第3話 分かれ争う家

「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ」

 ―――「ルカによる福音書」一二章五一節




「艦長会合をやりたい」

 という連絡を、戦艦<デヴァスタシオン>のルイ・デュヴァル艦長から受け取ったとき、私は少しばかり驚いた。

 妨害や管制下にある宙域ならともかく、宇宙港内では傍受対策を施した艦隊内通信も使える。艦隊を組む各艦長を実際に集めて打ち合わせをやるという行為は、プレイヤー間では大袈裟な真似と捉えられることが多いのだ。

 どう例えれば良いか、二一世紀世界で「オフ会」と呼ばれているものに近い感覚がある。しかも、今少し堅苦しい。

 だが私は、彼の提案を好意的に受け取った。

 しっかりと艦長会合をやる艦隊には、信頼の置ける場合が多いのだ。

 雰囲気が良く、連繋が取れており、生存率も高い―――

 私は参加を了承し、鍔に金モールで飾り縫いのある佐官用ブルートップの制帽ピークト・キャップ、大佐の袖章付きダブルブレストの上衣ブルー・リーファー・ジャケット、トラウザーズ、ブラックシューズといういつもの姿に、拳銃を革嚢で帯び、肩章付きのダブルブレスト外套をひっかけた。

 第二次大戦期の英国海軍風に仕立ててあるが、私たちは正式には軍人ではなく軍属に近い存在なので、プレイヤー間で特に何か決まりのある服装というわけではない。

 何を着ていようと構わない、軍服や制服仕立てにするなら<連邦>指定の階級章や帽章を使っていればそれで良い、というほど、この世界は自由だ。

 普段は私も、ちかごろプレイヤー間で流行りのクラシカル・リバイバル・ブームに乗って、アイクジャケット風の艦上戦闘服ワーキング・バトル・ドレスやコマンドセーターでいることが多いが、ダブルブレストの上衣ならフォーマルな外出着にも見られるので、今日はそちらを選んだ。

 拳銃は、何年か前の誕生日に、ジギーが見立てて贈ってくれたものだ。

 ミネルヴァBP670―――という。

 この世界の、石油化学系ではない最新のポリマー素材をフレームに使った、レーザービーム式。

 グリップに掌紋認証が仕込まれ、幾らか出力形式の選べる、護身用としては最高級品である。

 意外なことに、二一世紀で想像されていたようなSFチックな見かけはしていない。随分と軽く、反動もないが、あの世界でも存在していそうな外観だ。

 どの道、私が撃っても当たるものではないから、まあ、身だしなみのようなものだ。威力設定も、麻痺モードパラライザーにしてある。

「雅人」

「うん」

 私は、艦長公室の扉をノックして現れたジギーを見つめた。

 ミディアムブロンドの髪は後ろで纏めている。結んでいようと解いていようと、どちらも似合うが、凛々しさがあるのは前者だ。

 彼女にも、私と同じダブルブレストの制服姿をさせてあった。女性士官用の佐官制帽を被り、右肩からはPAIを示す銀の飾緒。膝上丈のタイトスカート。バックシームのあるストッキング。ローファー。腰には私と揃いの護身用拳銃が収まったホルスター。

 どうかしら、と挑むようにグレイの瞳をうかがわせる彼女に、

「いいな。とてもいい」

 ちょっとばかり艶めかしく思えるのは、昨夜は彼女と楽しく―――それはもう楽しく過ごさせてもらった為だろう。

 袖の階級は少佐。正確には少佐相当。

 そもそも、私たちの階級は単純に軍のものに直訳していいかどうか、迷うところがある。

 <連邦>の正規軍は組織としてまるで別個に存在しており、基本的には全てのプレイヤーは平等で、それぞれが「一国一城の主」、「個人事業主」の集まりであるような実態を思うと、「船長キャプテン」と「一等航海士チーフ・オフィサー」と自称するほうが相応しいかもしれない。

 我が<畝傍>も、巡洋艦に相当するクラスを使っているだけで、軍艦というより個人所有の船舶であるように思う。

 その点で言えば、プレイヤー商会もまた「共同組合」とでも称するほうが正確である。いやまあ、ガチガチに給料制でやっているところもあるが。少なくともG&Bはそうではない、と聞いている。

 私自身も、軍人であるというような自覚も無かった。営業実態は「何でも屋」だから、傭兵というのとも少し違うだろう。

 腕時計を眺めた。

 ちょうどいい頃合いだ。

 PB三六バースに着けた<畝傍>右舷スターボード側の、習慣的に舷門と呼ばれているハッチから、二一世紀の空港にあるボーディング・ブリッジに似た構造の可動式通路を通り、パルティア宇宙港に降りる。

