こまい

風鈴

警報


 君は、警報が鳴った時間を記録した。


 昨日は拾時四拾分、不発。一昨日は三時壱分、七時五拾弐分、弐拾時八分、全て不発。その前も不発だったかな。


「ううん、不発やないよ。落ちて来とった。酷う揺れたやろう」


 ほら、と君が記録を指差す。すうっと撫でる指先には時間だけかかれてその下には何も書かれていなかった。

 嫌なことからは目を逸らす。君と私の悪い癖。


「いつかは終わるんやろうか」

「勝てば終わる。その為に毎日働いとるんやから」

「…ほうか」


 閃光が走る。君の顔が見えなくなってまた見えた。警報が耳を劈く。


 来る。


 また、来る。君が筆をとる。今の時間を書き記す君に頭巾を被せて腕を引っ張る。今度のは落ちるよ。きっとここにも。


「早う!今度は来るよ!!」

「あっ、筆が…筆持っていかんと…」


 私が強く腕を引いたせいで君の手から筆が落ちる。カラカラ床を転がって居間へ。君がそれを追いかける。

 筆を拾ってこちらに駆け寄って、二人身を寄せ合いながら早足で洞窟に向かう。揺れる道を歩く。耳が潰れそう。君の頭に手を添えて、必ず守ると祈る。


 洞窟の入口で一度君が空を見上げた。遠くで弾ける飛行機に手を伸ばす。


「何しとるん!入り」

「…うん」


 飛行機は色とりどりで、絵の具を弾いたように空に色を乗せた。絵の具は垂れて町に色が増える。ジリジリ燃えて、家も赤く。あれが本当に絵なら良いのに。


「来る!目閉じて口塞いで!頭下げ!!」


 一緒に洞窟に入った誰かが叫んだ。口に布を当て、ぎゅっと目を瞑って、君を抱き寄せる。ドンと大きく揺れて洞窟に砂埃が舞う。君は震える手で筆を握りしめた。


 揺れが収まり、誰かが洞窟の蓋を開けて皆ぞろぞろと出ていく。君は入口から差し込む光を頼りに記録の文字を読み返していた。


「なんでいつも書いとるん?」

「二人で生きとったって忘れたないからさ。書いとったら歳取っても思い出せるやろ」

「書かんでも私は覚えとるよ」

「ほんまかね」


 ふふっと君が笑った。寂しそうな横顔が忘れられない。光に照らされてるはずなのに灰の色で、空の方がよっぽど豊かな色をしていた。


「お隣のご主人、聞いた?」

「…うん。残念やったね」

「それから…時計屋の娘さんおったやろ」

「あぁ、腕がって聞いたけど…」

「うん。知っとったんね」


 まだ洞窟から出ようとしない君の手を取った。きゅっと握り返された指、こんなに細かったっけ。


「もし腕がのうなって書けんくなったら、代わりに書いてくれる?」

「どうやろか」


 君の頼みなら必ずするのに、これだけは一度拒んだ。

 もし君の腕がなくなったら全部してあげる。背中も拭いてあげる。ご飯も着替えも全部面倒見てあげる。いつまでも綺麗でいられるよう紅もひいてあげる。けれど、今はまだ約束したくなかった。


「お願い。書いて。そんで全部終わったら一緒に読み返そ。こんなことあったなぁって、笑い話にするん」


 君が私の肩にもたれかかる。声が震えてるように思えた。もしかしたら泣いてるんじゃないかって、聞けなかったけど。


「…分かった」

「ありがとう。約束」


 空いてる方の手で小指を結ぶ。その時君の持つ筆が手首に当たった。指切り拳万、嘘ついたら針千本。君ならやりかねないな。


「怖い、死にたくない」


 手を握る力が強くなる。

 私を遺して君だけ死なせるわけないけど、どうしようもなく怖くなって強く握り返した。

 やっぱり君の手、小さくなってる気がする。

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こまい 風鈴 @wind_bell

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