猫はあなたと陽だまりで

猫戸ヤマメ

第1話

――。

 体が動かない。流れた血が固まって、自慢の毛がガサガサになってしまった。


(私はここで死ぬんだろう。せめて、母さまが褒めてくれたこの毛くらいは、きれいにして死にたいけど……)


 母さまは、私が小さい頃に黄色のものくるまに吹き飛ばされてあっけなく死んだ。父さまは、母さまと子を成してからすぐにいなくなったそうだ。

 子だった私は親をうしない、大変だったけど、なんとか生きてきた。


(それも、これまでだよね。……体が痛む。ああ)



「ウオオサムイイイ! ハヨカエッテ――ン?」


 何かが近寄ってくる音がする。目で見ようとしたが、目蓋が開かない。


(……このにおいは、あの大きな生きものにんげん


 あの大きな生きものにんげんは嫌いだ。あれのメスはきゃーきゃーと奇声をあげて私の体を触ろうするし、あれの子どもは私のひげを引っ張り、痛いと言ってもやめてくれないし。だから私はあれらが近づいてきたら逃げるようにしていた。


「アー、ケガシテンノカ?」


 いつものように逃げたいところだけど、体が動かない。


「……ムネガジョウゲシテッカラコキュウハアルナ。チカクニドウブツビョウインアッタッケ」


 この者は何事かをわめいている。どうせ死ぬなら静かに死なせてほしいのに。


「イマスンデルトコ、ペットキンシナンダヨナア……マアナントカナルカ。ウッシ、ソウトキマレバ――オカラダニサワルマスヨット」



(っ! やめて! 痛い!)

「ミャ……ァ……」


 この者は横たわる私を持ち上げ、動き始めた。目が見えないからわからないけど、たぶんどこかへ歩いている。


(お願いっ……放して……)

「……ミィ……ミャ……」


 死にかけの私に対してこんな……やっぱりにんげんあの大きな生きものは、嫌いだ。


「イマビョウインヘツレテッテヤッカラナ。チョットガマンシテクレヨ」



――。

(……あれ)


 目が覚めた。どうやら気を失っていたみたいだ。

 なんだか頭が働かない。私は何をしていたんだっけ。


(たしか、あの者に連れられて……うん? このにおいはなに――)


「いやだ」

「こわい」

「いたい」


 周囲に注意を向けると、この場のにおいが鼻にツンと刺さると同時に、同族たちの泣き声が聞こえてきた。


(なんなのここは!?)


 泣く声が絶え間なく聞こえてくる。


 こんなにひどい場所があるのか。私はなんてところに連れてこられたんだ。


「――エエ、ワカリマシタ。ハイ」


 あの者の声がした。どうやら近くにいるようだ。


「エイヨウガタリナクテ、ブッタオレテタダケデ、ケガハタイシタコトナイッテサ。ヨカッタナ」


 なにか言っている。


「チョットニュウインシテモラウコトニナルケド、チョットダカラダイジョウブダ。タイインビニナッタラマタクルナ。……ソレデハヨロシクオネガイシマス」



 私はこれからどうなってしまうんだろう……。

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