05-03

「バンドといえば?」


 というマッキーの連想質問に、


「ホコテン!」


 ぎゃぎゃあん!


「タケノコ族!」


 ぼんぼんぼんぼん。


「シモキタ……」

「浅草六区!」


 ジャスッ、ドン!



 バンドで、なんで浅草六区?

 という香奈の疑問はさておいて、

 そんなわけで(どんなわけだ?)みんなで革ジャンを着て、いざ下北沢へ!


 いざバンドの聖地へ!

 いざ!

 と、特に目的もなく、ただ勢いで、ただ場所だけを目指して、電車乗り継いで目的地へと向かった彼ら。


 本日は白塗りせずに久々の素顔であるため、久々に本名込み職種込みついでに年齢も込みで、




 キーボード兼ボーカル、

 フラワーこと金物屋のおくしようさんっ! 齢、八十四!



 リードギター、

 マッキーこと本屋のとくしげひでさんっ! 齢、八十六!



 続いてベース、

 ジミーことコンビニのなかかずさんっ! 齢、八十五!



 ドラム、

 キッズこと煎餅店のそとゆたかさんっ! 先週に誕生日を迎えて八十八歳、記録更新!



 サイドギターそしてリードギター候補、

 カナこと香奈! 中学二年生っ!



 最後っ! 久しぶり参加のサポートメンバー、

 野田謙斗くんっ! 高校一年生!



 ロックバンド、シャドウオリオン!!




 の六人が、現在、首が痛くなるくらいに見上げているのは……


 巨大でえ、

 頭頂があ、雲に突き刺さりそうなほどに遥か高くってえ、

 赤と白のお、

 鉄塔……

 って、何故だあ!


「なんでっ? なんでっ? シモキタがなんで東京タワー!」


 今日は楽器も持ってきてないし、

 今日はお年寄りたち顔面白塗りじゃないし、悪魔陛下じゃないし、

 黒革じゃないし、

 ロックバンドぜーんぜん関係ない、

 これ単なる観光じゃないかああ!

 と、口に心に次々浮かぶは、文句というか疑問というか、不平というか不満というか。


 そうもなるだろう。なって当たり前だろう。文句疑問不平不満くらい浮かぶだろう。「カナが休みの今度の土曜に下北沢に行くぞ!」、とかマッキーが急にいうから、なんだなんだと思っていたら、なんなんだ。

 よく分からないながら電車に乗って、

 土地勘がないながらも、あれこの駅だっけ、なんかおかしいなあ、なんて思っていたら、なんなんだ一体。

 ここで、なにかあるんですか?

 東京タワーでなにかするんですか?

 電波ジャックでも、するんですかあ?



 それから一時間後、



 犬を連れた、

 がっちりしたおじさんの、

 でっかい銅像。

 その前に立ち見上げている、

 老人たちと、


「なんで上野っ! なんで西郷さんっ! そしてツン! これなにっ? バンドとなんか関係あるの? 西郷さんってロックバンドやってたのお? それともツンがやってたのかあ?」


 わめきまくる、香奈。

 さっきの東京タワーも、結局まったく少しも関係なかったしっ、じゃあこの西郷さんもやっぱりっ、まったく少しも……

 というかっ、というよりもっ、関係があるとしてっ、かすめる程度にロックバンドに関係があるとしてっ、


「だからなんなんだよお!」

「おーい香奈あ、そんな顔でいいのかあ?」


 集合写真撮るべくデジタルカメラを両手に構えている、野田謙斗ののんびり声。


「いいわけないでしょおおおお!」


 握り拳で振り向いた、その瞬間、

 カシャ!


「はああああ?」


 西郷さんとツンの前、老人たちはみんなにっこり笑顔で、

 わたし一人だけ変な顔だよ!



 その後も、

 革ジャン老人たち&野田謙斗に引っ張り回され、

 さて、それから三十分後。



「浅草って……」


 唖然とした表情で立ち尽くしている香奈。

 もしかしたら、絶望感すらその顔には浮かんでいたかも知れない。


 思わず漏れてしまったその呟き声を、行き交う無数の人々から生じる凄まじい喧騒が包み込んで風がさらって行く。要するに周囲があまりにうるさすぎて呟く程度ではまったく聞こえない。

