寂しいと思っているのも、知ってるんだから。
小説大好き!
第1話
「本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ほら、僕の体が丈夫なのはわかってるでしょ?」
「でも……」
「いいから気にしないで。寝たらすぐに治るよ」
母さんは心配しすぎだよ。僕は体だけは丈夫なんだから。
母さんの背中をぐいぐい押して玄関の外へと連れ出す。
最後まで心配そうにしていた母さんだったが、結局「じゃあ、きつくなったらすぐに呼ぶんだよ」と言って、車へと向かっていった。
よしこれで一人になったんだし……静かに寝るとするか。
少しだけ重たく感じる体を引きずって部屋へと引き返す。
……………………。
静かだなー。
いつもはわーわーきゃーきゃーちび怪獣たちがはしゃいでいるというのに……こんなに静かなのなんていつぶりだっけ?
本当に、静寂なんているぶりだろう。
「あーあーあー」
何となく声をだしてみる。
思ったよりも楽しくてあーあー何度も言ってみる。
咳が出た。
「……ごほっ。ふぅ……あ、学校に電話しよ」
最近持ったためにあまり持ち歩かない携帯を探し、部屋に戻って……あれ、どこに置いたっけ?
確か枕元の机の上に置いた気がするけど……。
探してみるもやはり見つからず頭を捻る。
とりあえず見える範囲にはいないので見えない範囲を探すことにする。
「ふふふ、我が心眼を誤魔化せると思ったか。――ここだ!」
いつもは絶対にできない――ちびたちがマネする――布団の端を両手で掴んで思いっきり翻すあれをやる。
案の定、埃が舞って少し咳が出る中、布団の中を眺める……が。
「あれ? ごほっ、ここにもない……ごほっ」
とりあえず窓を開けよう。
部屋の窓を開けて換気をしながら困った携帯を探す旅に出ようとリビングへ向かい……ふと、ポケットに違和感を感じて手を突っ込んでみる。
そこにはいつも通り、ふてぶてしく黒い画面を見せる我がスマートフォンが眠っていた。
……この仕方ないやつめ。
八つ当たりの一つしたいところだが、こいつは繊細なのだ。雑に扱おうものならすぐにへそを曲げてしまう。
なのでとりあえず一旦を怒りを抑え、暗記しているあまり多くない番号の一つ――宛先『学校』へと電話かける。
「はい、少し体調が悪くて――はい、では――あ、お願いします」
電話を切り、重大ミッションをクリアした達成感にため息を漏らす。
いやー、電話をするときって緊張するよね。
「よし。……今度こそ寝よ」
すぐ傍にあったベッドの上へと寝転がる。
部屋が静かという貴重なシチュエーションにテンションが上がっていたが、おかげでちょっと熱が上がったかもしれない。
まあでも、そんなにきつくもないし、いつも通り寝たら治るかな。
一人静かに目を閉じる。
世界は真っ暗闇となり、やがてすべてが暗転した。
目を覚ました途端、腰が悲鳴を上げる。
寝る瞬間、足が少しベッドから出てたことを思い出して、慌てて起き上がろうとし、自分の異変に気付く。
あれ、熱上がったかな……?
体の重さが増してる気がする。
「まさか寝てる間に体重が……って、それはないか」
とりあえず、強烈に悲鳴を上げている腰を休ませるためにゆっくりと体を起こし、ベッドに正しく横たえてあげる。
再びのミッション完了にため息を吐く。
……………………。
「…………」
湧き上がる好奇心。
伊達に高校生を健康優良児として過ごしていない。よって、高校生になってこの方一度も熱が出ていないのだ。
果たして。
「今、熱何度だろ」
体温計体温計~、と再び机の上を探すが一度も持ってきた覚えがないのであるわけがない。
暫く風邪を引いてないとは言っても、なんだかんだしみついた条件反射というものは拭えないようで。
「おーい、誰か体温計を……」
言葉が尻すぼみになる。
そういえば誰もいないんだった。
仕方ない、自分で取りに行くかー、と未だキリキリと痛む腰を持ち上げようとし……やっぱり痛いのでやめることにする。
「くっそー……」
潰えた夢にしょぼんとするが……仕方ないものは仕方がない。
大人しく寝て、体を休めることにしよう。
再度訪れる静寂。
シーンを通り越してキーンと鳴り始める世界。
「…………」
もぞもぞと体を動かして居心地を整えて再び世界は真っ暗闇に包まれた。
キーンコーン。
響き渡るベルの音に目を覚ます。
時計を見るとまだ四時ちょっと。ちびやお母さんが帰ってくるのにはまだ少し早い時間だ。
「あれー、誰だろ」
体を起こそうとし、腰に走るだろう痛みに一瞬だけ身構えるが……無事に治ってたらしい。
ちょっといい気分になって床へと足をつける。
そして立ち上がろうとし……再びの違和感。
「あれ、また熱上がってるかも……」
珍しい。いつもは寝たらすぐに治るのだが……あれ、ちょっとやばいやつかな?