 予約しておいた、無人式ロボットタクシーがもう来ていた。

 なにしろパルティア宇宙港は、全幅約三〇キロ、高さ約一〇キロ、奥行約六キロメートルの外寸に収まった多層構造物だ。艦船を接岸できるバースの数は、大小合わせて三〇〇以上。

 作業及び居住面積だけでも、二一世紀日本の地方都市に匹敵する面積がある。移動にはタクシーを使うのだ。

 宇宙港内連絡用のものだから、惑星地上で使っているものほど大きくはない。四人も乗れればいい程度の規格一杯に、曲線を帯びた四角い車体。防塵タイヤ式で、動力は燃料電池だ。

 通信装置兼翻訳機、個人認証機器にしてデジタル通貨のウォレットでもある私の腕時計と反応して、静かにドアが観音開きになり、車体前後に向かい合うかたちで設えられたソファ状のシートに、ジギーと乗り込む。

 ポーンといった小さな電子音のあと、

「第一六会議施設で目的地にお間違えはありませんか?」 

 ロボットタクシーが流暢な日本語で尋ねてきた。

「うん。よろしく」

「承りました」

 静かに、滑り出るように、黒のボディを基調に深いオレンジの配色をした外観のタクシーは発進した。

 ―――なんとまあ。

 何度利用してみても、便利な世界になったものだと思う。

 意外というべきか、納得も得るというべきか。基本的な仕組みが出来上がったのは、かなり‟古い”そうだ。私の時代から、ほんの一歩か二歩という頃らしい。車体や燃料電池、センサー、AIや管制システムといったものが随分と進化しているだけである。

 人間の発想は、これほど時代を経てもあまり変わらないものだ、とも感じる。

 向かい合う座席構造に依る車内の雰囲気は、何処か、ヨーロッパの箱型馬車や鉄道車両のコンパートメントも思わせたからだ。

 いや、まあ、座席のクッションは素晴らしいけれど。まるで、「人を駄目にするソファ」だ。

「お客様。パルティア観光の御予定はございませんか?」

「うん? ああ、そう言えば、まだ降りてみてはいないな」

「おや、パルティアは良いところですよ。名物料理は牛やラムのスライスしたヒレ肉を焼いたもの。大麦とトマトのスープも結構なものです。高級リゾートや、人工湖もございます。ご来訪の折には、シャトルをどうぞ」

「そうか。ありがとう、考えておくよ」

「どういたしまして」

 前言撤回。本当に便利なものだ。

 私は、車窓を眺めた。

 港湾区画を除いて一G重力環境に置かれた構内通路は、このロボットタクシーの車幅でいえば六台分ほどだ。

 車体まるごと乗降できるエレベーターで到着した、メイン区画にあたる三層目には、商店やレストラン、貿易会社や保険会社があり、銀行やホテルもある。皆、パルティア資本かプレイヤー商会経営だ。

「目的地周辺です。お気をつけて御降車下さい」

「うん、ありがとう」

 ウォレットからは、自動的に料金が支払われている。港内何処までいっても、銀河統一通貨で〇・五リブラだ。

 目の前の、かなり大きな事務所を眺める。

 目的地、港湾管理局だ。

 プレイヤーに貸し出しもしている、会議用施設がある―――


 

