第6話 偏屈教師の話②
「事情も知らずにあんなことをいい、すまなかった。」
俺のクラスの生徒である醍醐隼(だいごはやと)が定期考査を無断で休んだ日から2日後、事態は急変した。
あの後警察から学校に電話が入り、なんとあの日、醍醐は駅で見知らぬ男たちから強姦されていたことが分かったのだ。
朝の通学時に狙われたため、当然学校には遅れてしまう。
更に無理やり連れ込まれ手足を縛られていたらしいため、当然学校への連絡などできない。
まさかこんな事態になっているとまでは俺を含めどの先生も想定ができず、今職員室ではその対応に追われてバタバタしている。
幸い、大きな騒ぎにしたくないという醍醐の両親の意見の元、大きく揉めることはなかった。
他の生徒にも、ただ駅での変質者への注意喚起をするに留めることにしている。
俺があの日何も知らずに醍醐を叱責したことも、俺は両親に直接謝ったが特に大きく非難されることはなかった。
しかし、そのやり取りを聞いていた他の先生方の俺への目はかなり厳しくなった。
元々醍醐を贔屓気味に見ていた先生方と、真逆に醍醐に厳しくしていた俺の溝は、更に深まることになったのだ。
「僕も、早く言えばよかっただけですから…すぐに言わなくてすみませんでした」
目の前に座る醍醐はそう言って俺に向かって頭を下げる。
俺らは今、教室棟から少し離れた場所にある面談室のうちの一つを借りて向かい合って話している。
ここは2者面談や3者面談の期間に放課後、使われることが多い。
幸い今はそういった期間ではない。
あの件について改めて醍醐に謝るべく、俺はわざわざこうして機会を設けたのだった。
「お前が謝ることはないんだぞ醍醐。悪いのは俺と、お前を襲った犯人たちだ。」
醍醐は他の先生方が言うように中学生にしてはかなりしっかりしていて、受け答えもまるで大人みたいだ。
そんな醍醐もさすがに今回の件は不安要素が多かったようで、俺の言葉に安堵したような顔を向ける。
「でも、先生は何も知らなかったわけですから……あの人たちと同じくらい悪いわけは…ないです」
しっかりと俺の目を見てやんわりと否定する。
「知らないとはいえ、だな。今後気をつけるよ」
「僕も今後はすぐに事情を話すことにします。でないと、やっぱりいろんな誤解を生むってことを学びました」
「そうか。それはよかった。ところでお前、最近カウンセリングはいってるのか?」
「去年の夏から行ってませんでした。でも、今回の件で親に勧められて久しぶりに行ってきました」
「そうだったのか……」
醍醐は、小学校時代の陰湿ないじめのせいで、一時期精神を病んだらしく、小学校後半から中学1年の途中まで定期的にカウンセリングを受けていた。
「奥山先生を含む色んな先生方もカウンセリングの先生も家族も、みんな心配してくれて話を聞いてくれたので、僕はもう大丈夫ですよ。だから、先生ももう気にしないで下さい」
柔らかく落ち着いた口調で言う醍醐の表情は、本人の言う通り、どこか安心しきっていた。
それに、俺の気持ちを汲んで心配するなと言ってくれている。
こいつは俺の思うように、人を見て態度を変えているわけではないのかもしれない……
そんなことを、ここで少し思い始めていた。
「ありがとな。最近は電車を使わずに家の人から送り迎えしてもらってるんだってな。それなら安心だ」
「はい!今のところ、何も危険なことはありません。学校から出るときも友達がついてきてくれてるので」
「友達ってのは、冷泉とか朱雀とか嵯峨か?」
「そうです!五郎は家の方向が逆なのでほんとに校門までですが…親が来られないときは、優と瑠千亜は家までついてきてくれます」
「そうか。それはよかったな」
いま名前が出た醍醐含む4人は同じ部活で同じクラスだ。
いつも4人でつるんでおり、全員が部活で活躍している。
その上スタイルや身長、顔立ちが目立っているため、全校生徒の憧れの的になっている。
「そういえば醍醐。この件、冷泉や雨宮は知っているのか?」
「えっ!なんで…ですか」
「いや、大親友と彼女だろ?そいつらにだけは話したりはしてないのかなと思ってな」
「あ、いやー……優には話しましたけど…梨々には話せてないです…」
俺の質問に多少驚きながらも醍醐はしっかり答えてくれた。
冷泉優は醍醐の大親友かつ幼馴染で、何でも知ってる間柄だと聞いたことがある。
雨宮梨々は醍醐の彼女で、全校生徒が憧れる理想の美男美女カップルだと言われているのを聞いたことがある。
「まあ、彼女には話せないか」
「はい…」
俺は普段、生徒とこういったプライベートな話をすることはない。
気になることはあったとしても、俺のキャラ的に気軽に話せる感じではない。
だが、醍醐となら何でも話せるような気がしてきた。
こいつは、俺を知る生徒にしては珍しく俺に多少心を開いているようだ。
俺は生徒から嫌われ者の堅物教師として25年間やってきたが、ここまで俺と普通に会話ができる生徒は今までいなかった。
「まあ、俺からも雨宮はもちろん、誰にも言わない。」
「ありがとうございます!よろしくお願いします…」
「当然だ。生徒のプライバシーを侵害する訳にはいかないからな」
「………」
醍醐の素直な反応に、俺も柄にもなく素に近い様子で話してしまう。
すると醍醐が突然黙り、俺の顔をじっと見つめてきた。
「……何だ?」
「……ぼく、今まで先生のこと、勘違いしちゃってたかもしれません…だけどそうじゃないかもなって思って……」
「勘違い?」
「はい。……その、僕、奥山先生に嫌われてると思ってました。だけど今、もしかしたら違ったのかなって」
「あー、なるほどな」
醍醐は俺が日頃からこいつを毛嫌いしていたことが分かっていたようだった。
しかし今の会話でそれを誤解だと分かった醍醐の大きな瞳には、どこか嬉しそうな色が宿っていた。
「嫌いじゃないぞ。そう思われるような態度を取っててすまなかったな」
そんな真っ直ぐな視線につい、俺もこれまでの態度を反省した。
そう、俺はこいつを嫌いだったわけではない…
嫌いというよりも……
「僕が勝手に誤解してただけです!けどほんとに違ったなら安心しました。僕はずっと、先生のことを信頼してましたから。もう少し…仲良くなりたかったので」
小さな明るい色の花のような笑顔を俺に向ける。
そんな優しくて純粋な心が……
「仲良くって、こんな俺とか?」
「はい!こんなとか言わないでください。先生と仲良くってのは失礼かもしれないですけど……先生はずっと、俺が良くない方向にいかないように厳しくしてくれてたんですよね?それがすごく嬉しかったってことを伝えたかったです」
誰も疑わず人を信じるその強い心が…
「僕の担任が、奥山先生でよかったです」
俺にとっては眩しすぎて明るすぎて、思わず目を背けたくなってしまっていただけなのだ。
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