第1話 主従の朝

 政争に負けた政治家が或いは貴族が左遷されるなんていうのはよくある話。

 大陸でも屈指の大国たるノルデンガルド王国において政争が絶えるはずもなくさ左遷はもはや日常だった。

 左遷先筆頭は勿論、北方辺境領のタルヴィエ州。

 今日も王都から追放された第七王子とその教育係歯新しい朝を迎えていた。


 「はーい、そろそろ起床の時間ですよー」


 寝室の扉のノックすらせず部屋に入ってくるのは仲の良い証。

 今日もどこか気だるげな口調で寝室に入って来たのは教育係のカレリア。


 「おはよう……もういっぺん寝るわ」


 眠い目を擦って起きたかと思えば再び毛布にくるまるレオン。


 「寒いしそれもいいですねぇ」

 

 カレリアも大きなレオンの天蓋付き寝台へと潜り込む。


 「おぉ〜レオン様の体温で暖かいです〜」

 「男のベッドに入ることに対して恥じらいはないのか……?」


 呆れ果てた顔で問うレオンに


 「恥じらう女の方が好きとか我が主は変態なんですか?」

 「なんでそうなる……」

 「まぁ確かに恥じらう女の子相手だと征服感満たされそうですよねー」


 ゲラゲラ笑うカレリアにレオンは溜め息を吐くしかなかった。


 「って、あぁぁっ!?カレリアさんと殿下が同衾してるーッ!?」


 そこに大声を上げながら飛び込んできたのはメイドのシノン。

 このメイド、声が大きいこと以外にもう一つ長所がある。

 元々はノルデンガルドの工作員で戦闘スキルがずば抜けて高いのだ。

 追放されることとなったカレリアがこっそり引き抜いてきた人員でもある。

 ただ一つだけ残念なことに戦闘に関してのスペックの代償としてメイドとしての重大な素質を失ってしまっていた。


 「殿下!朝食の支度が整ってますよっ!」


 朝からハイテンションなこの戦闘スキル極振りのメイド、


 「今日は食えるメシなんだろうな?」

 「なっ!?失礼なっ!私は殿下の身体を試してるだけです!」

 「嘘つけ!昨日の朝食、全部焦げてたのを俺は覚えてるぞ?さらにパンは防御力が死ぬほど高くて歯が立たなかったのもな?」


 何を隠そうこのメイド、家事が何一つ満足に出来ないのだ。


 「そもそも殿下、私はスラム生まれで国家の暗部育ちの生粋の殺し屋です!毒薬のレシピと料理のレシピを同じにしないでくださいっ!」


 シノンはキッパリと言った。

 それを聞いたレオンは、シノンの作る食べられない朝食をどうにかする方がよっぽど王位を継承するための計画を練ることよりも優先なのでは?と思うのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 レオンは、もそもそとベッドから立ち上がるとカレリアを伴ってダイニングルームへと向かう。

 もはや日常と化したカレリア同伴、そして「同衾同衾!」と騒ぐシノンのせいもあって臣下の中では最近、カレリア=レオンの愛妾説が浮上していた。

 そんなことはつゆ知らず、或いは気にもかけていないのかカレリア同伴で寝室を出ることにレオンは何の抵抗もない。


 「食事にする?毒味にする?それとも即死そ・く・し?」


 メイド服のスカートの裾をたくしあげてシノンは一回転してみせる。


 「どれも変わらないでしょ」


 いの一番に席に着いたカレリアは、レオンを気にせず食事に手をつける。


 「うへぇっ、何だこのドレッシング!?」

 「夜なべして作ったドクダミドレッシングですけど?私の料理は新たな次元に到達したのです!」


 一口食べて早速不満を口にするカレリアと不満を意に介さないどころか自慢げにアピールするシノン。


 「んあー、確かにぶっ飛び過ぎて別次元だわ」


 カレリアは水で口を濯ぎながらあまりのクセの強さに辟易した顔をする。

 そんなものを見せられては、レオンのフォークを運ぶ手がすすむはずもなかった。


 「殿下、あーんします?」

 「殺す気か!?」


 シノンの申し出を反射的に断るレオン。

 主従の朝は、いつも通り今日も騒がしかった。

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