 三〇名ほどが座れる中規模会議室には、もう八名の艦長とそれぞれのPAIが到着していた。

「やあ、マサト。よく来てくれた」

「やあ、ルイ。お招きありがとう」

 戦艦<デヴァスタシオン>のデュバル艦長が迎えてくれた。

 握手する。

 静かに、人生の酸いも甘さも知り抜いたような笑顔を浮かべる、蜂蜜色の頭髪と口髭のある洒落男だ。

 パルティアの会戦や、あの試験、入社に関するあれこれで何度か出会っており、もうファーストネームで呼び合える程度にはなっている。

 彼のPAIである、マルトもいた。

 美しく、かつ、ちょっと目尻の下がった可愛らしい顔立ちをした、ショコラブラウンの髪と濃いブルーの瞳を持つ女性型だ。

 手の甲にキスの真似事をするほど気障ではないから、握手で挨拶する。こちらのジギーも挨拶を済ませていた。

「おお、おお! マサト!」

 歓声を上げ、大きく肩を広げた巨躯の全身全霊で握手してきたのは、駆逐艦<ロックハンプトン>のデイヴィット・ネーピア艦長。 

 赤毛の、髭面。熊のぬいぐるみを思わせる、気のいい男だ。

 パルティアの会戦で、機関部を撃ち抜かれて弱っているところに遭遇したので、曳航して戻ってきた。

「あのときは、本当に助かった」

「なんの、終わりよければ全て良しだよ」

 私は、恩を売るような真似は得意ではなかったので、困ったときは相互いのことさ、と済ませた。

 すると、彼の隣にいた男が、

「デイヴィット。彼がお前を助けたサムライかい? 紹介してくれないか」

 と、振り向いた。

 巡洋艦<オベロン>のスタンリー艦長だそうだ。連れているPAIの名は、パック。

 冗談めかしてはいたが、人種や国籍について揶揄うようなところはない。

「<畝傍>のアサヒナです。マサトと呼んでもらえれば嬉しい」

 と握手に応じてから、腰から実際には携えていない刀を両手に掲げ、大袈裟にお辞儀をする演技をした。

 彼らは目を丸くし、ついで吹き出し、いいな、とてもいいといった様子で、肩を叩き合い、笑う。

 海外における無茶苦茶な東洋感に迎合しているようでもあるのだが、実際のところ、彼らと付き合うときにこんな真似は大いにウケるのだ。

 また別の駆逐艦の艦長は、

「ウネビ? これはまた、どえらい名を着けたもんだな」

 どうやら由来を知っているらしい様子を見せた。

 <DIVA>の出身者には、ゲームの内容が内容であるから、艦船ファンやSFファンが多い。彼らの艦名を見ても分かる。

 私が、自艦に<畝傍>という名を着けたのも、この辺りに起因する。

 他者と、決して被っていない艦名にしたかったのだ。

 なにしろマニアばかりだという事実は、艦名の人気にも偏りが出る、ということだ。

 以前「ジェーン」のデータベースを眺めてみた限り、日本で軍艦といえば誰もが思い浮かべる某巨大戦艦や、米国で空母やドラマの宇宙空母として極めて有名な艦名は、何とそれぞれ二〇〇隻近くいる。

 誰かの艦橋ディスプレイに私の艦が識別されたとき、「第163大和」などと表示されるのは真っ平御免だったのだ。他者様の趣味は尊重するが、これではあの美しい艦がまるで底曳漁船だ。

 しかしそれにしても、明治日本海軍の、回航途上で行方不明になった巡洋艦の名を知っている奴は本当に珍しい。

 某艦長の口調と表情には、悪意は無さそうだが、「辿り着けるのかよ」といった響きがあった。

 他者の艦名やPAIを表立って揶揄う奴は、少しばかり警戒を要する。

「まあ、大丈夫なんじゃないか―――」

 私は悠然と構えて見えるように願いつつ、素早く脳内で回答を練り上げ、某艦長ではなくスタンリー艦長へと自然な仕草で頷き、

「スタンリー氏がいるなら、もし私がヘマをしでかして何処かで迷っても、きっと見つけてくれるに違いない」

 と、感情的反発を買わないかたちで、やりとげた。

 <オベロン>艦長は再び目を丸くし、破顔すると、

「迷うなら、アフリカ内にしてくれよ」

 どうやら冗句を理解してくれたようだ。

 うん。よかった。

 ―――「貴方は、リヴィングストン博士ではありませんか?」

 一九世紀、アフリカ大陸で行方不明になったリヴィングストン探検隊を発見した探検家にしてジャーナリストの名前が、スタンリー氏だ。

 どうやらスタンリー艦長の母国でもある英国の慣用句だが、名の一致は偶然だろうし、言葉の成り立ちまで彼が知っているか、ちょっと不安だったのだ。

 しかし上手く行ったようだ。

 少なくとも彼らはこれで、私が救助した相手に過剰な恩を売るような男ではないこと、冗談を解する男であるということ、笑いのネタには卑屈でない程度に自らを使うことを理解してくれただろう。

 失礼な態度に出る奴には、やんわりと躱す能力があることも。

「皆、談笑中のところすまん。任務説明を始めさせてくれ」

 ルイが言い、私たちは会議室に割り振られた自席に着いた―――



 プレイヤー商会としては中堅どころであるG&B商会が、このパルティア星系に集結させた艦艇は、戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦六隻。