ただまあ、動けないほどきついわけではないので再びキンコン言う鈴に「はーい。ごほっ」と返事を返し、マスクをつけて玄関口に向かう。
覗き穴を見るのは少し面倒なので、不注意なのは承知の上でそのまま少しずつ扉を開ける。
「はい、どちらさま、でしょう……か……?」
扉を開けたらそこには美少女がいた。
少しだけ茶色がかった髪をボブヘアにし、スレンダーな体を制服に包んだにこにこの彼女は僕の幼馴染の遥だ。
遥は今日は苦笑、といった感じの笑みを浮かべて玄関前に立っている。
「こら、きついなら出てこないでもいいのに」
「いやでも、呼び出したのは遥でしょ?」
「いやーそうなんだけどね? 合鍵は持ってるけど一応鳴らしとこうかなと」
「おかげで起こされたよ。……まあ、そんなにきつくないから大丈夫」
「うそ。結構きついでしょ」
そういうと遥は僕を押しのけてずかずかと部屋に入ってくる。
風邪がうつるよ、と言ってもどこ吹く風だ。
……決してダジャレではない。
誰にかはわからないが、何となく言い訳をしてみる。
そんな僕のことは放っておいて、奥の方から遥が「ほら、こっち来なさい」と声をかけてくる。
これではどっちが家主かわかったもんじゃない。
まあ、僕も「はーい」と言って歩き出すんだけれども。
リビングに行くと、遥がテーブルの上にコンビニ袋を広げていた。
「何これ、僕へのお土産?」
「うん冥土の土産」
「え、僕死ぬの?」
そんなやり取りを交わしながら袋の中を覗き込む。
そこには食べやすいように配慮してか、ゼリーが入っていた。
「……遥」
「何?」
「……僕、みかん好きじゃないんだけど」
「知ってる」
「じゃあなんでわざわざみかん味買ってくるのさ!」
「ビタミンを取りなさいビタミンを。風邪引きさんなんだから文句言わない」
理不尽だ、と呟きながら台所からスプーンを取ってくる。
二人分のスプーンを持ってテーブルに戻ろうとすると、台所に遥が入ってきた。
「なんでスプーン二つ持ってるの?」
「遥と分けようかなと」
「残念、苦手なものを押し付けようとしてもそうはいかないよ。……さっきケーキ食べてきてお腹一杯」
「え、僕の分は?」
「追加のみかんほしい?」
うわー、遥の裏切り者。
流石に酷いと思う。僕は苦手なみかんで、遥はケーキなんて……。
「早く風邪を治しなさい。それより、台所勝手に使っていい?」
「ぐすん……。ふん、別にいいよ」
「ああほら、風邪治したら今度連れてってあげるから……じゃあ勝手に使わせていただきます」
そういうと遥は慣れた様子で調理道具や冷蔵庫から食材を取り出していく。
時々僕の家で料理するのでもう慣れたものだろう。
え、僕はどうか? どうしてだろう、僕が料理するとダークマターになるんだ。
ずっと遥の作業を見てるのもあれなので、一人分のスプーンを食器入れに戻して再びリビングへと向かう。
椅子に座り、ゼリーの蓋を開け、両手を合わせていただきます。
一口食べると、ゼリーの甘さに混ざるようにみかんの酸味が口の中を駆け巡る。
口内を元気に駆け回る酸味に顔をしかめながら、次の一口を放り込む。
いくら苦手と言っても、四口ほど食べると多少苦手なものでも慣れるもので、後半はゼリーの甘さを感じながら食べることができた。
……みかんは酸っぱいが。
ゼリーを食べ終わり、手を合わせようとしたところ、丁度で遥が何かを作り終わって鍋をテーブルへと運んでくる。
そこには黄金に輝く卵で閉じられた白銀のおかゆがあった。
目の前の宝石から漂ってくる匂いとおいしそうな見た目に、盛大な音を立ててお腹がぐーっ、となるのが聞こえる。
それは遥にも聞こえたようだ。
「そんなにお腹すいてるの?」
「えーっと……朝ごはん以降食べてない。考えてみれば、それ以降水も飲んでないかも」
「馬鹿でしょ!? それで熱が治るわけないよ……」
「いや、僕は頑丈さが取り柄だから、寝てたらなお……」
「はいはい、私には強がらなくていいから。ほら、お腹すいてるならさっさと食べて」
強がってない、と反論したいところではあるが、小皿に分けられたおかゆの魔力には勝てる気がしなかった。
艶めかしい湯気を立て僕の視覚と嗅覚をくぎ付けにしてやまないおかゆをスプーン――さっきゼリー食べたやつ――で一杯だけ救う。
ぱくっ、はふはふ……。
「美味い」
「でしょ?」
遥はにひひと笑うと、自分もおかゆを食べだした。
あれ?
