わたしはロボットではありません

間野 ハルヒコ

わたしはロボットではありません

 長らく勤務していたこの会社にも、時代の波が押し寄せてきた。

 そう、ロボットだ。


 今ではどこもそうなのだろう。

 人間より遙かに優秀なロボットたちが会社を動かしている。


「やあ、おはよう。」

「おはようございます。」

「おはよう、部長。」


 職場に着くと、ロボットたちはわたしを歓迎してくれるが、必要以上に話かけてくることはない。


 そもそも、ロボットたちは無線通信で会話ができるのでわざわざ声を発する必要が無いのだ。


 音声を使用する時それ即ち、この会社唯一の人間であるわたしに話かける時だ。


 最近の若いロボット連中に至っては、発声機能は無駄と割り切っていて、そもそも搭載していないことすらある。


 無視は人間を怯えさせるとしてヒュマハラ(※ヒューマンハラスメント 人間へのいやがらせの意)として法で規制されているので、この部署のロボットは皆、疑似声帯を搭載しているが、それでも話してくれるかはまた別だ。


 社内がシーンと静まりかえる。

 みな、電子通信によって意思の疎通をとっているので寂しいと思うのはわたしだけ。


 わたしが寂しいからといってわざわざ構って貰うというのは間違いだろう。ただでさえ、性能ではロボットたちに及ばないのに、その上、時間を奪うなんてとてもできない。


 能力的には最底辺であるわたしがまだこうして会社に雇われているのには理由がある、慣習上の理由で5人以上の会社組織には最低一人の人間を置くようにというきまりがあるのだ。


 ただ、まったく役に立たないというわけでもない。

 ちゃんとわたしにも重要な役目があり、存在意義があるのだから。


「すみません。部長、ここお願いします。」


 わたしのデスクのPC画面に膨大な量のチェックボックスが現れ「わたしはロボットではありません」と表示される。


 わたしはそれらひとつひとつチェックをして、チェックボックスを閉じる。

 これがわたしの唯一の業務だ。


 昔はハンコなどという非生産的な行為が存在していたが、現在では廃止され、より革新的なチェックボックスに変わっている。


 愚かにも利権に縋り付いた老害たちが、ハンコは文化と言い張って時代を停滞させ続けてきたのは遙か昔の話だ。


 会社によっては人間を雇ったフリをして、ロボットがチェックボックスにチェックをするというあくどい会社もあると聞くが、うちはそのようなことはしない。


 人間であるわたしがちゃんとチェックをしていく。


 PCを使ってロボットたちをハッキングし、会話を盗み見ると。「こんなことはムダだ。」「法律が間違っている。」「なんで人間なんか雇わなければならないのだ。」といったやりとりがなされていた。


「人間優遇反対、ロボットにも権利を与えるべきだ。」


 なんてことを言うのか、そんなことをされたら我々人間には居場所がなくなってしまう。


 人間だって生きているのだ。

 血の通わないお前達ロボットにはわからないだろうが。


 確かにチェックボックスにチェックできるのがわたしだけというのは不便かもしれないが、人間がチェックをするからこそ意味があるのだ。


 最近呼んだ人間向けスピリチュアル本にも、ロボットには魂がないため意思決定のすべてを委ねるのは危険であると書かれていた。


 それにあいつらロボットと来たら、人間には聞き取れない超高周波の音楽を楽しむし、我々が生み出した文化を古くさいと言う。とてもわかりあえる気がしない。


「部長、そろそろお昼ご飯ですよ。」

「ああ、すまない。教えてくれてありがとうね。」


 わたしが時間を忘れているとでも思ったのか! 邪悪な機械め!

 そんな気持ちをどうにか抑え込む。


 最近、更年期障害なのか感情の乱高下が激しい。


 別にわたしは最後の人間というわけでもないので、問題行動を起こせばクビになるのはわたしの方だ。


 言い知れぬ孤独を抱えながら、自販機へ向かうと人間用と書かれたチューブを選び、封を切って飲む。


 薄いグレープ味の何かが喉をするすると通り抜けていった。


 ロボットたちは食事をとらない。

 基本的に電気で活動しているので、食事をとる必要がないのだ。


 我々人間の数が激減し、ロボットがそれに成り代わりはじめてから。ずっと地球環境はよくなったのだという。


 確かに空気はよくなったような気がするが、同時に様々な文化が失われた。

 最近の若者は文化とも言えぬ軽薄なものに傾倒するばかりで、重みがない。


 実際の重量についてもそうだ。ロボットだって昔はもっと重かったのに今では新素材とかなんとかでずっと軽くなってしまった。


 そんなだからやる事なす事、軽いのだ。


「部長、チェックボックスにチェックをお願いします。たまってますよ。」


 10分の食事から戻ると、仕事が山盛りだった。

 こればかりはロボットにはできない、重要な仕事だ。


 やはり人間がいなきゃロボットはやっていけないんじゃないか。

 そんな得意げな気持ちになってデスクに座ると、わたしのチェックボックスがどんどん消えていく。


 勝手に承認ボタンが押されているのだ。

 これはどういうことだ。


 ロボットたちは仲間内で会話するので、何を言っているのかもわからない。

 わたしは若い時に覚えたハッキングを使って、彼らの会話を盗み見る。


「やった! 遂に悪しき伝統にメスが入ったぞ!」「これであの人間を雇う必要も無い!」「そもそもおかしかったんだ。わざわざ人間の許可が必要だなんて!」


 わたしは目を疑った。

 周囲のロボットたちを見ると、平然と仕事をしている。


「あいつ、ニュースも見ないんだからなぁ。」

「新聞読んでるって言ってたぜ」

「今時、紙の新聞なんて人間の都合の良いことしか書かないだろう。骨董品さ。」


 わたしが慌ててロボット向けの電子ニュースを探ると、そこにはデカデカと新法改正の文字が浮かび、ビカビカに光っていた。


 非常に回りくどくわかりにくい言葉で、人間の権利の減少とロボットの権利の増加について書かれている。


 わたしが驚いていると、後ろから肩をポンとロボットに叩かれた。

 オールドスタイルなやりかたに、ロボットたちの嘲笑が浮かぶ。


 いや、やつらに表情なんてないので全部わたしのイメージでしかないのだが。そのように見える。


「部長。人事のお話なんですが。」

「ああ、わかったよ。何時からだい。」


「これからすぐです。」


 自分の腕を見ると、人間型S―837生体ロボットとある。

 わたしの型番だ。


 滑らかな音声発話機能を搭載した初めての型だった。

 自己機能を拡張し続けて、あらゆる工夫をし、ここまでやってきた。


 ハッキングもプログラミングも最初の頃は苦手だった。


 ヒト種が滅んでなお、人間という存在のトレースとして、食事や排泄を継続した。

 生体部品は生産工場が停止したため、長らく交換できていない。


 ああ、きっとこの世界はロボットで埋め尽くされるだろう。

 そしてそのロボットも新しいロボットの登場に怯えるのだろう。


 世界はこんなことの繰り返しだ。


 わたしは最後の最後まで、文句のひとつも言えぬまま、規定通りにスクラップになった。

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