第5話 ライターの桃田さん

 バーベキューパーティー当日の午前、白壁は青山の車に乗り込み、買い出しに向かっていた。後部座席には、赤坂とグリーンも鎮座している。

「黄金くんと仲よくしてもらっているみたいで、ありがとう」

 赤坂が言う。いやいや、と白壁は手を振り、自分が失敗だらけだったこと、それでも黄金が最終的には受け入れてくれたことを伝えた。

「でも、すごいことなんじゃない? 彼にとっても、話ができる存在がいること自体が、とてもいいことだと思うけどね」

 青山にもそう言われ、気恥ずかしい。

 そこから話は移り、桃田の話になった。

「桃田さんは比較的、黄金くんとも仲がよかったわね」

「不思議なんだがね。桃田さんは口調がきついことも多いのに、なんで黄金くんがなついていたのか」

 赤坂が首をひねる。白壁は、会ったことのない桃田に思いをはせる。

 グリーンが指を鳴らし、「それなら分かる」と言った。

「二人は考え方がそっくりだからね。黄金くんはプログラマー的思考。桃田さんは、なんていうのかな? 数学的思考? 論理的思考?」

「ああ、確かにね」

 青山も相槌をうつ。

 ピピピ、と赤坂の携帯電話が鳴った。昔懐かしい折り畳み式だ。赤坂が「失礼」と言ってメールを確認する。

「噂をすれば、というやつだね。桃田くんからだよ。先ほど、空港に着いたらしい。電車とバスを乗り継いで、パレット荘に戻るのは昼過ぎかな」


 買い出しのついでに昼食も終え、四人そろって裏庭で涼んでいると、カラカラカラという音がした。キャリーバッグの車輪が回っている。

 バーベキューセットの手入れをしていたグリーンが「帰って来たね」と顔を上げた。青山と赤坂が立ち上がり、つられて白壁も腰を上げる。

 エントランスに入ってきた人物が桃田のようだ。しかし、何というか、「桃田」という名がこれほどしっくりくる人物もいないだろう。

 来ているシャツ、スカート、サングラスの縁に至るまで、コーディネートはショッキングピンクだった。何かのアーティストだろうか? しかし、グリーンは「論理的思考」をする人物だと言っていた。

「あら珍しい。四人も庭にいるのね」

 ショッキングピンクの日傘をたたみながら、桃田が言う。確かに、口調は不愛想というか、「怒っているのか」と相手を不安にさせるようなところがある。

「久しぶりだね。取材は無事に終わったかな」

「まあね。取材相手が話の通じないクソジジイばっかりだったから、大変だったわよもう」

 言いながら桃田はサングラスを取る。その目じりは下がり気味で先ほどまでの威圧感はなく、柔和で元気そうなおばちゃん、といった印象だ。

「あれ、知らない顔がいるわね。新入り?」

「ああ、彼は白壁くん。郵便配達員なんだけれども、なんだかんだでここの一員みたいなものかな」

 赤坂の紹介を受け、白壁は頭を下げる。

「あたしね、桃田光江。フリーライターやってんの。もしいいネタがあったら教えてちょうだいね、なんちゃって」

 桃田はポシェットから名刺を取り出し、白壁に押し付ける。

 そこには「フリーライター Spicy MOMOE 桃田光江」とある。

 それを見た瞬間、白壁は桃田の手を取っていた。

「うわあああああ、スパイシーモモエさんですか!」


 スパイシーモモエは、その天真爛漫なペンネームとは裏腹に、堅実な取材と論考を重ねるタイプのライターである。

 大学で経済学を専攻していた白壁は、彼女の記事を読み漁った時期があった。

 発端は、所属していたゼミの教授から、週刊誌を手渡されたことだった。いざ、卒業論文に全員が着手し始める、という時期。ゼミの学生全員分の雑誌をその教授は買い込んでいたのだ。

 白壁は眉をひそめた。その教授は超が付くほどの生真面目な人物で、一方その雑誌は、表紙に「国家機密! 巨大ロボット製造施設」だとか「詐欺から人々を救う謎の集団『ペインターズ』!」といった怪しげなキャッチコピーばかりが並んでいたからだ。

 怪訝な表情の学生たちに、教授は「スパイシーモモエの記事を読みなさい」と静かに言った。

「そこに、皆さんの身に付けるべき力が全て入っています」

 言われるがまま目を通し、白壁はうなった。大げさに言えば、心を奪われたのだ。

 それは、ある政治家の汚職事件を告発するものだった。あらゆる可能性を踏まえて各方面からの証拠が周到に用意され、ダメ押しで隠し撮りと録音による潜入調査まで行っている。

 白壁は、スパイシーモモエについて調べ始めた。調べるほどに、彼女のものすごさが分かってくる。彼女が嘘を暴いたことで失脚した政治家は数知れず、顧客を食い物にしていた実態のない企業や、事実を隠蔽した公的機関などを容赦なく断罪した。

 その過激ではあるが一貫したスタンスに、若かりしころの白壁は憧れを抱いたものだった。


 尊敬や憧れの念を恥ずかしげもなく口にし、「あの記事も読みました」「この記事も読みました」とまくしたてる白壁に、桃田は「あ、あらそう」と口元を引きつらせる。

 青山は唖然とし、赤坂とグリーンは笑い転げていた。

「桃田さんが押されている。珍しい光景だね」

 笑いすぎたのか、赤坂が涙をぬぐいながら言う。

「白壁さんって、あんな人だったっけ」と青山は首をひねる。

「ハウ、クレイジー」

 やがて白壁は我に返り、桃田に非礼をわびた。桃田は豪快に笑いながら白壁の背中を強くたたく。

「いいね、そのくらいの熱量がないとね、若いんだから」

 そう言うと、キャリーバッグを手に取る。

「夜にバーベキューやるんでしょ? ひと眠りしてるから、肉が焼けたら呼んでよね」

 カラカラ…と音を響かせ、颯爽と歩き去っていく。と思えば、

「おーい、白壁! このバッグ運んで!」

「あ、はーい!」

 早速、いいように使われている白壁だった。


 やがて日が暮れると、バーベキューが始まった。裏庭の周囲は田んぼばかりだ。多少騒いだところで、誰も気にしない。

 星が見える。空気が澄んでいる。

 グリーンはさっさと肉を焼いてしまうと、これからが本番だと言わんばかりにホットサンドを作り出す。

 赤ら顔の赤坂は、ベンチで寝息を立てている。

 いつの間にか黄金が裏庭に出てきていて、桃田と話し込んでいる。

 白壁は青山と並んで、缶ビールを空ける。

「バーベキューなんて本当に久しぶり。今はみんなそれぞれ忙しいし、なかなか集まる機会もなかったからね」

「僕も久しぶりです。こういうのも、すごく楽しいですね」

「うん、悪くないね。黄金くんがここに出てきたっていうのも、私にとってはびっくり。赤坂さんなんか、調子に乗って飲みすぎてたし」

「本当、よかったです。桃田さんも、強烈な方ですね」

「でしょ。昔からああなの。でも、心の底の方ではすごく温かみがあって、いい人なのよ」

「分かります」

「白壁くんも、すっかりここの一員だね。入居しちゃえばいいのに」

「ええ。実は最近、それもいいな、なんて思い始めて」

 時は緩やかに過ぎていく。食べきれないほどのホットサンドを作り終えたグリーンが、カメラを見せてくれる。そこには、いつの間に撮ったのか、パレット荘の面々の表情がとらえられていた。

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