第5話 出港

「遥かなる異郷の地で始められるに相応しい、新たな戦争について語り合いたい」

 ―――ウィリアム・シェークスピア「ヘンリー四世」



 二一世紀における私の自宅からは、海が見える。

 幕末期に、江戸幕府がフランス人技師の手を借りて近代造船設備を作り始めたことを起源に持つ、商業港にして工業港、そして軍港である。

 鼠色の艦、白い船、小さな舟、俊敏な艇。

 何よりもこれらを操る乗員たち。

 彼等は、“本物の”船乗りだ。

 プロフェッショナルである。

 本職だ。

 では、私はどうか。

 ことさら卑下するつもりもないが、やはり「Game Player」なのではあるまいか。

 なぜなら―――



 運輸を専門に受け持つシャノワール商会の黄色い運貨船がやってきて、我が<畝傍>の上部左舷側に着いた。

 開かれたハッチに、デリックとガイドワイヤーとが伸ばされ、ベルトコンベアで繋がった弾庫に向かって次々とキャニスターCANを送り込んでいく。

 中身は、どう例えればいいか、石英の六角状結晶のような形状をしている、シュワルツコフ社製の光子魚雷だ。商品名称はMk24グローブフィッシュ。威力可変型の純粋水爆ピュア・フュージョン弾頭。

 いったいそれの何処が「光子」なのかといえば、そちらは推進システムのことである。

 正式にはミサイルの一種。ただし習慣的に「魚雷」と呼ばれている。

「予備弾まで一杯に積むのは久しぶりだなぁ」

 艦橋のホロビューで積み込み作業を眺めていた私は、ちょっと「財布」の中身について計算した。

 光子魚雷は、たいへんお高い。

 卸値で、一発六万リブラほどする。

 今回、「調達屋」でもある<オベロン>艦長スタンリーのおかげで、四万リブラの格安価格により購入できたから、久々に<畝傍>の弾庫は満載になったというわけだ。

 両舷合わせて一六門の発射管に装填済のものを含めて、合計六四発。

 パルティア宇宙港で覗いてみた日本料理店で、まあそんなものだろうなといったところの一杯〇・四リブラだった天丼が、さて何杯食えるかな?

 光子魚雷一発の威力は、核出力換算で一・五メガトン。

 <畝傍>だと第二甲板に位置する弾庫に、そんなものが束になって六四発も収まっているわけだ。

 艦全体の構造から比喩を試みれば、薪を背負った「カチカチ山」の狸のようなもの。

 ただし、実際には「マッチ一本火事のもと」というほど剣呑ではない。

 光子魚雷は非活性化状態であれば容易に誘爆するほど軟なものではないし、弾庫区画は半ば独立したような格好で「背」に纏められている一種のモジュール構造物で、仮に被弾したとしてもバイタルパート区画には被害を及ぼさぬよう設計されているからだ。最悪の場合「切り離せる」。

 荷電粒子砲と並んで、宇宙空間における主力兵器になって久しいから、その辺りの運用手法は確立されている。

 私たちは、この不穏極まりない兵器で「パイ投げ」をするのだ。

 よくそんな戦闘を生き伸びていられるな、という疑問は誰しもが抱くだろう。

 そこが、この戦争が「GAME」である所以なのだ。

 ―――二七世紀の宇宙戦闘で死ぬプレイヤーは、ほぼ存在しない。

 幾つもの保険が用意されていた。

 まず、艦艇の「艦橋」。

 あの球形構造物は、それそのものが緊急時における巨大な脱出ポッドエスケープ・シップなのだ。外観まで球形ではなく、艦長室などの居住区画を取り込んだ構造になっている。

 必要最低限の航行機能や、文字通りの意味での宇宙食が一か月分以上収まった緊急食糧庫、冷凍睡眠装置、救難信号発信装置なども備えていて、本当にどうにもならなくなった場合、「艦を捨てる」ことが可能だ。

 使用した場合、自動的に「緊急コード」が発信される。

 そして<連邦>及び<同盟>間で取り交わされた戦時条約により、双方のプレイヤーには脱出ポッドに対する攻撃の禁止と、救難義務がある。

 私の知る限り、条約を守らない例は私掠船でさえ聞いたことが無い。誰にとっても「明日は我が身」だからだ。

 ―――では、その脱出さえ行えなかった場合は?

