第13話 爽やか熱血教師の話⑤

大会は無事に終わり、今は9月。


大会前後あたりから、隼からの連絡は全く来なくなった。



部活で顔を合わせても、特に俺に何かを相談しに来ることはない。



俺の方から悩みごとは無いかと聞いても大丈夫です、としか答えない。



本当に何も悩んでなければいいが…



俺は隼に頼られなくなったことが、嬉しいような寂しいような複雑な気分になっていた。




「隼。ちょっといいか?」



部活動の終了後、優たちと帰ろうとしていた隼を俺は引き止めた。


「はい!」


隼は返事をして俺の方へと駆け寄る。


優たちはそれを見て、何も言わずに俺らとは反対方向に歩き出した。




「ごめんな隼、急に呼び止めて。最近、調子はどうだ?」


「大丈夫ですよ。調子は……そうですね、そっちも今のところは問題ないです。」


「それはよかった。ところでお前……何で最近俺に連絡しない?」


「え……」


「何も悩んでないならいい。だけど、もしまたお前が知らないところで何かを抱えていたら嫌だなと思ってさ……前はあれだけ相談してくれてただろ?なんつーか、俺はもう用済みなのかなとか思ってさ」



自分でも何を言っているのかはよく分からなかった。


何故こんなに必死なのか…


普段、こんな風に気弱になることも捻くれることも無いのに。




「用済みなんかじゃないですよ!そんなこと、思ったことはないです!ただ……」



隼は俺の言葉を否定した後、次の言葉を濁すようにした。



「ただ?」


「ただ、その……俺があんまり先生に頼っちゃうと、悲しむ人もいるかなって思ったんです……」



申し訳なさそうな顔をして上目遣いのような目を向けてくる隼の言葉に、俺はただただ驚くしかなかった。



「………もしかして隼お前………俺の彼女に何か言われたのか……?」



俺はすぐに心当たりを見つけた。



俺が6月に彼女と喧嘩してから数日後、彼女はスッキリしたような顔でその日のことを謝ってきた。


俺も言い過ぎたと思って謝り、そのときは仲直りして終わった。


だが、後日たまたま彼女の車を借りる機会があった時、車のナビが案内した最終履歴が俺の勤務先になっていたのだった。



俺の勤務先に何の用なのか……


俺に会いに来る用事があったが、引き換えしたのか…


その時不思議には思ったが、その後彼女に聞くことはなかった。


そこまで深くは考えていなかったので、今まで忘れていたまである。



だけど今の隼の言葉を聞いて、もしかしたら彼女はあの日、わざわざ俺の勤務先であるこの学校に来て隼を見つけ出して直接何かを言いに来たのではないかと思った。




「あれ……先生、知らなかったんですね。何ヶ月か前、練習前にテニスコートをずっと見てる女の人がいたんです。誰かのお姉さんとかかなと思って俺が声かけたら、佐伯先生の彼女さんだって名乗ってて。確かによく見たら、先生のアイコンと同じ人だったので……その後俺だけ呼び出されて、彼女さんの車の中で少し話したんです。」


「え!あいつの車の中で!?」


「はい。それでその時、もう佐伯先生に夜に相談したりするのは辞めてほしいって言われました。先生が迷惑してるから、って。」


「まじかよあいつ…」


「けど、俺はほんとにその通りだなって思いました。彼女さんの言う通り、先生のプライベートにもお邪魔してしまってたことまで気が回せなくて…。自分の事で精一杯過ぎたからって、先生たちに迷惑かけてることに気づかなかったなって。だから、彼女さんにそれを言ってもらえたとき、ありがたかったしすごく申し訳なかったと思って反省しました」


