしないでおこう。


「ご飯だご飯。私の騎士、今日のメニューは何ですかー?」

「現世楽しんじゃってまぁ。ご飯は奮発して仕出し屋の予定です」


 仕出し屋、と言うのはその土地の飯屋の別名だ。

最近は失職した宮廷料理人がレストランとか言う新手も始めたらしいが、

重要な事はどちらも酒場兼宿屋の飯よりは格式が高級って事だ。

裏返すと、安い酒場の飯はやっぱり値段相応になる。

日に日に悪くなる一方のハクカスのご機嫌を取ろうと言う腹積もりだ。


「わーい、賄い生活じゃないんだね。アレ大分飽きてたんだ」

「そこはかとなく刺を感じるのは気のせいでしょうかねぇ」

「気のせい気のせい。楽しみだなー」

「言っておくが、割り勘だぞ」

「ハクカスもお小遣いは出来たから。大丈夫大丈夫」


 気前のいい話だ。出費を抑える為にそこらの煮売りにも寄ろう。

腹を空かせて拗ねてる子供の口には飯を詰め込んでやるに限る。

──にしても、豊かな街だ。掌を後ろ頭に回しつつ周囲を見回す。


 忙しく働く人足は引きも切らず往来し、あちこちから

新しく建物を建てる槌音が聞こえ、船着きの筏(いかだ)からは

川上から運ばれて来た木材や何かの樽や箱が積み下ろされている。

船とモノが集まるこの土地を起点として方々に売りさばかれていくのだろう。

今だ傷跡深く、再開発と沈滞の狭間にある都と比しても尚活気ある姿だ。


 どこもこれだけ進んでいるなら俺の使命もぐっと楽になるんだが。

まぁ、軍役と防衛に余力を取られて意思統一が難しいのが皇国だ。

あちこちまだら模様に世の中が移ろうのだろうな、などと

取り留めも無い思考をしていた頃、ハクカスが感嘆の声を上げた。


「それにしても、この街はどこも大きいねぇ、すごいねぇ」

「ヤンス伯様様だわな。皿洗いの割に給金がえらい良いのには驚いた」

「もー、そのお話はやめてよー。人から褒められたら嬉しいけど、

変な人とか、神様扱いしない連中の相手はハクカスも嫌なんだよ?」

「正直、何時キレるかとひやひやしてました」

「騎士。ひょっとして私の事ばかだと思ってない?」

「実は暇潰しにと色々調べてたから教えてやろう」

「ふーん……面白い話なのかな?話す事を許すよ」


 そこらで買ったブドウ汁の陶器を傾けつつ、与太話を思案する。

聞けば、チーズを乗せた台皿パンを下賜する趣味があるだの、

妙に字がキレイらしいだの……真横を見ると趣味が悪い石像がある。

曰く、魔物の脅威を迎え撃つヤンス伯……ああ、確か先代の逸話だっけ。

いや、しかし。いざ面白おかしく話そうと思うと悩むな。

向き直る。すると、ハクカスの姿が煙のように消えていた。


「……は?」


 ちょっと目を離した隙に忽然と姿を消した邪神を求めて周囲を見渡す。

人混みと日中のざわめきが騒がしく、ぬめぬめした酔払いの姿は無い。


「上手く誤魔化したと思ったらこれかい!本当に手のかかる。

うおーい、何処行ったー?ハクカスやーい。飲んべのハクカスさーん!

