二つ上の先輩にどう伝えればいいのか、高校生の僕には見当もつかなかった。


 ……そんな気持ちをもてあましているうちに、時間は容赦なく過ぎ去り、麻美さんはあっという間に卒業してしまった。


 麻美さんが去った学校はとても味気なかった。喪失感をこじらせ、身の入らない毎日を送っていたが、偶然、ここで働く麻美さんを見かけ、心が高鳴ったのを覚えている。


 それ以来、この町を出るまで、毎月この理容店に足を運んだのだ。


「昔に戻ったみたいね……」


 顔に乗せられタオルの隙間から、僕の髪を洗ってくれる麻美さんを見つめた。その姿に月日の流れを感じた。


「……気持ちいい?」


 頷きたくても頷けない。シャンプーの泡、やわらかい指先……。


「流すね」


 シャワーの音がしている。湯気の匂い。その温かさ……。


 この感覚を、もっと深く味わおうと目蓋を閉じてみたが、妙な違和感を覚えた。タオルの下で目を開く。麻美さんの気配が一瞬消えたと思うや、鈍い音が続いた。


「……先輩?」


 身を起こすと、麻美さんが足元に倒れていた。髪から水を滴らしつつ呼びかけてみるが、返事はない。慌てる気持ちをぐっと抑え、ぐったりとなった麻美さんを抱え上げる。とりあえず、今まで座っていたセットチェアに寝かしてみた。


 確か、急に眠りに落ちてしまう病気だと話していた。よく見れば普通に呼吸をしているし、ただ寝ているだけのようだ。……しばらく様子をみるべきか。


 僕はタオルで頭を拭きつつ、カット用のスツールに腰を下ろした。大きく息をつき、眠っている麻美さんを眺める。リブセーターの胸が上下している、とても穏やかに……。


 二人きりだった。思いがけない再会に、心がさらに巻き戻されていく。


 かつて麻美さんの髪を一本、持ち帰ったことがある。そうだ、上着の袖についていたのだ。頭を洗ってもらったあとに気づいて……。はらって床に落とすつもりだった。けれど、気づかれないように摘み上げ、ポケットの中にしまい込んだ。


「りょうやくん……」


 意識が戻ったのかと思い、腰を上げるが、そうじゃなかった。


 麻美さんはどんな夢を見ているのか? うわごとでも、名前を呼んでくれたことが嬉しかった。そのせいかもしれない。夢の中に僕がいるのなら、何をしても許されそうな気になった。きっと魔が差したのだろう。


 僕は麻美さんの髪留めを取り去り、髪を解き放った。神聖な泉の水を口に運ぶように、両手で髪を掬い上げ、頬にあてた。さらに、鼻にあて、唇にあてた。


 ふと正面の鏡を見ると、背中を丸めた醜い自分が写っていた。いったい何をしている? 背徳感がこみ上げ、髪から手を放そうとしたが、それが出来なかった。


 髪が、僕を放さなかったからだ。


 まるで蛇のようなしなやかさで、僕のシャツの腕に巻きついてきた。

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