ネゴシエーター桃子。鬼ヶ島に経済制裁を仕掛け、内紛を誘発し、国土を切り取る。

間野 ハルヒコ

ネゴシエーター桃子。鬼ヶ島に経済制裁を仕掛け、内紛を誘発し、国土を切り取る。

 昔々あるところにおじいさんとおばあさんと、ネゴシエーター桃子がいました。


 おじいさんとおばあさんは村人達となけなしの金を集め、桃子に渡します。


「どうか、あの乱暴者の鬼をこらしめてくだされ。」


「あいつら村の食料をみんな奪いくさる、抵抗すれば命はないが、もう限界じゃ。背に腹は代えられぬ。」


「鬼ヶ島へ乗り込み、血祭りにあげてくだされ。」


「血祭りじゃ、血祭りじゃ。」


「討ち入りじゃ、死ぬまで殺せ。」


 略奪者となる鬼はほんの一部、ほとんどの鬼はまともです。

 被害も過大に報告されていました。


 血に狂った人間など、こんなものです。

 ネゴシエーター桃子は鼻で笑って言いました。


「暴力などという野蛮な行為、このネゴシエーター桃子には似合いません。時代は対話ですよ。」


 黙って略奪されていろと言うのか、金返せ。

 怒り心頭の村人たちに桃子は続けます。


「血祭りなんて生ぬるいことおっしゃらないで、経済制裁を仕掛けて鬼ヶ島を干上がらせましょう。絞って、絞って、絞り尽くすのです! 餓え干からび、頭を垂れるまで!」


 ネゴシエーター桃子の邪悪な笑みに村人達は胸をなで下ろしました。


 桃子が何をするかはわかりませんが、ハイエナ桃子とも呼ばれるこの女帝が発する暗黒圧力は本物です。


 ただ、そこに存在するだけで重力場が発生し、ぐにゃぁと空間がねじ曲がるような、そんな気がするのです。



 数日後、ネゴシエーター桃子は村人たちから前金として受け取った金を使い。犬、猿、雉に買収を仕掛けました。


 できれば実弾現金がよかったのですが、法の抜け穴を通る必要があるため、今回はきびだんごです。


「すげえ、このきびだんごの中、金が入ってる!!」

「ネゴシエーター桃子、噂通りの女よ。」


「油断ならぬハイエナだが、利用価値はある。鬼を絞り尽くすまでの共同戦線か、悪くない。あの鬼共の蛮行は我々にとっても悩みの種だったのだ。」


 犬、雉は即座に買収に応じ、猿は若干遅れたものの、これに呼応しました。


 どうして猿が後れをとったかは定かではありませんが、猿が桃子の顔を見る度に震え上がるところをみると、何かがあったのでしょう。深入りしない方が身のためです。



 こうして犬、猿、雉の共同経済戦線が確立し。桃子の采配のもと露骨な経済制裁が始まりました。


「は? なんで米がこんなに高いんだ。他の種族にはもっと安く売っているだろう。」


「なぜ鬼には売ってくれない。高値でもいい、せめて買い取らせてくれないとこっちにも生活というものが。」


「買い取っておくれよう。魚釣ってきたんだ。買ってくれよう。でないとお金が貯まらないんだよう。」


 犬も猿も雉も人間も、誰もまともに取引してくれません。

 たまに売り買いできることがあっても、法外な値段をふっかけてきます。


 こんなのひどいと思いながらも、鬼たちは大損しながら高値で買い、売る側になれば二束三文でしか売れないのです。


 みるみるうちに鬼ヶ島の富は犬、猿、雉、そして人間の懐に流れていきます。

 これではたまったものではありません。


 力に任せて略奪しようにも、ネゴシエーター桃子がどこからか連れてきた傭兵たちが即座に応戦し、最新式の自動小銃で撃退されてしまいます。


 あまりにも早い対応。

 鬼の中に情報を流している者がいるのは明らかでした。


 鬼ヶ島は疑心暗鬼に包まれ、批難と怒号、貧困と暴動が広がっていきます。


「恥さらしめ! こんなに酷いことになっているのは、お前らがずるをしているからだ!」


「傭兵ごときに追い払われるなど、鬼の面汚しめ!」


「何を! そもそもお前たちが不甲斐ないから!!」


 なぜこんなことになっているのか、誰もわかりません。

 わからないまま、殺し合わねばなりませんでした。


 殺し合いの道具は横流しされた桃子印の自動小銃ルールメイカー秩序を齎す者です。


 今日もなけなしの金で弾を買い、かつての仲間を殺します。


 間違っている。何もかも間違っている。

 どんなに心が叫んでも、秩序の名を持つ銃を手に、混沌の中を彷徨う他ありません。


「なぜだ。なぜ、俺達は。こんなことを。」

「誰か、誰か教えてくれ!」


 鬼達が嘆き、慟哭する中。


 一人だけ全てを理解している者がいました。

 裏であらゆる糸を引き、鬼ヶ島を地獄に変えた女。


 ネゴシエーター桃子です。


「そろそろ頃合いですわ♪」


 ハイエナのごとき嗅覚を持つ桃子は熟した期を逃しません。

 行きすぎた経済制裁を止める平和の使者として、鬼たちに対話のテーブルを用意しました。


 犬、猿、雉、人間も同席しています。

 ちなみに当然のように打ち合わせ済みの根回し済み。


 鬼たちはどうやって生き残るかで頭がいっぱいでしたが、テーブルの先にいる邪悪な生物たちはどうやってパイを切り取るかで頭がいっぱいでした。


 金! 利権! 搾取!

 もっといい暮らしを! もっと楽な暮らしを!

 もっと自分の取り分を!!


 桃子は鬼達ににっこりと笑ってこう言います。


「さぁ、鬼のみなさんテーブルについて。 対話を始めましょう。交渉材料はおあり? カードもなしに席に座る無粋者はいませんね? あらあら何も考えていらっしゃらない? 仕方ありませんね。お気づきでないようですが、あなた方はまだ持っているのですよ。鬼ヶ島周辺の漁営権と労働力を。ああ、鬼ヶ島という土地もお持ちでしたね。辺鄙な島ですから、大した値はつかないでしょうが、背に腹は代えられませんよね? それでは競りを開始します。鬼ヶ島の土地A地区、1円からスタートです!!」


 昔話の桃太郎は鬼をこらしめた後、すぐに許してあげたそうですが、現実はそううまくいきません。


 人は恨みを忘れても、一度味わった甘い汁を忘れることなどできないのですから。

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ネゴシエーター桃子。鬼ヶ島に経済制裁を仕掛け、内紛を誘発し、国土を切り取る。 間野 ハルヒコ @manoharuhiko

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