第8話 嫌悪①

「あのね、美衣子ちゃん、今日の放課後帰ってから一緒に会ったりできないかな?」


茉那がいつものように緊張した表情で、席に座っている美衣子の目の前にやってきて尋ねた。美衣子が座り、茉那が立っているから見上げることになり、いつもよりも少しだけ表情がわかりやすい。


別に友達同士なのだからそんなに緊張しなくてもいいのに、と思いながら美衣子が答える。


「ええ、別に良い――」


良いわよ、と言おうとした美衣子の言葉を遮るように灯里が横槍を入れる。茉那を押しのけるみたいにして、美衣子の正面に立った。


「だめよ、美衣子。今日の放課後はわたしと期末テストに向けて勉強するんでしょ?」


「あれ、そんな約束してたっけ? 覚えがないけど……?」


「言ってたわよ! 中間テストが終わった後に『なんとか欠点2科目で済んだけど、危なかった。期末試験前は勉強教えてよ、灯里』って」


言ったような言わなかったような……。記憶は曖昧だけど、一言一句臨場感のある口調で灯里が言っているということは、言ったことは事実なんだろう。だけど、期末テスト前といったのだから、こんな変な時期にしなくても……、と美衣子は思ってしまう。


「そんなこと言った気はするけど、まだ期末まであと1ヶ月くらいあるでしょ?」


「日付は指定してなかったのだから、それって今日でもいいってことしょ?」


「いや、なんでそうなるのよ……。悪いけど、今日はまだやめておくわ。せっかく茉那が誘ってくれたし」


茉那も灯里に無邪気な笑顔で話しかける。


「あ、そうだ。灯里ちゃんも一緒に行かな……痛いっ!?」


だけど、その誘いを最後まで伝えるまでに、灯里が思い切り茉那の足を踏みつけた。顔を歪めている茉那に向かって強い口調で言う。


「あんたね、誰に向かってもの言ってるのよ? 地味な子はちゃんと自分の立場をわきまえなさい! 美衣子と仲良くするなんて身の程しらずにもほどがあるわよ!」


背の高い灯里は茉那のことを見下すように、上から睨みつける。茉那の身体が震えたのがよくわかった。両手でスカートの裾を握りしめて、小さな身体をさらに縮こませていた。


蛇に睨まれた蛙というか、大型犬に睨まれた子犬というか……。


そんな茉那の姿に愛おしさを感じてしまったとか、美衣子も友達が灯里と茉那くらいしかいないのだから身の程は同じくらいな気がするとか、いろいろ思ったことはある。


けれどそれ以上に、足を踏みつけるなんてさすがに酷いと思い、美衣子が灯里に注意する。


「ちょっと、灯里。可哀想でしょ。茉那に謝りなさいよ!」


けれど、灯里はさらに口調をきつくして、声を上擦らせながら言う。


「嘘でしょ美衣子、わたしよりもこんな子を取るわけ? 酷くない?」


怯えたままの茉那の瞳のすぐ目の前に灯里が人差し指を突き出した。怖くて目をぎゅっと瞑った茉那のことが見てられなくなる。助けてあげたいけど、これ以上茉那の味方をしたら、きっと灯里がさらに荒れて収集が付かなくなってしまう。仕方がないから、ここは灯里の主張を飲むことにした。


「わかったわよ。今日は灯里とテスト勉強するから。もうそれでいいでしょ」


そう伝えると、灯里の表情は一気に明るくなった。


「ええ、それならもういいわよ」


一気に茉那から興味が失せたのか、灯里は茉那のことをいないみたいに美衣子だけに視線を合わせた。


「あの、美衣子ちゃん……」


もう一度美衣子に話しかけようとすると、またもの凄い形相で灯里が茉那のことを睨みつけたので、慌てて茉那はこちらに背を向けて、自分の席にトボトボと戻っていき、寂しそうに次の授業のノートを開いていた。


美衣子は心の中で全力で茉那に謝りながらも、目の前で何事もなかったかのように流行りのネットドラマの話をしている灯里と話を合わせるのだった。

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