 各艦長が、ルイに注目した。

「皆、知っての通り、このパルティア星系では過去四年、戦闘が継続している―――」

 事実だ。

 地球人類の政府<連邦フェデラル>。

 これに対抗する<同盟アライアンス>。

 二つの人類勢力が戦争を始めて、もう五〇年以上になる―――らしい。

 切っ掛けは色々とあったようだが、一つ挙げるとすれば「自由」と「権利」に対する解釈の相違のようなもの、だという。

「互いに、一歩も引かず。プレイヤー同士を投入して、獲って獲られての繰り返しだ」

 では、なぜ<連邦>と<同盟>は自ら直接争わないのか。

 理由は、大まかに言って二つある。

 一つには、人類の、あの宇宙進出方法が関係していた。

 地球動植物の種子を運び、何処でも地球と同じように暮らしていけるようにした、というアレである。

 この進出方法をやり始めたとき、まだワープ航法は生み出されていなかった。人間自体は冷凍睡眠と、遺伝子操作まで含めたアンチエイジング技術を使って宇宙を渡ったそうだ。

 しかし植民各星系到着から何世代か同じ行為を繰り返したとき、初期のアンチエイジング技術には重大な欠陥があることが判明した。

 確かに地球人類は年齢を重ねても老化しなくなったが、出生率が大幅に減少したのだ。

 おまけに、施術以降の体では、どうやらこれ以上の宇宙飛行をやるには危険なことが分かった。宇宙空間で長期間に渡って宇宙線を浴びると重大な影響があるのはとっくに判明していたことだが、これが増幅されるような「進化」をやってしまったわけだ。

 しかも、である―――

 そもそも何故、地球人類は動植物の種子まで抱えて宇宙に進出したのか。

 西暦二一世紀の末ごろ、地球を滅ぼしかけるほどの終末戦争をやってしまったから、なのだという。二七世紀のいまでは、これは初めて知ったときショックを受けないでもなかったが、地球は完全な廃墟惑星である。

 つまり、地球人類の宇宙進出とは、生存と存亡を賭けた必死の行為だったのだ。

 故郷に代わる世界を、というわけだ。

 地球人類には、

「二度と戦争はやれない。全ては生存のため」

 という教訓が残った。

 思想的に、徹底して刷り込まれるまでに人類皆がそれを噛みしめた。

 ところが。

 築きあげたはずのユートピアは、脆くも崩れ去る。

 <連邦>が分裂し、<同盟>が生まれ、ついに何世紀ぶりという人類同士の戦争が、しかも宇宙規模で起きてしまったわけだ。 

 最初のころは、無人艦や自律式兵器を使い、次いでクローンや、抗加齢遺伝子処理済のアンドロイドを用いた。いまのPAIに使用されている技術の原型だ。

 ところがこれも、とある理由で先は無いと分かり―――

 いったい何処のどいつかは知らないが、では「過去の世界から、宇宙を飛んでくれる奴、戦いをやれるような野蛮な“原始人”を連れてこよう」と思いついたのだという。

 ワープ航法技術として生まれた、重力を用いた次元操作なら時間跳躍―――過去への干渉がやれるから、と。

 最初に<連邦>がそれを始め、<同盟>が後に続いた。

 まるでゲームのようなものだから、たくさんのルールも出来た。

 ―――酷い話だ。

 そうやって集められたプレイヤー同士が宇宙航行の中心を担い、戦争を継続して、もう二〇年になる。

 いまや宇宙空間は、我らとPAIたちのもの。

 苛烈さは、私たちプレイヤーが参加してから増した。

 とんだ「平和の使者」である。

 傭兵隊長ヴァレンシュタインも吃驚だろう。

 被害者ぶるつもりは毛頭ない。

 むしろ楽しんでいる。

 ここは、少なくとも私を必要としてくれている―――

「そこで<連邦>政府は、先の会戦の勝利に乗じ、少なくともこのパルティア星系の帰趨を決定付けるため―――」

 ルイは告げた。

「パルティア5の軌道上にある小惑星、5-3の<同盟>拠点を徹底的に叩くことにした。残存艦艇を、強力な一個艦隊を以て誘引。撃破ののち、別艦隊を以て5-3の泊地を強襲する」

「・・・私たちの任務は、どちら?―――と聞くまでも無さそうね。我が商会の規模から言って」

 巡洋艦<スタロスヴィツカ>の、気の強そうな女性艦長が片眉を上げて言った。

 確かタティアナ・シェフチェンコといったか。

 ルイは頷く。

「うん。G&Bは、泊地への殴り込み任務を引き受けた」



(続)

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