ええい、ダメか。念話だっけ?アレを使えば何とかなるか」


 迷子とか子供かよ!いや、見た目は子供だな。オツムの方もそれ相応。

違う違う。そうじゃない。あんな危険ブツを出歩かせるとか俺がヤバイ。

くそっ、歩く災害め!いや落ち着け。被害が出る前に回収せねば。


「……そうだ!頭の中で呼びかければ!」


 我ながら色々ギリギリの発言であるようには思う。

友人知人が言い出したら、あいつも遂にと遠い目をする類だろう。

通行人が距離を取り、見て見ぬフリをしてくるのがとても辛い。

努めて心を無にすると頭の中でハクカスに呼びかける。


 返事はない。返事はないが、思考が流れ込んで来る。

気配を感じる。そっちか!人込みを駆け出し、掻き分け、滑り込む。

すると、奴が何やら通行人に絡みついている場面に出くわした。


「ねぇねぇ。あなた、さっきの人だよね。きっとそうだよね」

「何言ってるでヤンス。伯とはジッサイ無関係。関わりは無いでヤンス」

「えー、ほんとにほんとー?くんくん。ねぇ、同じ匂いがするよー?」

「止めるでヤンスこの無礼者!破廉恥!」

「オイ待てハクカスお前ッ!?何やってやがる!?」


 周りも何だかヒソヒソ話をしている。

やべぇ、失礼しでかしおったか。大慌てで駆けよるも、ハクカスは笑顔だ。


「あー、アルタぁ。ねーねー、この人凄いお酒持ってる気がする」

「話聞きゃしねぇ!すみません!連れがご無礼を……ってコラァ!?」

「うひゃぁっ!?何するでヤンス!離せでヤンス!ああっ、アッシの酒が!?」


 あろうことか、絡んでいる相手は見覚えのある姿格好をしている。

ついでに特徴的な口調も相まって正体を隠す意欲が感じられない。

暴れる両者を他所に考えあぐねる。いっそ他人のフリをしていようか。

と、ヤンス伯らしい人物が取り落とした小瓶から甘い匂いが漂って来る。


「この匂いは……もしかしてリケファケレか?実物は初めて見たな。

バラの匂いが実に鮮やかで。でもコレ西国教会の秘伝の酒では……ハッ!?」

「あー、やっちゃったねぇアルタさん」

「好奇心でポカとか年は取るもんじゃ……えーっと、その?」

「……」

「と、とんだご無礼を!年端も行かない子供のしでかした事です!

