12版 干物女
ドタバタ降版。
──本当に散々な一日だった。
午前三時。会社のタクシーで自宅マンションに帰宅した。玄関のドアを開けた瞬間、
「疲れダァァ」
二十五歳の女子とは思えぬ低い声が、1LDK物件の狭い廊下に響く。
決まった時間に出勤して、紙面を組んで帰宅する。毎日が同じことの繰り返しだ。
洗面所に直行し、コンタクトを外す。クレンジングオイルでメイクを落とし、べっこう柄の丸メガネをかけて視力を取り戻すと、足元に視線を這わせた。
出勤の際に脱ぎ捨てたままの部屋着が、この脱ぎ捨てられた服の山のどこかにあるはずだ。
──おお、あったあった。
お目当てを見つけて手に取る。
クンクン──。においチェック。
「まだイケる」
自堕落な生活を正当化するように独りごちて袖を通す。
彼氏もいない。だから、部屋着だって、ジェラートピケなんかの可愛らしいものは着ない。
長野県立聖凛高校陸上部。そうデカデカと書かれた青色のジャージが桃果の部屋着だ。
「くぅ、美味しい」
洗面所同様に、散らかり放題のリビングルーム。キンキンに冷えたビールを缶のまま胃に流し込んだ瞬間、ジャージ姿の桃果は叫ぶ。
ソファの上で
グビグビ──。喉が鳴る。アルコールは、嫌なことを忘れさせてくれる魔法の飲み物だ。このひと時のために、生きていると言っても過言ではない。
二杯目からは、芋焼酎のお湯割りに切り替える。チータラとアタリメとの相性は抜群だ。グッと奥歯でアタリメを噛みちぎってから、再度叫ぶ。
「くぅ、たまんないなぁ」
凄まじいやさぐれ感である。
──長野の両親が今の私を見たら泣くだろうな。
桃果は自嘲する。
胃が酒と食べ物で満たされると、今度は体がニコチンを欲してくる。会社では一切吸わないが、実は桃果は隠れ喫煙者だ。
ローテーブル上の「Peace」と書かれた黒色の丸い缶に手を伸ばす。タバコを一本取り出し口に加えると、慣れた手つきで、龍の刻印の入ったZippoのライターで点火する。
煙を肺の中に染み渡るように一旦溜め込む。ニコチンが浸透したのを確かめてから、天井に紫煙を吐き出した。リビングの壁紙のヤニ汚れによる黄ばみ。それが桃果のヘビースモーカーぶりを如実に表していた。
二年前。整理部行きが決まったあの日。自暴自棄となって、桃果は人生で初めてタバコを吸った。そして、辞められなくなった。
出稿部記者時代のネタを掴んだ時に胸中で膨張するようなあの快感。整理部員となり得られなくなったその快感の穴をタバコは埋めてくれた。
紫煙が天井にぶつかり、キッチンの換気扇の方にゆっくりと移動していく。そんな煙の流れをぼんやり見上げながらポツリ吐く。
「早く転職先を見つけなきゃ」
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