「さっきケーキ食べたんじゃないの?」
「あ、あれ嘘」
「裏切り者!」
他愛もない会話をしながら二人がかりで数分かけて全部食べ終え――遥もがっつり食った――リビングにまったりした空気が流れる。
そのまま椅子に深く腰掛けようと思ったところで、一度潰えた夢を思い出した。
「そういえば、体温計……」
「うん? そういえば熱はどれくらいなの?」
「まだ一度も測ってない」
「なんでだよ……」
うちの家ではよく小道具が消滅する。
体温計もその例にもれずよく失踪するので遥と探し回り、ソファーの下でぐっすり眠っている体温計を見つけて体温を測る。
ピピピピッ。
「…………」
「何度?」
「39.2度」
「高熱!?」
流石に自分でもびっくりするほどの体温の高さだった。
自分の熱の高さを自覚すると、途端にさっきまで気にならなかっただるさが出てくる。
立ち眩みをしたところを遥が隣に来て支える。
「遥、風邪がうつっちゃう……」
「もうこれだけ一緒にいたら変わらないよ。それより部屋行くよ」
遥に肩を借りながらゆっくりと部屋へと向かう。
部屋につくとまっすぐベッドの上に連れていかれ、そのまま寝かされた。
「ほら、安静にして」
「大丈夫だよ、僕は頑丈だから……」
「だから、私の前では取り繕わないでいいって」
遥はそういうと僕の体に布団を掛けてベッドから離れる。
リビングに戻るのかと思いきや、机の椅子を持ってくるとそのままベッドの傍に座り始めた。
辺りが静寂に包まれる。
今日は本当に静かになることが多い。
「本当は、寂しかったんでしょ?」
遥が静かに囁いてくる。
「私には強がらなくていいから。知ってるよ、おばさんや弟や妹に心配をかけたくないんでしょ?」
「………………うん」
「ふふ、私は幼馴染なんだから。例えおばさんが知らなくても、知ってることはあるんだよ」
遥は得意気に笑う。可愛い。
「知ってるよ、本当に体が丈夫なことも。でも風邪を引いたとき、心細くなるのはみんなと同じなのも。……寂しいんだったら、私が傍にいてあげる」
何それ格好いい。
遥の言葉に笑みを零す。どうやらすべてお見通しだったらしい。
静寂が嫌いだ。静かなのは好きじゃない。
もっとわーわーぎゃーぎゃー言ってて、傍を賑やかに囃してくれる存在がいて……そんな生活の方が僕の性に合っている。
……ただまあ、たまには静かに隣にいてくれる人がいたらそれはそれで最高だと思う。
「ありがとう、遥」
「何そのセリフ。死にそうだからやめて」
「……雰囲気ぶち壊しだよ」
そんなどうでもいい会話をして……気付いたら再び世界は真っ暗になっていた。
今度は耳鳴りのような音はならなかった。
翌日。
「だるい……」
「だから風邪移るよって言ったじゃん……」
遥は見事に風邪を引いてしまった。
寂しいと思っているのも、知ってるんだから。 小説大好き! @syousetu2
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