どうか、どうか平にご容赦を!ハクカス、お前も頭、頭を下げる!ほら!」

「やだよー、流れるように私のせいにして。神様は無答責なんだよ?」

「全般的にお前のせいだろうがッ!」


 我に返ってハクカスの頭を押さえつつ二人して頭を下げる。

なんでハクカスが謝らなきゃならないのと邪神は不満たらたらである。

素知らぬげにヤンス伯は君俺に呼びかて来た。その見た目は麗しい。

流石貴族様。そんな俺の感想は三秒後に砕かれる事となる。


「ゲーーーーッゲゲゲッ!アッシは慈悲深い。多少の無礼は許すでヤンス!」

「これはパーフェクトでは?」

「完璧なお人だね」

「お前、それなりに酒に詳しいみたいだからもう少し聞くでヤンス。

幾つか持ち歩いてるのがあるからこれらも試せ」

「はぁ……失礼ながら、おたくの意図を伺っても?」

「酒鑑定を頼むかもしれないから、そのテストでヤンス」

「それこそ酒造ギルドにでも頼んだ方が」

「きゃつらは全ての酒飲みの敵。領内で借りを作りたくないでヤンス」

「アッ、ハイ」

「その名前、前にも出て来たよね。説明を求めるよ、私の騎士」


 酒造ギルドとは、麦を醸して馬の小便を作る事で名高い市民の敵である。

所によっては酒類の安定供給に貢献しているという意見もあるが、

量の為に質を犠牲にする事を厭わず、利権の為に技術革新を否定し、

闇酒を黙認しながらも製品の質的向上を取り締まる為に忌み嫌われている。

それもこれも全て手前らの抱え込んだ金と特権の存続が目的だと専らの噂。


 凡そ、皇国に住むあらゆるのんべぇにとっては不倶戴天の敵だ。

残念ながら、お上への献金の為に奴らは今日も元気一杯悪さをしている。

実に忌々しい。早く滅んで欲しい組織の上位に位置する連中と言えよう。


「酷い奴らだね。いたいけなハクカスを苦しめる悪魔だよ」

「先に言っておきますが人間には権利と法がありますからね、ハクカスさん」

「目なら目を潰せ、歯なら歯を引っこ抜けだよ?」

「それは兎も角!早速試させて頂きます」

「成果次第で不穏な発言は不問でヤンス」

「謹んで拝命いたしますです、はい」


 スキットルをヤンス伯から次々下賜され、口に含む。

どれもこれも非常に上品。薬にもなるような逸品ばかりだ。

液体化した宝石のように色鮮やかな美酒の味に、ハクカスが目を輝かせている。


「ウマーイ!何これ何これ!凄く美味しい!お香とお祈りの味がする!」

「おい、舐めるだけにしとけって」

「えー……」

「富貴の人には施しが求められるってもな……それだけじゃないでしょ?」

「理解が早くて助かるでヤンス。で、感想が聞きたい」

「失礼ながら、これらの品々。どれも上等の酒のように思います。

探されている品があるとの事ですが、これらでも全く不足は無いかと」

「普段通りの語りで結構。確かに、これらは旨く上等ではあるでヤンス。

が、探してるのはまた別でね。戦で燃えたのを再現したい」

「なるほど。……ん、あれ。なら、何で俺に声を?」

「身内だけでやらないと諸ギルド共が利権を荒らすなとうるさいでヤンス」

「それにハクカスたちは酒文化の再建が使命だもんね」

「ちょ、おま!?余計な事を!絶対タダ酒飲みたいだけだろ!」


 曰く、下々の好む下品なリキュールを探しているでヤンス。

昔、山ほど買い込んでたけど製造元が戦火で燃えたから再現したい、らしい。


「……少し、今しばらく考えさせて頂いても?」


 期待を持たせて悪いが、正直気乗りがしない。

何となく嫌な予感がすると言うか。話が出来過ぎてると言うか。

大体、お偉方が妙に親切なのは厄介が舞い込んでくる合図だ。

思えば不審な点は既に幾つもある。よし、出まかせ言ってごまかそう。


「まことに残念ですが当方にも先約が……」

「そうか。確保でヤンス」

「かしこまりました、閣下」

「ちょ、何処から沸いて出やがった!?今断ったろうが!」

「承諾の返事、大変結構でヤンス。それでは具体的な話に」

「ハイかイイエなら圧倒的にノーだ!考えるまでもなくイイエだ!」

「そんな。酷いでヤンス」

「嫌な予感しかしない台詞を吐きおって」

「そんな……酷いでヤンス」

「ダメだ、拒否権が無い!ハクカス、変身だ!とにかく変身だ!」

「え、こんなに美味しいお酒飲めるのに断るの?」

「脱兎ッ!自由へ!」

「逃げたぞ、追えッ追えーーーッ!」


 そうして俺はヤンス伯の邸宅へと拉致された。

クソッ、なんて時代だ。権力や社会的後ろ盾が欲しくてたまらない。

そんなモン神様の有難迷惑以外存在しないので、思わず天井を仰ぐ。

まぁ、連行されたのは庭園の外れの作業小屋なのだが。


「お、俺の自由が。男の、人の尊厳は何処に行ったんだ」

「馬鹿め、奴らなら死んだわ。さぁ、キリキリ働くでヤンス」

「……」


 眉間にしわ寄せ睨み付けるが伯爵の顔は涼し気なままだ。

ふざけんじゃねぇよ。誰が一言でも働くと言ったというのか。

中指立てて回れ右すべきではあるが──ハクカスの興味深げな意識が遮る。

主が興味を持ったようだ。それならば仕方がないと思考が切り替わる。


「ねぇ、そもそもリキュールってなぁに?