「そういうことだったのかよ……」


「はい。すみませんでした。先生にも彼女さんにも迷惑かけて」




そう言い頭を下げる隼を、俺は何とも言えない気持ちで見ていた。



わざわざ彼女が隼に会いに来ていたなんて、俺は全く知らなかった。


彼女はそんなこと、一言も言わなかった。


まあ、言えば俺に怒られるという自覚はあったんだろう。


だからといって………



「隼、お前車の中でその話をされて、その後は大丈夫だったのか?」



流石に自分の彼女をそこまで疑いたくないとは思いつつも、車という密閉空間の中で隼が女と二人きりになったことに一抹の不安も感じていた。



「………はい、大丈夫でしたよ?」



頷いてそう答える隼に安心しながらも、俺は今、俺よりも彼女が先に隼と車で二人になったという事実にイライラしていた。



彼女と二人きりになった隼に対してではなく、隼と二人きりになった彼女に対しての憤り。



なぜ今、そんなことを感じているのか、自分でも分からなかった。


だけど俺は、隼に俺以上に踏み込む大人はいらないと思った。


隼が頼る大人は俺だけでいい。


隼が二人きりになってもいい大人は俺だけだ。



俺はそう考えれば考えるほど、自分の彼女が許せなかった。


俺はもう、俺と隼の間に割って入った彼女との結婚なんて、考えたくもなくなっていた。


だってあいつは……


隼のように、俺を必要としてはくれない。


頭が良くてしっかりしてるのは楽観的で大雑把な俺と相性が良いと思っていた。


だが、そんな俺でも誰かの役に立っているという気持ちになれることは、彼女といる時はほとんどなかった。


隼といる時にしか、それは感じられない気持ちだった。



隼といる時だけ、俺は自分のことを好きになれるし認めることができる。



「隼、ちょっと来てくれ」



俺は隼の手を引き、テニスコートを後にした。


隼はえっ、と驚きながらも俺の手の引く方へと付いてきてくれた。



テニスコートから歩いて2分ほどの場所にある職員駐車場。


俺の車はいつも一番奥に停めてある。



俺は鍵を開けて、隼を助手席に座らせた。


俺は反対側から運転席に座り、そのまま車を発進させ走らせた。



「え?先生?どこに行くんですか……?」


戸惑う隼を横目に、俺はひたすら学校から離れた場所へと向かった。


何も話さないで無表情のまま運転する俺に隼は怯えた目を向けていた。



「先生……俺、荷物とか全部まだ学校にあります……」


隼はそれでも、俺に何度か話しかけてきて、俺の目的を探ろうとしていた。


俺はそれすらも無視して、隣に感じる隼の気配を存分に堪能しながら目的地へと車を走らせた。







「隼、ここが俺の住んでる家だ」



車で約15分。


俺は自分が住んでるアパートの前に車を停めて、窓から見える自分の部屋を指差した。



「いいか?このアパートのあの部屋だ。あそこに俺はいる。だから、もし辛くなったらいつでも直接会いに来い。」



助手席の隼に若干覆い被さるようにして助手席側の窓の先を見せる。


俺の顔は隼の耳元に来ていた。



「先生…でも、彼女さんと住んでるんじゃ…?」



隼はゆっくりと俺の方へと顔を向け、遠慮がちに聞いてきた。



「大丈夫。もうそいつはこの家には入れないから。ここに入っていいのは、俺とお前だけだよ隼」



俺は本気だ。



もう、ここにあの彼女は入れない。



ここは、俺と隼だけの場所。


他には誰も入れるつもりはない。



「そんな……じゃあ彼女さんは…」


「別れるよ。結婚もしない。」


「ええ…!?」


「もう好きじゃないんだ。っていうか、俺が生きる意味は、あいつじゃないってことに気づいたから…」



そう言ってまだ戸惑いを隠せていない隼の目を見つめる。




俺の生きる意味は………




「隼、もうあんな女のことなんて気にしないでいつでも俺に頼るんだぞ」




隼の目の奥深くで微かに揺れる炎は、俺の言葉に更に大きく揺らいでいる。


黒目がちなその瞳に映る俺の顔は、正義のヒーローそのものだ。


自分の全てを捨てて、一人のために生きる。




そんな昔から憧れていた生き方を、俺は今やっとできるような気がしていた。

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