 不幸にも、可能性は皆無ではない。艦の他の区画にいる間に非常事態に陥ったであるとか。

 そんな場合に使用するのが、「保険」だ。

 プレイヤーたちは例外なく、とある保険に入っている。

 <連邦>の場合、あのデーターベースシステム<ジェーン>とも連動したもので、「レイズ保険」と呼ばれている。

 レイズとは、「引き揚げる」というような意味だ。

 ここには、プレイヤーたちの「記録ログ」が収まっている。行動だけではない。遺伝子、記憶、性格・・・

 出港を前にしたプレイヤーたちは、各港の医療施設に赴いて、生物学上の「記録」を更新しておく。 

 すると―――

 もし、本当にどうにもならなくなったとき、<連邦>はクローンを作ってくれるのだ。

 そっくり生き写し。

 生前の希望に依っては、性別や外見の変更までやれる。

 単なる生体クローンではなく、直近までの「記録」移植が保証されてもいる。

 PAIに使われている技術の応用だ。

 果たして、この状態を「生きている」と言えるかどうかは、二一世紀の生命倫理感からは大いに迷うところがあるが。

 <連邦>憲法のうち、もっとも重要な枠組みである<連邦>大憲章の第一四条によれば、

「<連邦>に生まれ、あるいは<連邦>に帰化した者、司法権に属することになった者は<連邦>市民である」

 とあり、長い議論の末、これはクローンも例外ではないと解釈されている。

 ―――生まれた命に、差はない。

 幾らか建前である部分は存在したが、少なくとも表向き<連邦>は「建前」を守る。

 幸い私は、脱出ポッドにせよ、クローンにせよ、お世話になったことは未だにないが。

 ともかくも。

 つまり、この戦争では「誰も死なない」のだ。

 レイズ保険は、私たちプレイヤーだけに加入可能なものでもない。

 植民惑星への直接攻撃は、やはり条約によって禁止されている。例えばこのパルティアなどが失陥しそうになったら、パルティア自治政府は<連邦>契約のプレイヤーたちに退去を勧告し、無防備惑星宣言を出せばいい。

 しかし、惑星地上で不慮の事故に遭う者などは勿論いる。

 <連邦>市民の多くもレイズ保険に加入していて、いまや<連邦>人類のうちかなりの数がクローンであるという。遺伝子操作によって不老である点も考慮すると、「人類は死なない」とも言える。

 ―――うーむ。「生きている」とは何だ?

 などと、青臭いことを考えてしまうのは、やはり私がジギーなどの言うところの「原始人」だからだろうか。

 ただし。

 この件に関する私の見解は明確である。

 ―――実際に生きているのだから、そりゃあ「生きている」のだろう。

 難しいことは言いっこなし。

 少なくとも表面上は「生命に差はない」としている<連邦>の考え方のほうが、まだしっくりくる。PAIにさえ、条件付きながら「平等」は「保証」されている社会なのだ。

 問題は、だ。

 ―――このような仕組みが、戦争を無限に永続化し、返って歯止めを効かなくしているのではないか?

 という疑問だ。

 この戦争は、まさしく「GAME」。私は「PLAYER」である。

 私は、いつもの習慣で艦長席の左右を眺めた。

 燃料、弾薬、食糧、情報。

 レイズ保険に基づく、医療施設での記録更新も午前に済ませた。

 <畝傍>の出撃準備は終わった。

「ジギー。これで準備は完了だな?」

「ええ、雅人」

「よろしい。ならば、食事にしよう」



 ―――“FB艦隊”の出撃前日。

 <畝傍>の雅人とジギーは、ロースのトンカツと微塵切りのキャベツ、味噌汁、たっぷりとした白米を食べた。

「作りの丁寧なトンカツは、常習性がつく麻薬のようなものだ」

 と、彼はジギーを褒め讃えたものだった。

 戦艦<デヴァスタシオン>のルイ・デュヴァルとマルトは、ノルマンディ風の素晴らしいコース料理。

 戦艦<キアサージ>のラリー・オブライエンとハルは、少し奢ってヒレステーキとオマール海老。

 巡洋艦<スタロスヴィツカ>のタティアナ・シェフチェンコ艦長は、彼女のPAIであるレーシャと、郷土料理のビートを使った赤いスープ、水餃子に似たものにサワークリームをあしらったもの、豚の脂身をたっぷりと使った熱々の肉料理。