醸しも腐らせもしないのにお酒なんて納得がいかないよ」

「その分だとアクア・ウィタエもご存じない?」

「捧げられた事はあるけどあんまり好きじゃないよー」

「醸造と蒸留は別かぁ……」

「私はね、お酒の中の情報や熱意や祈りを飲むの。強さだけじゃ、ね」

「酒に一家言ある所すまないけれど、話を進めるでヤンス」


 説明するとリキュールとは、薬草や花、果実から抽出した味や香りを加えた酒だ。

良く知られてる物としては蒸留酒に漬けた果実酒なんかがある。

元々は酒の中に薬効を溶かし、効果を高めた薬の一種でもあるんだが、

美味しい奴はそのまま酒として飲まれる事も多い。


 薬って言葉が出てくる事からも解かると思うが、

元々は医者とか錬金術師の領分だ。蒸留も扱う事がある。

特に漬けずに香りだけを抽出する場合、工程に手間と金がかかる。


 具体的には、蒸留器を使って香油を取り出し、酒に加えるという訳だ。

一番高級な代物ともなれば、一端油脂で香りを吸いだしてから

酒精と混ぜ、そこから更に精製……と手間からして個人でやる方法じゃない。

ついでに言えば、俺が齧ったのは醸造で、別分野の話になる。

ハクカスへの説明も兼ね、記憶を辿って一席談じると肩をすくめる。


「しっかしなぁ。俺は薬師でも医者でも錬金術師でも無いぞ。

人選が適切とは思えん。もう少し考え直してみては?」

「そいつらに個人的な借りを作ると後が面倒でヤンス。

あくまでアッシの趣味、という話に収まらなくなる」

「はぁ、偉い人も大変なんですね」

「それに大金がかかるでヤンス。費用は少なくしたい」

「つまり俺ら人身御供?」

「成功すれば貴族の恩人でヤンスよ。もう少し張り切れ」

「精神論だけじゃどうにもこうにも。お金下さい」

「仕方ない。残り僅かだけど、特別に味見を許すでヤンス。

心配は一々ごもっとも。でも、あれは薬屋どもの酒とは違う」

「と、言うと?」

「酒場の主が色々混ぜて作ったと教えられたでヤンス」

「すると混ぜ酒(カクテル)の類か……それならまぁ、何とか」


 一杯機嫌のその前に、前もって伯からの聞き取りを進めていく。

こうも酒との縁が深まったのは間違いなくハクカスのせいだろうが、

まさか貴族様に拉致されて混ぜ酒を作れと命じられるとは思わなかった。

頭を抱えたくなってくる現状だが、逃げられそうもない。


「ので無理矢理納得しよう。した。で、まず一杯。メモるから紙くれ」

「ハクカスもハクカスも」

「もうボトルの数が少ないでヤンス。少しづつ味わうように」

「はいはい。んー……これはまた」


 瓶からちょっとだけ酒をコップに注ぐ。

色はオレンジ。ブランデーっぽい。何かアルコールの匂いがキツイ。

ハクカスの感想も参考にしつつ、思いつく限りの素材をメモせねば。

徒然と筆を滑らせているとヤンス伯がメモを覗き込んで来る。


「滑り出しは順調でヤンスね。素材さえ解かれば再現もすぐでは」

「そんなに簡単に行くとは思えないゾ。ハクカス、お前も一杯やれよ」


 ハクカスの反応は芳しくない。舐めるとビリッと来る刺激。

この特徴的な後味は多分ジンか?それっぽいな。メモメモ。

舐めただけで解るこの度数の強さ。ハクカスにも更に一口やらせる。

……知らずに酸っぱい物を舐めた子供みたいな顔してるなぁ。


「んー……さっきの方が美味しいとハクカスは思います」

「同意見。強さだけならトドメを刺すが正直、品良い酒とも思えないゾ」

「アッシには欠かせないでヤンス。で、再現できそうでヤンスか?」

「安ブランデーと、ジンと、後なんだ。ぶどう酒か?かなり甘い奴。