 別に誰に聞かせたいわけでもないが。


 聞かせるつもりなどなくとも、漏れるものは漏れる。


「まあ、上野で銀座線とかいう地下鉄に乗った時から、ひょっとしてえ、まさかなあ、でももしかしてえ、と、そんな予感はしてましたけどお」


 それよりも、なんか雪が降ってきたんですけどお。

 と、香奈は排気ガスによどんだ空を見上げた。

 上野にいたあたりから、天気予報外れてどんより曇ってきていたのだが、さらに大きく予報外れて、白いものがちらりふわり。


「お、雪だ」

「本当だ」


 フラワーたちも気付いて、それぞれ空を見上げた。


 ここは、香奈が絶望顔で呟いていた通り、東京は浅草である。

 雷門の巨大な提灯を抜けて、せんそうへと通じる仲見世通りに入ったところだ。


「なんか意味が分からないんですけどお」


 嘆き呟きつつ、一行はごったがえす観光客たちの中を、歩き始める。つつといっても、嘆いているのは香奈だけであるが。


 土産物屋に囲まれた通りをゆっくり歩きながら、抜けるとそこにあるのは浅草寺本堂前の常香炉。

 人混みの中で他の人たちと同じように、煙をあおいでぺたぺたと服につけていくフラワーたち。

 なんだかんだ文句をいいながら香奈も真似をする。初めて浅草寺を訪れて、これをやらない人はまずいないだろう。なんのためにやるのかは、香奈にはよく分からないが。


 本堂に入り、

 それぞれ祈願をして、

 それぞれ御守を授かって、

 本堂を出て、

 ついたの落ちちゃったかも、と念の為もう一回常香炉の煙を浴びて、


「結局ここには、揚げ饅頭を食べにきたということなんでしょうかあ」


 買った饅頭を頬張りながら、来た道を戻り始める。

 ピロピロ笛や、戦隊ヒーローのお面や、歌舞伎のTシャツなどを見ながら、仲見世通りを抜け、そして雷門を抜けた。

 と、その時である。

 彼らが、なんだか分からないことをいい始めたのは。


「では、そろそろ始めるか」


 と、不意に真顔のフラワー。


「そうだな」


 ピロピロ笛を吹きながらマッキー。いつの間に、そんなもの買っていたのか。


「え、え、なにをですか?」


 香奈の当然抱く疑問の声に、四人の老人たちはいやらしげな笑みを返すのみで、雷門を抜けたすぐのところにある交番の裏へとそそくさ隠れ込んでしまう。


「なにしてんだろ」


 わざわざ隠れたのだから、覗き見ることもしづらく、野田謙斗と若者二人ぼーっとしつつ、待つこと数分後、


 ようやく老人たち出てきたあ、

 と思ったら、


「はあああああ?」


 四人揃って顔面白塗り。

 そりゃ素っ頓狂な大声も漏れる。


「なんですかそれえ!」


 そのフェイスペイントはあ。

 カツラまで被って。

 急いでいたからか崩れまくってるけど、コウモリや星まで顔に書いちゃってさあ。ところどころ肌色が見えてるしい。

 今日って結局のところ単なる名所見学だったんじゃないの?

 なのに、なのになんで悪魔陛下。

 もういいや名所廻りでと思っていたら、どうして悪魔陛下。


「もう、わけが分かんな……はあーっ!」


 観光客の人たちがあ、こっちじろじろ見てるっ! って、そりゃそうだよ。当たり前だよ!

 なんでっ、どうして平気なのこのおじいちゃんたちっ! わざわざやってるくらいなんだから、そりゃ平気なんだろうけど、でも、でもさあっ、でもさあっ、


「ほら、カナもっ」


 とん、と白塗り悪魔陛下いやフラワーが香奈の肩を叩いた。


「意味分かんない。『ほらカナも』の意味が分からないっ! 『カナも』の『も』が特に分からないっ! ……ちょ、ちょっと謙斗くん、こそっと離れてかないでよっ!」

「でも、おれ楽器メンバーじゃないから」


 横並びの中から野田謙斗だけがすすーっと離れて、周囲でざわついている観光客たちの中へと入ってしまったのだ。


 なにその謎の言葉? 「でもメンバーじゃない」、って、それがどう関係するの? わたしの今後に、なにか影響ある言葉?


 不安や恥ずかしさに混乱している香奈の、その混乱に、さらに拍車をかけるようなキッズの大声、


「ワン!」


 唐突なカウント出しに、びくり肩をすくめる香奈。


「……ツー! ワンツースリーフョー!」


 こんなものでびっくりしてなどいられない。これはまだ、拍車掛けの序の口だったのである。

 キッズのカウントを合図に、


「ちょいいーん、、ぎゃぎゃ、ぎゃぎゃぎゃぎゃ」

「べべべべべべべべべべべべべべべべ」

「つ、つ、つーん、だかだか、つつつーん、ちゃちゃ、だかだか」


 白塗り顔の悪魔たちは、なんとエアのボイス楽器で演奏会を始めたのである。

 つまり路上ライブを始めたのである。

 浅草寺近く、

 雷門前の、

 外国人含む大勢の人が通る中で。

 なんだなんだ、と通りゆく人たちが、驚いてこちらを見ている。


 見るよそりゃ! 当たり前だよ!


