死亡動機は何ですか?

間野 ハルヒコ

死亡動機は何ですか?


「それでは、あなたの死亡動機を聞かせてください。」


 わたしがそう告げると、死亡希望者が驚いた。


 驚いたのはこちらの方だ、何も考えていなかったのだろうか。動機もなく死にたいだなんて終活を舐めている。


 内心で大きなマイナスポイントをつけながら、わたしは続ける。


 あのですね。まさかとは思いますが、なんとなく不安だとか、そういう理由で自殺されたんですか?



 死亡希望者は震えて目を伏せるばかりで、何も言い出しそうにない。

 履歴書を見ると、この死亡希望者はこれまでこの仕草を繰り返すことであらゆる難を逃れてきたとある。


 困ったフリをすれば、心優しい周囲の人間が心配して物事を解決してくれる。


 それが成功体験となり、無言で物事を押し通すようになってしまうと。こうして終活で困ることになるのだ。


 あのですね。○○さん。


 わたしが名前を訊くと、死亡希望者の肩がびくんと跳ねた。わざとらしい動きにいらだちを感じる。


 あなたの身体は無事なんです。手術も成功しましたし、病院のベッドで適切な処置を受けています。ただ、意識だけが戻らない。


 申し訳ないと思わないんですか? 自殺したあなたを早期に発見できたのはご家族のおかげですし。医療費だって、結構な額になっています。これを支払うのもご家族。なぜそこまでするかと言えば、あなたのことを愛しているからで、死んで欲しくない、生きていて欲しいと思っているからじゃあないですか。


 少し多めに嫌味を込めて。何の不満があるのですか? と付け足した。

 死亡希望者の伸びた前髪の間から、燃えるような怒りが覗く。


 いい傾向だ。

 マニュアル通りとはいえ、うまく事が運んでいる。

 怒りといった根源的な感情は人間の口を割るのに適しているのだ。


 死亡希望者が何かを言い出そうとして、言葉に詰まる。

 どうにか自分の思いを言葉にしようとしているようだった。


 きっと、深く考えたこともなかったのだろう。


 それでもこの死亡希望者はかなりマシな方だ。面接の段階ではあるものの、まだ自分で考えようと努力している。何の準備もせずに通過できるような面接ではないけれど、向上心については評価したい。


 まぁ、向上心ってこの面接ではマイナスポイントなんだけどね。


 ゆっくり時間をかけ、なんとか感情をまとめたのか。

 死亡希望者はぽつりぽつりと小雨のように話しはじめる。


 小雨はすぐに夕立となり。

 稲光のような憎悪が光ったかと思ったら、あとは土砂降りだった。


 この死亡希望者は説明能力が低く、理解は困難を極めたが、丁寧に聴取することでようやく全容が見えてきた。


 ありていに言えば、痴情のもつれ。

 大恋愛の果てに恋人に振られ、衝動的に自殺した。


 よくある普通の自殺だ。


 実はこの部分についても履歴書に書かれているので、内容は知っているのだけれど。あくまでこれは現世観測による調査と疑似因果の写しでしかない。


 いかに精度が高くとも観測は観測でしかない為、本人の意思がどこにあるかは直接話して貰う必要があった。


 死亡希望者が恨みがましい目でわたしを見る。


 話したのだから死なせろ。

 自分の命くらい自分の好きにさせろと言う。


 内心ではもっともだと思いつつ、わたしはやんわりと拒否した。



 いやぁ、その死亡動機では弱すぎますね。

 いくらなんでも、ははは。


 やはりここは一度、生き返っていただくというのはどうですかね。


 大丈夫、大丈夫。

 またいい人が見つかりますよ。


 死亡希望者は烈火の如く怒り出した。

 いつもの流れだ。安心する。普段からこうでありたい。


 わたしは押し寄せる波の如く、薄っぺらな正論を並べ立てる。



 あなたの細胞ひとつひとつが生きようとしているのに、その意思を無視するのですか?


 親にもらった大事な身体に傷をつけて、申し訳ないと思わないんですか?


 家族や友人がどれだけ悲しむと思っているのですか?


 あなたがこれまで生きるのに、どれだけの命を消費してきたと思っているんですか?


 学費も相当かかっていますよね。お金を返すアテはあるんですか?


 恋人もあなたが死んだと知ったら傷つくでしょうね。あ、すみません元恋人でしたね。でも元とはいえ愛していたんでしょう? 一度は愛した人を傷つけていいんですか? そんなことをして良心は痛まないのですか?



 あなたの恋人を思う気持ちは、あなたの愛は嘘だったんですか?





 虚ろな正論を押しつけるなんて気分が悪い。

 反吐が出そうだ。


 言っている方も凄い嫌悪感なので、言われる側の嫌悪は相当なものだろう。


 わたしに向けられた視線が面接官殺すと物語っていた。


 そういう仕事なので仕方がないのだけれど、このくだりをやる時はいつだって転職したい気持ちでいっぱいになる。


 でも、死亡面接においては正論ばかり振りかざす憎らしい面接官というのは必要なのだ。


 ヘタに同情的な面接官を配置すると、死亡希望者をかわいそうに思った面接官が次々に面接を突破させてしまい。大量の死者が積み上がっていく。


 室町時代あたりに平均寿命が石器時代並になってしまったのは今でも語り草だ。


 死亡希望者が叫ぶ。


 あなた。何なんですか!!

 もう少し、もう少し優しくしてくれたっていいじゃないですか!!


 面接官はそんなに偉いんですか!!


 気持ちはわかる。


 でも、同情はするが死なせないというスタンスでは、生き返らせた死亡希望者が自殺を繰り返してしまい。やがて肉体の損耗率が限界を超え、物理的に蘇生できなくなる。


 そしてなにより。

 不条理に対して怒り、燃え上がることができるほどの生命力を有した人間を不用意に死なせてしまうのは、あの世の運営倫理に反する。


 それだけの強さを秘めているなら、現世でもやっていけるはずだ。

 死ぬな、がんばれ。


 と、あの世運営委員会は考えているらしい。


 書類に反骨心A+と書き込んでおく。

 大きなマイナスポイントだ。ここで死なせるには惜しい。


 これ以上の面接は不要だろう。




 わたしは死亡希望者に告げる。


「残念ですが、死亡面接は不合格です。」

「○○様の現世でのご活躍をお祈り申し上げます。」

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