柑橘の味が強いから多分オレンジ酒も入ってんじゃないか。……しかし」

「しかし、何でヤンスか?勿体ぶらずに」

「分量は秘伝だろうから再現するまでかなり飲む羽目に」


 そうなのだ。宿の親父の手製とは言っても、貴族様御用達。

模造品や粗製乱造の防止の為にレシピは関係者しか知るまい。

舌と記憶を頼りに再現、と言っても元々の度数が強い酒の事。

しばらくやる内に段々と訳が解からなくなる事は予想できる。


「酔いつぶれるのは必至──誰か応援を呼ぶか……

いや、ダメ。この手の陰謀は人が増えると外に漏れるでヤンス」

「陰謀なんスか……あ、そうだ。良い事思いついた」


 ハクカスの方を向いて笑顔を作る。頼み事をする時には重要だ。

勿論俺の内心はただ一つ。こうなりゃお前も道連れだ。

嫌な予感を感じ取ったか逃げようとするハクカス。もう逃げられないゾ。

俺は主の掌を両手で握ると、精一杯優しげな声音を絞る。


「喜んでくれハクカス。今日は貴族様のおごりで朝まで飲める!」

「えー……あんまり嬉しくないよぅ」

「ハハハ、こやつめ。毎月どれだけ酒代かかってるか解ってんのかナ?」

「お布施でアルタさんの功徳が一杯。やったね!」

「よしよし、これからタップリと味わってもらうからな」

「ねー、どんどんハクカスの扱いが雑になってない?」

「良いから良いから。ほら、一杯目をやろう」


 ヤンス伯率いる即席カクテル団発足だ。

ハクカスは余りお気に召さないらしいがこの際しょうがない。

机の上に酒瓶を並べ、椅子に座った酔払いに試作品を出してやる。

最初の一杯はご機嫌取りも兼ねてだが、既に余り反応がよろしくない。


「色がさっきと違う。ほぼブランデーじゃないの」

「あたり。安物だが、蒸留酒への偏見を治して欲しい。閣下、宜しいですよね?」

「まぁ、それ位の役得はいいでヤンスが……」

「へへへ、まいど。ヤンス伯からの振る舞いだから心して飲むように」

「すっかりそいつの手下みたいに……ハクカスの騎士なのに」

「ふむ?」

「と、ところで閣下!話は変わりますが!」

「まぁ冒険者なんて胡散臭いと相場が決まってるでヤンス。で、何か?」


 騎士号の授与は叙任権の行使である。もちろん、詐称は公権力への挑戦だ。

貴族の前でうかつにやると首が飛ぶし、事実を話しても狂人扱いだろう。

残念な子供の戯言という事にして強引に話題を切り替えにかかる。


「陰謀を企むにしても、我々の敵について知りたく存じます」

「露骨に話を変えたと思ったら。ま、気晴らしにはなるでヤンスか」

「ええ、是非!是非とも!へへぇ」

「嘘が下手な男。まぁ、第一の敵は酒造と飲食両ギルド」

「やはり。連中は人の皮を被った悪魔ですからな」

「悪魔かどうかは知らないでヤンスが。銀龍団という名に覚えは?」

「……は?何でこの流れで傭兵団の名前が?いや、今は冒険者ギルドか」


 銀龍団、とは戦争中から大規模な傭兵隊として活躍していた連中だ。

色々あって人化した龍が頭に収まって以降、各戦線を支える第二の軍隊になり、

その後はウゾウムゾウの復員の為、冒険者ギルドなる組織になったらしい。


 武装した大勢の浮浪者が元気一杯暴れ回ると方々が迷惑するのは確実で、

名目つけて組織化し、労働だのに従事させようという題目は良く解る。

だが、ここでその名前が出てくる理由が解らない。

ヤンス伯が腕組みをしながら困り顔で話を続ける。


「面倒な事に旧守派ギルドの連中がそいつらの一部と権益の確保に動いてて」

「飯屋と飲み屋の組合が冒険者(ヤクザ)と結んでミカジメでウハウハ?