 どうしていいのか分からず立ち尽くしている香奈、心臓どきどきさせ、じっとり汗ばむ手をぎゅっと握りながら、そんな言葉を胸に呟いていた。


 みんな大きめのバッグだなあと思っていたら、そうか、フェイスペイントとか、カツラとか、そんなのの用意をしてきていたのか。

 自信や度胸がつけば、とか、確かそういうことだったよね。よく分かんないけど、そういう理由で、何故か東京に来ることになったんだよね。

 でも、

 でもっ、


「度胸付けなんか、全然必要ないじゃないですかああ!」


 わたし以外は。

 そうだよ。わたし以外は、度胸を鍛える必要などまったくないじゃないか。

 むしろ、少しは減らせ。衰えろ。無駄にありすぎだ。分けて欲しいとも思わないから、どこかに捨てちゃえ!

 カナだけでなく我々も来たるべき時に備えて度胸を付けておかないとな、とか話してたよね確か。よくいえたもんだよ、そんな台詞。


「ちょっと、恥ずかしいからっ! 分別常識あるはずの九十近い老人が、なにやってんですかあ! ……どうでもいいけどキッズ、カウント出しの時にフォーじゃなくてフョーっていっちゃってましたよね」

「いってない! つつつつつつつつ、つーん、つつつつ、つーんつーん」


 キッズはちょっと恥ずかしげに即答するが、それでも変わらずクロスさせた両腕を振り下ろして、エアのハイハットを叩き続けている。


「こんなとこでこんなことしてたら、罰当たりですよお! 聞いてますかあ?」

「神社じゃないから罰は当たらないっ! ぎゃぎゃ、ぎゅういいいいんいんいん!」


 マッキー、エアでネックをぐいんぐいんスイングさせながら持論神論を展開だ。

 香奈は、ながーいため息を吐いた。


 遠くに来るわけだから、楽器を持ってきていないのは分かるけど、

 どのみち真冬で手がかじかむから、持ってたとしても外で弾くのは難しいし。

 でも、

 楽器がないのに、度胸付けとかいって、

 電車に乗って東京まで来て、

 一体なにをするのだろう、と思っていたら……

 これ、

 どう考えても単なる変な年寄り集団じゃないかああ!


「もう、やだあ!」


 頭を抱えて嘆く香奈、

 の背中を、ぽんとフラワーが叩いた。


「はい、ここでカナのギターソロ!」

「ぎゅぎゅん! ぎゃらりぎゃらり、ちゅうぃいいいん……おおお、無意識にやってしまったあああ! 恥ずかしいけど、でももうヤケだあ!」


 こうなったら、むしろ年寄りたちこそやめてくれといってくるまで、やってやるぞ。


「きゅいきゅいっ、ぎゃっぎゃあああん!」


 ヘッドバンギング。群衆見守る中、香奈は激しく頭を振りながら一人ギターを演奏し続ける(真似をする)。

 香奈の激しいソロが終わると、今度は全員で、


「だすだすだすだす、つつつつ、つーん、だかだかっ、だかだかっ」

「べべべべべべべべべべべべべべべべ」

「ちゅいいいいいいん、ぎゃういいいん」


 ぷるぷる身体を揺らしながら、エアの楽器を演奏。

 どう見ても滑稽であるそんな様子が、むしろ心を打ったのか、いつの間にか彼らに拍手が贈られていた。最初はあっけにとられ異様な光景を眺めているだけだった、周囲の観光客たちから。


 その拍手に包まれているうちに、香奈はいつしか、すっかり楽しくなってしまっていた。

 恥ずかしさに変わりないけど、それがまた楽しくなっていた。こんな、浅草なんかで、こんなバカみたいな、どうしようもないことをしていることに。


 ん?

 ああ、浅草ロック、ってことか……

 そうか。

 それで浅草だったのかあ。

 やっとあの言葉の謎が解けたあ。

 あ、あれ、でもこれって健全なダジャレ? なんか変な意味なんかないよね。

 というか、そもそも、浅草ロックってなんだあ?

 まあいいや、そんなことは後回し。

 いまはそれよりもっ、


「ぎゃぎゃっ、ぎゅういいいいいいん!」


 老人たち以上にノリまくり弾けまくり、香奈は笑顔でエア楽器を演奏し続ける。

 負けてなるかと老人たちもテンション上がり、

 取り囲む観光客から贈られる拍手の中で、ロックバンドシャドウオリオンはエアライブを続ける。

 そして、すぐそばにある交番から飛び出てきたお巡りさんに、こっぴどく叱られるのだった。

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