 巡洋艦<オベロン>のスタンリー艦長は、悪戯好きのPAIであるパックと、うずらのロースト。

 そんな光景が各艦にあった。

 巡洋艦<サーベラス>、駆逐艦<ロックハンプトン>、<マラシュティ>、<スパロヴィエロ>、<パトナム>、<咸陽>・・・

 そうして、出撃日を迎えた。

「巡洋艦<畝傍>PAIのジギーです。本日はよろしくお願い致します」

「こちらパルティア港湾局曳船PYT六四。艦首側に着きます」

「同じく、PYT七二。艦尾側に着きます」

「<オベロン>よりPYT〇五、後進微速と成せ」

「PYT〇五より<オベロン>、後進微速と成します」

「<ロックハンプトン>よりPYT〇一、ご支援を感謝します」

「PYT〇一より<ロックハンプトン>、良き星回りを」

「マルト、いいな?」

「まあまあといったところです、ルイ」

「よろしい、前進微速」

「前進微速、了」

「ハル、<デヴァスタシオン>の航跡あとに注意しろ」

「はい、ラリー」

 各艦、曳船による離岸作業を終えると、既に稼働させてあった核融合炉の補機を使って微速前進を始めた。

 習慣的に「出港」と呼ばれている光景だったが、これほどの数の宇宙艦艇が同時出港するとなると、前を行く艦の推進剤の影響を受けぬよう、慎重に空間的及び時間的間隔を広げた。

 行動秘匿のため、艦隊として集合するのはパルティア4の衛星軌道到達前と決めてあった。

 宇宙空間は、無音である。

 海上を往く艦船と比べて、波音もしなければ、機関音も轟かず、汽笛や喇叭も響かない。

 そのぶん、注意喚起のためもあって、宇宙港周辺における各艦の船体表面には投影素子による高視認性ハイ・ビジリティ表示が施されている。

 高視認性表示の内容は各プレイヤーの裁量範囲であり、雅人の<畝傍>なら純白の船体に赤いストリームライン、シェフチェンコ艦長の<スタロスヴィツカ>なら青と黄色のツートンカラーといった具合だ。

 これは艦隊集合後、低視認性ロー・ビジリティ表示に切り替えられる。

 このような無音環境のなか―――

 多くのプレイヤーは、「景気づけ」のために出港時の艦橋内で音楽を流す。

 雅人が、各星系で発行されているプレイヤー向けのデジタル報道の特集記事を以前に眺めたところ、日本人プレイヤーに最も人気であるのは、明治期に作曲された行進曲であるという。

 彼の母国の海軍、その後を受け継いだ海上防衛組織の、代名詞になっているような曲だ。

 しかし、彼はそれを使わなかった。

 少しばかり自身の立ち位置について捻くれた定義を持っていた彼は、作曲家瀬戸口藤吉の手に依るその曲を、日本で最も素晴らしい行進曲であると認めつつ、

「あの曲は“本物の艦乗り”にこそ相応しいものだよ」

 自身が使用しない理由を、以前ジギーに語ったことがある。  

 彼が選んだのは、二一世紀の彼自身が生まれるよりずっと以前に放送されていた、テレビ時代劇のテーマ曲だった。

 一九七〇年代にシリーズ最初の一作が作られたもので、それまでの時代劇の主流であった勧善懲悪物とは違っている。

 主人公たちは、「」。  

 トランペットを多用したテーマ曲を気に入っていた。

 雅人が特に気に入っていたのは、シリーズ後半の作風を決定づけた作品のものだ。

 彼はいつもの習慣で、軽快なテーマ曲の流れる艦橋内の、艦長席から左右を見渡した。

 パルティア星系の宇宙は、少し暗みが深い。

 紫色がかった宙は、人によっては不安を覚えるほど。

 ただし彼は、そんな感情とは無縁だった。

 左側の副長席に座ったジギーの、髪を結んだ姿に、己の相棒は髪を纏めていても解いていても似合うな、などと思ったあと、

「暗闇に仕掛けるんだ。プレイヤーにはぴったりの曲だろう?」

 そんな事を言った。



(続)

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