2 脱出

 螺旋状に続く階段はゆるく、長い。

 薄暗い中、斎は少女の後を追うように階段を登っていた。


「出口に行くにはこの道しかありません」


 一段一段登りながら少女は続ける。


「長い階段は降りる者、登る者に疲労を与えます。疲労を与えられれば、毒物を生成できる貴方を攫おうという邪な企みはできなくなります。それにもし、悪企みを実行すれば、長い階段の先に待つ奴らが頂上で裏切り者を処刑します」


 よく考えたものです、と最後に付け加える。

 斎はむき出しの右腕を左手でそっとさする。


「痛みますか?」


 少女に訊かれ、彼は左手を降ろした。

 人間離れした回復力のおかげで管が刺さっていた腕や首の痕はすでに消えている。


「いや……」


 痛みはない。

 ただ腕をつかまれた時の違和感がまだぬぐえない。


「出口です」


 長い階段の先に重厚なドアがある。少女は右手でドアノブを捻り、押した。

 半開したドアの向こうから斧が振り下ろされる。斧はあっという間に少女の右腕を切断した。

 肘までの右腕がごとりと音を立てて落ちる。

 少女は悲鳴もあげず、無感動に床に落ちた右腕を眺めている。

 別の者がドアを全開にする。おそらく斎を捕えていた暗殺集団の仲間の一人だろう。斧を持った男は斧を肩に担ぎ、高らかに笑ってから言い放った。


「運が悪かったな。どうせここから出られや」


 最後まで言い終わる前にが男の首をつかむ。彼は突如、床から跳んできた右腕に首を絞められていた。指が首に強く食い込み、彼が状況を理解した時には首の骨を折られて絶命した。

 異変に気付いた暗殺集団の仲間がやってくる。

 少女は低く屈むと左足に括っていたナイフを引き抜き、床にスライドさせる。切断された右腕は素早くスライドしたナイフをつかむと跳躍し、暗殺集団の仲間の首を薙ぎ斬った。その隙に少女はマントの内側に手を入れ、拳銃を取り出す。

 切断した腕が動くという不思議な事実に驚いた者はナイフの餌食となり、仲間の首を斬られて驚く者は少女に射殺された。

 部屋の中で少女と少女の右腕は、次から次へとやってくる暗殺集団の仲間を殲滅していった。

 斎は近くの壁にもたれかかり、その状況をただ眺めていた。かつて自分を捕えていた暗殺集団の者が殺されている状態に感動や驚きはない。

 どうでもいい。

 斎が後頭部を壁につけた時、背中を斬られた暗殺集団の男が斎の元に倒れ込んできた。その際、男は斎の服の裾を掴み、階段の方へ引っ張っていく。

 倒れそうになったので近くにあったものを掴もうとしたのだろうか。だが、このままでは斎は階段の底に落ちてしまう。

 すると少女は拳銃を真上に投げ、左腕を伸ばして斎の右腕をつかんだ。そのまま引っ張り上げるとすぐさま左手を離し、真上から落ちてきた拳銃を手に、斎の裾をつかんでいた男を射殺した。

 下敷きになった斎は死んだ仲間を腕で押しのける。死んでいるから触れても問題ない。

 少女は床に立っている右腕を拾い、振り返る。顔やマントが返り血で汚れていた。


「これ以上長居はしたくありません。早く行きましょう」


 少女は転がっている死体を飛び越えて先に進む。斎は立ち上がり、少女の背中を追った。

 

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