05-05

 どんどんどんどん!

 どんどんどんどん!


 姉であるらいの部屋、そのドアを、香奈は叩きまくった。

 わざと乱暴に、叩きまくった。


 ノブを掴み、回す。

 ロックされているかいないかを確認するよりも前に、思い切り引いて開いていた。


 うわーーーっ! と叫びながら、部屋の中へと入り込んでいた。

 真っ暗な部屋へ。

 雨戸を閉め切って、灯りもつけていない、真っ暗な部屋の中へ。


 ぶるん、と香奈は腕を振るい、ストラップから下げているギターを、掻き鳴らす。ピックで弾きまくる。


 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが


 うわああああああと狂ったように叫びながら、壁のスイッチへ手を伸ばして、叩き付けるようにバッチン。

 しかし、つかない。

 天井中央から下がっているはずの紐を手探りで探して、切れれば切れろとばかりに思い切り引いてカッチン。

 ちかちか、灯りがついた、姉の部屋。

 誰も、いない? いや、ベッドがこんもり盛り上がっている。姉が頭から毛布を被っているのだ。

 ターゲット発見、捕捉!

 いくぞお!

 さらに勢いよく、ギターを掻き鳴らす。目茶苦茶に掻き鳴らす。


 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが

 じゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃがじゃが


「一緒にっバンドをやらないかあっ! 謙斗くんもいるよおおおお!」


 と叫んでいると突然、毛布がこんもり盛り上がっているその裾が、内側からバッとまくれて、そこから突き出される拳が、香奈の鼻っ柱をぶち抜いていた。

 どこにそんな力が、という怨念めいた物凄い破壊力に、香奈はたまらず吹っ飛ばされて壁に思い切り頭を打った。

 ずるずると腰を落としながらも、なおもじゃがじゃがギターを掻き鳴らし続ける。


「うるさいんだよ! 出てけ!」


 姉、魅来の絶叫と同時に、香奈の目が見開いた。ギターの音が止まっていた。

 魅来が、香奈のお腹を蹴ったのだ。思い切り、踵で踏み付けたのだ。

 ぐぷ、と催した吐き気を堪えようとする妹へと、姉は睨み付け長髪を振り乱し怒鳴る。


「むかつくんだよ、てめえ!」

「ごめんね、お姉、ちゃん。でも、でも、わたし、お姉ちゃんには前を、名前の通り未来を向いていて欲しいからっ」

「あたし、この名前、大嫌いなんだよ!」


 魅来は、香奈のギターをもぎとると、ネックを両手で掴んで振り回し、香奈の頬へと叩き付けた。

 不意に受けた横殴りの一撃に、香奈の小さな身体は床へと倒れた。


「なんだよ、こんなもん!」


 金切り声で喚きながら、ぶんと両手に持ったギターを振り上げると、蛍光灯が割れて、一瞬にして部屋がまた真っ暗になった。

 魅来はまったく動じることなく、もう一回ギターを振り上げると、今度は床へと叩きつけた。

 不快な音が響くが、構わずに何度も、何度も、叩きつけた。


 ギターをベッドへと放り投げると、床に倒れている香奈へと馬乗りになって、頬を思い切り張る。

 右、左、右、何度も、何度も。


 ばしりばしりと打ち付けられる音が暗闇に響く中、叩かれながらも香奈は懸命に笑顔を作ろうとする。なんとか、声を絞り出そうとする。


「今日、とっても楽しいことがあって……」

「だからなんだよ!」


 ばしり、ばしり!

 打擲の音、肉と肉というより骨と骨がぶつかり合うようながつがつとした音。


「でもそれは、言葉じゃ、いえないもので」

「いわなきゃいいだろ!」

「伝えなきゃいけない。生きてると、こんな気持ちになっちゃうことあるって、伝えなきゃいけない」

「頭おかしいだろ、お前!」


 どれほどのイラつきが胸の中に膨れているのか、いつの間にか、殴る魅来の手が平手ではなく拳になっていた。

 がすりがすり、と自分の手こそが砕けてしまいそうな力で、妹の顔面へと拳を落とし続けていた。


「わたし今日は最高に楽しかったあ!」


 拳を叩き落され鼻を潰されながら、香奈は笑っている。


「こっちは最悪だよ!」


 暗闇の中、拳を打ち下ろす音が、いつまでも響き続けた。

 いつまでも。

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