未配達新聞: グラヴィティ・タイムズ
牧野大寧
表参道オーバードーズ
彼の名前は三浦翔太、29歳。今日はまちにまった日だ。数年前になかまたちと起業した会社がこの一年でようやくすごい月間収益を叩きだすようになり、半年まえ、大企業から買収のさそいがかかった。何年も会社のことだけを考えつづけ、ほしいものを買わないように我慢していた翔太は、ついに先日おおきな金を手にした。
ほしかった時計や服を買いにいくため、翔太は表参道のケヤキ並木をあるいている。精力をもてあますあぶらぎった短パンたちや、上下を黒にそろえたミディアムボブたちが、異様な親しさをもった店員に見送られながら、意気揚々と店をあとにするのを見かけた翔太は、ぼくも早くあれになりたいと思った。表参道とは、明治神宮への参道である大通りをさす地名だが、いまや人々が参拝するのは神道の神々ではない。高級ブランド店とヘアサロンの美容師である。
翔太はめあての店に入るなりうやうやしい店員に出迎えられていい感じの気分になった。じつはほしい時計は決まっていたのだが、気負ったふうには見られたくなかったので、しばらく店員と話をする。そろそろ買ってもいいかなというところで、翔太はいま決心しましたというかんじをだしながらほしい時計を店員に伝えた。クレジットカードで支払いをすませ、すぐに時計を付けていくかと店員に尋ねられた翔太はうなずく。翔太の左腕にはタグ・ホイヤーの時計が輝いた。そして店員は店のそとまでちゃんと見送りをしてくれたので、翔太は満足した。
翔太は次々にブランド店をはしごしてアイテムを購入した。BALENCIAGA、LOWE、DIOR、GUCCI、Alexander McQueen、Saint Laurent、Bottega Veneta、VALENTINO、Ralph Lauren。
Apple Watchがほしくなった翔太は、Appleストアへと向かう。支払いをすませてその場でApple Watchをつけていこうと思った翔太だが、左手を見るとすでにタグ・ホイヤーがついている。翔太はどうしてもどちらの時計もつけて帰りたい気分だった。しかし時計は左手に一つだけつけるものである。翔太はそう思っている。
どうしようか考えていると、翔太の左の肩のつけねがむずむずしはじめた。かゆくてたまらず翔太が肩をかくと、つけねの部分がやわらかい木みたいに裂けだした。しかし翔太はとにかくかゆくてたまらなかったのでかゆい部分をかきつづけると、なんと肩から指のさきまで腕が一直線に裂けきってしまった。不思議なことに、裂けて二つになった腕はみるみるうちに治って、そこには二本の左腕があった。これでApple Watchもつけられるではないか。二本の腕に二本の時計が輝いた。
それから翔太がファッションアイテムを身につけるたび、体のパーツがどんどん分裂するようになった。ネックレスをつければ首が増え、ジャケットをはおれば上半身が増える。着たい服は全部着て、つけたいアクセサリは全部つけた。なぜならお金はいくらでもあったからだ。
表参道を自信満々で闊歩する翔太の体は次のようだった。28本の腕、72の胴体、56対の両脚、80の顔、リングをつけるための無数の指、靴をはくための追加の12の足、メンズ化粧品を塗るための拡張された素肌面積、メガネをかけた眼球群。
翔太の体は次にストリートファッションの聖地、裏原に向かった。翔太の服の購入と着用はとどまることをしらず、もはや服を着るというよりも服を飲みこむといったかんじであった。翔太の体は巨大な球形にどんどんちかくなっていき、すでに歩くことがむずかしくなっていた翔太は、いまや道をころがる大玉だ。
店の前に翔太がやってくるのを見たアパレル店員たちは、お金をうけとりもせずに次々とファッションアイテムを翔太に捧げた。
翔太が竹下通りの入り口についたとき、全ての若者、観光客、客引きたちは神聖なるものがやってくることを予期して道を開けた。服飾学的な常識をはるかに超えた量のファッションアイテムをみにまとった翔太は、巨大な体によって路面のアパレル店を建物ごとけずりとって吸収していく。
翔太の体は原宿駅をこえて明治神宮へところがっていった。参拝するのではない。いまや翔太自身が祀られるべき神だった。
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