第8話 其は願望の影
「ここから出るぞ。」
わしの言葉にみんながびびった。
しかし、そのびびりようは三者三様まったくちがうものじゃった。
グラスフットのベルッティは疑わしい目でわしを見た。
何かの罠かと警戒しとるらしい。
まぁ、わしがかわいらしいお姫様口調からドスのきいたババア口調に変わったのが原因かもしれんが、まぁ妥当な反応じゃな。
ドワーフのハガネはわしに向ける殺意を緩めた。
緩めただけでまだ睨んどるが「全力で殺す」から「とりあえず殺す」くらいまで殺意レベルが下がった。これは品定めされとるのう。
ヒュームのミーシャは……。
「ほんと? ほんとに出れるの?」
希望に食いついてきた。
瞳は昏く、顔はやつれたままじゃが、それでも食いついてくる。
「どうやって?」
ああ、ひどい顔じゃ。
憎しみと怒りと、悲しみが混ざっとる。
ミーシャの瞳の昏さがわかった。
こやつ内心では助かるわけがないと思っとる。
「ムリだよ。ここから出るなんて、ムリなんだよ。最初はわたしも出ようって思ったよ。でも、ムリなの。」
もしかすると、この中で一番やべえのはミーシャかもしれん。
「ムリだって言ってるでしょ!」
いきなりド突かれた。
わし、まだ何も発しとらんのじゃがな!?
そして、今度は泣き始めてしもうた。
泣いとるというより、泣き
だいぶ錯乱しとるな。精神が限界なんじゃろう。
でも、ま。
泣けるならまだ大丈夫そうじゃな。
うるっさくて、かなわんわい。
警戒して距離を取るベルッティに壁を背に殺気を飛ばしてくるハガネ。
そしてわけがわからなくなって
さっきは外から来た奴は腹を殴って飯を吐かせ、出たゲロをみんなで食うとか言っとったが、今そうされないのはミーシャが錯乱して暴れとるからじゃろうな。
しかし、こんだけミーシャが叫んでも主人であるゼゲルが怒鳴ってこないということはこういうのは日常茶飯事なのかもしれん。
見れば全員だいたい10歳以下。
800歳のわしからすれば生まれたての赤ちゃんみたいなもんじゃ。
協調性を持て、協力しろとは言わん。
だって、赤ちゃんじゃからな。
だから制圧する。
故に瞳を閉じて、ただ唱えよう。
【其は願望の影】
落ちる水滴。
広がる波紋。
わしの髪が腰まで伸びる。
手足もぐんぐん伸びていく。
「おい、おぬしら。わしを見ろ。」
背丈は成人のそれ、胸元は母のそれ。
ここに在りしは、母なる概念の結晶なりや。
「う、あ……。ママ。」
ミーシャが一瞬で泣き止んだ。
恐怖とはかけ離れた感情が溢れ、震えている。
「かあ……さんっ」
ベルッティがわしを実の母と誤認した。
深い疑惑も消し飛んで、わしに歩み寄ってくる。
「う、おま。おまえ。何だ。」
ハガネがわずかに耐えた。
おそらく実の母を見た記憶がないのだろう。
だが、わしはおまえの願望そのもの。
魂を映す鏡そのもの。
わしはただ一言こう言った。
「おいで」
たった三文字で、赤んぼどもの心は決壊し、みんなわしに抱きついてきた。
泣きじゃくり、乳を吸い、もう二度と手放すまいとしがみつく。
昏い悲しみと怒りが流れ込んでくる。
これだけの量ならば、喰い過ぎて殺してしまうこともあるまい。
今はただ泣け、ねんねしな。
今日は良い夢、見れるじゃろ。
しばらくして、泣き疲れた子らを身体から降ろす。
願いが強すぎて、中々の大女になってしもうた。
ま、そのうち縮むじゃろ。
アーカードもこうして泣けばいいのにのう。
わしがいつだって合体してやるというのに。
いっそ……。
いや、ダメじゃ。強姦になる。
まったく人間というのは面倒なルールばかりつくりおるわい。
男女の
男と女というのは腹の底にぐっと来たらヤりゃあいいんじゃ。
相手がその後どうなるかとかは、その後のノリで考えればいい。
たまに考える前に死んでしまうが、そもそも人は死ぬものじゃからな。
それを忘れてはいかん。
みんな楽しく元気に生き、後腐れ無く死ぬべきじゃ。
わしは永遠に元気に生きるつもりじゃから、絶対死なんがな!
ふはは!!
さて、やるか。
「【砂よ、動け。ハレーナ・アクシル】」
第二の土魔法を使い、砂を集める。
大きめの粘土板くらいの大きさじゃ。
古ルクス語あたりでいいかの。
せっかくじゃし、めっちゃ正式な形式で書いてやる。
これでよし、っと。
後はあそこで寝てるみんなのお手を拝借して、よし。完璧じゃ!!
ここで第三奴隷魔法っと。
それにしてもこれ、面白い使い方じゃな。
気づけばなんだそんなことかと思えるが、普通なかなか気づけんわい。
アーカードには、そういう機転があるんじゃよな。
ふふふ。
アーカード、早く助けに来るんじゃぞ。
わしのために。
苦労して働け、色々がんばれ。
わしのために。
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