領主様として座視するのはどうなんでしょうかねぇ……」

「当家としてもきゃつらの横暴には大迷惑でヤンス。

調子に乗り過ぎてるし、面倒だから兵を率いて火の海にしてやりたい」

「商業と流通で発展したお家としてその発想は如何なものかと」

「アッシもそう思う。街を火の海にもしたくない。だから困ってるでヤンス。

好きな酒一つこさえるのにこの面倒さだもの」


 会話をつまらなそうに聞いていたハクカスが不意に顔を上げた。


「──ねぇアルタ。来るよ」

「何がだよ」

「敵が」

「はぁ?」


 その瞬間、俺達が陣取っていた小屋のドアが爆音と共に吹き飛んだ。

ばらばらと木片が散らばり、室内に土煙立ち込める。

大混乱を避けるべく、ハクカスを引き倒しつつ机の下に逃げ込む。


「何事でヤンスか!ゲホゲホッ」

「御用改めである!悪党共、神妙にせい!」

「お前ら何を言ってるんだ……?」

「民間の組合から通報があった。密造だな。実に悪質な脱税行為だ」

「いやだから、冒険者(やくざ)風情が何言ってんの。自警団気取りか?」

「これは身内から情報が洩れてたっぽいでヤンスね。無茶苦茶しおる」

「武装したゴロツキの言いがかりでは?」

「強訴って知ってるでヤンスか?一応、形の上では領主への訴えを装ってる」

「……一つ聞く。じゃあその場合、密造の犯人は誰に?」

「お前辺りが生贄にピッタリでヤンス」


 何せ、身元も怪しい流れ者の冒険者だ。

適当に罪状をでっち上げて見せしめにすれば話も丸く収まるだろう。


「薄々知ってた。タスケテ伯爵様」

「一党の頭を出すでヤンス。まずはそちらの要求を聞こう」

「依頼人の訴えは、密造酒の廃棄と製造の権利保障らしい」

「断ると言ったら?」

「想像に任せる。バックに組合が付いてる事を忘れるなよ」

「ロクな酒も作らねぇ癖……何が酒造ギルドだ!高いし不味い!仕事しろ!!」

「組合もさ、頑張ってるんだよ。酒そのものが店に無くなった事は無いだろう」

「に、したってあの味はねぇだろ流石に。ヤミ酒も放置とか……」

「人々の人生にはそれでも酒が必要だ。解らんか?」

「ふぅん、さっぱり解んないかなぁ。ねぇ、我が騎士」


 ──聞かれると都合が悪いと思うから、これで答えてね。


 いきなり念話で……何をだよ何を。それじゃ質問になってねぇよ。


 ──この人たちが前言ってた酒造ギルドとかいう人達?


 ああ、そうだな。見りゃ解かるだろ。他には?


