第33話 人里を目指して

 リザードマンの里を辞した私たちは、そのまま森の外を目指すことにした。拠点には私が作り上げた家もどきはあるけれど、道具類は全部背中に背負った時空の鞄に詰め込んでいるので特に問題はない。


 どっちの方向を目指していいかはわからないので、以前探索者の死体を見つけた方面へと向かっている。仮にも人里を目指すのであれば、人がいた方向に向かえばいいんじゃないかという安易な考えだ。


「てっきりスノウと一緒に出発して、シュネーは付いてきてくれないのかと思ったけど」


『そうだな。あれだけのスパルタ訓練は送り出すための準備と勘違いしても仕方がない』


 キースの言葉通りかと思ったけど、シュネーも一緒に付いてきてくれている。非常に心強いことこの上ないし、ここ十日間ほどの道中は特に何も問題はなかった。


「何かいるね」


『ああ』


 こちらの匂いが向こうに流れないようにしつつ、相手の様子を探る。藪の隙間から覗くと、狸の魔物らしき姿が見えた。とはいえ相手もこっちがいることには気づいているようで、周囲を警戒しながら辺りに視線を巡らせている。


「じゃあ行くよ、スノウ」


 声を掛けるとスノウが音を立てずに側面へと回り込む。配置についたことを確認すると、藪を抜けて私は相手の前に姿をさらす。初めて見る魔物は警戒しつつも敵対する相手かどうかを見極めるようにしている。襲ってこないのであればそれに越したことはない。


 だがしかし、私を一目見た瞬間に獲物と認定したのか、体勢を低くすると一気に飛びかかってきた。

 準備をしていた私は、ふうかにお願いして風でこちらまで届かないように狸を押し戻す。同時に、狸の着地地点に向かってスノウが飛び込んでくる。そのまま首筋に噛みつくと相手を振り回して地面へと叩きつけると動かなくなった。


「食べられるかな? 毛皮の手触りはよさそうだね」


『ふむ。食えるようではあるが味はわからない』


 キースが光を照射して調査結果を教えてくれる。古代文明時代も人が踏み入らなかった地域の魔物だ。当時もこの魔物がいたかどうかは不明だし、味の記録なんてあるはずもない。


「とりあえず仕舞っておこう」


 スノウに持ち上げてもらって鞄へと入れてもらうと、行軍を再開する。今度は私が先頭を歩いて行く。


 次は樹上から蛇が鎌首をもたげて出てきた。大きい口を開けて襲ってきたので、しずくに水玉を生成してもらって迎撃する。勢いよく開けた口にぶち当たって脳を揺らしたからか、そのまま力なく地面へ崩れ落ちた頭をスノウが踏み砕いた。

 次に出てきたのは一メートルを超える兎だ。頭に角が二本付いていて、私を見つけた瞬間に突撃してきた。もぐらに土を盛り上げてもらってカウンターで顎を打ち抜くと、兎はそのまま気絶する。鞄からナイフを取り出すと首をひと掻きして止めを刺す。


「なんかちょっと前からすごく襲われるようになったんだけど……」


『ふむ。親子の縄張りから出たのではないか?』


「あ、なるほど……。危険って言われる森本来の姿が今ってことね……」


 ちらりと後ろを振り返ると、どっしりとしたシュネーがドヤ顔を決めていた。


「ありがとうね」


 スパルタを受けた成果が出まくってる気がするので素直にお礼を言っておく。

 こうも魔物に襲われると夜が心配になってきた。今まではシュネーの縄張りということで襲ってくる魔物は滅多にいなかったけど、今後はそうではなさそうだ。夜は夜で夜行性の魔物もいるだろうし……。


 などと不安になっていると暗くなってきた。

 暗い中行軍しても危ないだけなので、かえでに広場を作ってもらってそこで野営をすることにする。


「じゃあお願いね」


「まかせておくのねん」


 多めに魔力を渡すと恍惚な表情を浮かべながら木の家を作ってくれる。入り口用に穴の開いた、ただ壁と屋根があるだけの家とも言えないモノだ。最近移動が多かったからかちょくちょく作っていたけど、縄張りを出たのでいつもより頑丈になるようにイメージしてみた。

 壁が分厚くなり木の材質も硬くなってる気がする。


「うーん……、いつもより頑丈に作ったけど大丈夫かな」


『それはなんとも言えないな。この森の魔物が本気で攻撃すればダメではないか?』


「だよね」


 キースに言われるまでもなくそんな気がする。森の魔物は総じて力が強い。シュネーくらいのサイズの大型の魔物にはまだ出会ったことはないけど、それでも何度も攻撃を受ければ壊されそうだ。


「根元も土と石で固めておこう」


 もぐらといしまるにも手伝ってもらうと家を強化する。


「よし、こんなもんかな」


 ひとまず満足すると次は夕飯の支度だ。鞄からいつものコンロと鍋を出すと、備蓄していた肉と野草や芋類を鍋に入れ、しずくに水を入れてもらい、岩塩を削り入れて火をつける。

 全部ぶちこみ鍋が簡単で美味しくて楽でいい。


『そんなことじゃ料理スキルのレベルが上がらないぞ』


「別に上げようとは思ってないからいいよ」


 しばらく鍋を煮込んでいると、地面に伏せて休憩していたシュネーとスノウが立ち上がり、周囲の警戒を始める。

 すぐに察した私はふうかにお願いすると、周囲の風を自分に集めてもらった。


「……全周囲から微妙に獣臭がするんだけど、囲まれたかな?」


『森の中でいい匂いのする鍋など作るからではないか?』


「ええー? 調理しないと食べれないものしかないよ」


 キースからの非難には徹底的に抗議する。干し肉など持ってないんだからしょうがないのだ。かといって今から料理を中断したところでもう遅い。さてどうしようかと考えていたら、シュネーが大きく息を吸い込んで。


「ガオオオォォォン!!」


 一声威嚇の叫びをあげると、周囲の気配がすぐになくなった。どうやら恐れをなして逃げ出したみたいだ。

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