2
二つ上の先輩にどう伝えればいいのか、高校生の僕には見当もつかなかった。
……そんな気持ちをもてあましているうちに、時間は容赦なく過ぎ去り、麻美さんはあっという間に卒業してしまった。
麻美さんが去った学校はとても味気なかった。喪失感を
それ以来、この町を出るまで、毎月この理容店に足を運んだのだ。
「昔に戻ったみたいね……」
顔に乗せられタオルの隙間から、僕の髪を洗ってくれる麻美さんを見つめた。その姿に月日の流れを感じた。
「……気持ちいい?」
頷きたくても頷けない。シャンプーの泡、やわらかい指先……。
「流すね」
シャワーの音がしている。湯気の匂い。その温かさ……。
この感覚を、もっと深く味わおうと目蓋を閉じてみたが、妙な違和感を覚えた。タオルの下で目を開く。麻美さんの気配が一瞬消えたと思うや、鈍い音が続いた。
「……先輩?」
身を起こすと、麻美さんが足元に倒れていた。髪から水を滴らしつつ呼びかけてみるが、返事はない。慌てる気持ちをぐっと抑え、ぐったりとなった麻美さんを抱え上げる。とりあえず、今まで座っていたセットチェアに寝かしてみた。
確か、急に眠りに落ちてしまう病気だと話していた。よく見れば普通に呼吸をしているし、ただ寝ているだけのようだ。……しばらく様子をみるべきか。
僕はタオルで頭を拭きつつ、カット用のスツールに腰を下ろした。大きく息をつき、眠っている麻美さんを眺める。リブセーターの胸が上下している、とても穏やかに……。
二人きりだった。思いがけない再会に、心がさらに巻き戻されていく。
かつて麻美さんの髪を一本、持ち帰ったことがある。そうだ、上着の袖についていたのだ。頭を洗ってもらったあとに気づいて……。はらって床に落とすつもりだった。けれど、気づかれないように摘み上げ、ポケットの中にしまい込んだ。
「りょうやくん……」
意識が戻ったのかと思い、腰を上げるが、そうじゃなかった。
麻美さんはどんな夢を見ているのか? うわごとでも、名前を呼んでくれたことが嬉しかった。そのせいかもしれない。夢の中に僕がいるのなら、何をしても許されそうな気になった。きっと魔が差したのだろう。
僕は麻美さんの髪留めを取り去り、髪を解き放った。神聖な泉の水を口に運ぶように、両手で髪を掬い上げ、頬にあてた。さらに、鼻にあて、唇にあてた。
ふと正面の鏡を見ると、背中を丸めた醜い自分が写っていた。いったい何をしている? 背徳感がこみ上げ、髪から手を放そうとしたが、それが出来なかった。
髪が、僕を放さなかったからだ。
まるで蛇のようなしなやかさで、僕のシャツの腕に巻きついてきた。
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