 ──言い忘れてたけど、私たちのお約束には例外が幾つもあってね。

その中の一つが同害報復って言うんだ。解る?うん、解った事にするね。


「目には目を。歯には歯を。酒の恨みに神罰を。

容赦する理由は絶対ないよね。うん。こいつら許せないかな」


 何か物騒な事を言い出しおった。

おい馬鹿止めろ。一体全体何をするつもりだ落ち着け。

俺の内心を無視し、酔払いの神様は腕を組むと笑い出す。


「ハクカスよく解った。つまりこいつらおいしいお酒の敵」

「どういう理解だそれ!?八つ当たりじゃねぇか!」

「いいえ、神罰です。酒の恨みを思い知るがいい」


 酒の恨みは恐ろしい。

だが、それ以上に俺は小娘の姿をした目の前の存在が恐ろしい。

ハクカスはもう怒りを隠すつもりもなくなったらしく、

連なる足跡をヘドロと化した床板に残しつつ冒険者達にゆっくりと歩み寄る。


「ぬうっ!」


 ただならぬ気配を察したのだろう。

もう空気すら毒ガスめいた腐敗臭を発してるのだからそりゃ気づくか。

冒険者の奴らも手練れらしく、抜き打ちにハクカスの首を狙う。

すると刃が赤錆と化して砕け、折れ飛んだ切っ先が壁に突き刺さる。


 先の焼き直しだが今なら、ハクカスが何をやったのかがはっきりわかる。

体に触れた瞬間に剣をぐずぐずにしたのだろう。

魔法か何かなのだろうが、神の自称に違わず呼吸するように使ってやがる。

相変わらず歩く理不尽としか言いようのない圧倒的な力だった。


「ねぇ。あのビールのような汚水を作って売ったのは君達かな?」


 笑顔のまま歩み寄るハクカスが戦慄している冒険者に問いかける。

こりゃダメだ。とても助けられん。不味いビールを物凄く根に持ってた。

相手はと言うと迫る恐怖に目を見開き、顔を引きつらせている。

ハクカスな小さな両手で哀れな冒険者の頭を掴んだ。


「答えないなら答えなくてもいい。今からお前をぐずぐずにしよう」

「お、おぁっ!?オァぁあーーーーっ!?服が、頭がーーーっ!!」

「皇帝や教皇代理、魔王に感謝するんだね。昔ならお前の脳や魂まで腐らせてたよ」

「髪、髪が。毛が……俺の、俺に残された希望が不毛になった……」

「出生時点の姿に戻った気持ちはどう?もちろん返事は聞いてないよ。

全員まとめてぐずぐずにする!それ、ぐずぐずになーれ!」


 悪夢のカーニバル開催だ。参加者は強制全裸。どこのサバトか。

哀れ、冒険者の全身の装具と頭髪や体毛がぐずぐずに溶け落ちる。

諦観を胸に巻き込まれないよう退避。こうなってはもう止めようが無い。

傍らを見ると、尻もちをついたヤンス伯が震えあがっていた。

俺とは違い、人型の災厄には慣れていないらしい。当たり前か。


「な、なななな……何、何でヤンスかアレ。あの子」

「人の形をした怪現象です。理解しようとしない方が」

「へ……?なな、何か言ったでヤンスか。よく聞こえない」

「クソっ、ショックで難聴起こしてやがる。あ、おい!立つな!」

「あっ」


 亡霊めいて立ち上がったヤンス伯を見て、ハクカスが間抜けな声を出す。

何やら物騒を投げつけようと大きく腕を振りかぶった格好をして、だ。

そして、俺は奴が一瞬面白そうに口を吊り上げるのを確かに見た。

不可視の何かを伯めがけて投げつける構えだ。間違いない。


「えっ」


 ナイスシュート。見事にアウト。こいつマジでやりやがった。

多くは語るまい。ヤンス伯の着衣がぐずぐずになって崩れたとだけ述べる。

何か背中とかの曲線が妙に滑らかだが、努めてその理由は考えない事にする。

取り合えず何か隠す布を準備しよう。……おいハクカス。何故に笑顔か。


「ついうっかり。ハクカスだって失敗する事ぐらいあるよね」

「お前、今の絶対わざとだな……?」

「んふふふふ。お酒の仇は実力で解決しました!スッキリ!」

「く、来るな!こっち見るな!向こうに行け!変態!怪物!魔物ッ!」

「ふー、楽しかった。きっちり神罰したのでとても満足です。さて」

「ひぃっ、い、命ばかりは。どうか殺さないでほしいでヤンス!」

「何だかこれからヤンスさんにお話があるみたいだよ」

「……誰が?」

「向こうで転がってる人たち。ちょっとだけ脅かしたら話してくれたよ。

欲しがってた酒を造ってた業者さんからのお願いなんだってさ」

「……へ?」

「良かったね。失せものが無事に見つかったみたいだよ。

めでたしめでたし。一件落着。これで今日も美味しくお酒が飲める」

「つ、つまり。アッシの努力は全くの……無駄足?」

「うん。そう思うよ」

「しかも見られ損でヤンス?」

「うん。その通りだね。ひょっとして色々自信が無かったとか?」

「何と言うか、こう。もう少し発言に人間性をと言うか……ハクカスさん?」

「どしたの、私の騎士。仮にも年頃の乙女の前だよ。堂々としてよ」


 ヤンス伯の様子は相変わらずおかしい。ぷるぷる震えている。

明らかに原因は恐怖ではあるまい。元凶め、俺を巻き込むな話を振るな。

ローブのように幌布を体にまとってヤンス伯がすっくと立ちあがった。


「ふ、ふふふ。ふふふふーーー!絶対に許さんぞ貴様!絶対にだ!」


 まるでうぶな生娘めいた反応だなー、実に見事に錯乱しておられる。

あー、そういやまだ奥さんが居ないって話だからそういう事か。

いやー、大変な事しちゃったな。これは領主裁判で俺、縛り首かもな。

笑うしかないからつられて笑い出す。無論、全部現実逃避である。


「は、はははは伯爵様、落ち付いて下さい」

「こうもハジをかかされて黙ってられないでヤンス」

「も、目撃者を消せば噂は外には漏れませぬ!?」

「ゲヒャッ、その手があったでヤンスね」

「あっ、俺いらん事言った」

「これより領主裁判を開廷するでヤンス!」


 目の色が怪しいヤンス伯に肩を掴まれ、致命的な失言だったと気づく。

ひょっとすると恐ろしい物を見たせいで一時的な狂気に陥っているのかもしれん。

だらだらと汗をかきながら俺は伯爵様と見つめ合う。胃に穴が開きそうだ。


「さて、車輪裂きと無期徒刑、どっちがいいでヤンスか?」

「悪徳貴族ッ!?どっちも嫌だ!」

「そう。喜んでくれて嬉しいでヤンス。衛兵!衛兵!!」

「うわーーっ、もう駄目だ!助けて神様―――っ!?」

「これで事件も落着だね。ハクカスとしても満足である、まる」

「最後までダメだこの邪神!?畜生、追放なんて懲り懲りだ畜生―――っ!」


 そして逃げ出すのであった。冒険者は一つ所に留まれない。


「それで閣下。納期はどうしましょうか」

「まず貴様ら服を着ろ。話はそれからでヤンス」



Fin


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