シナリオ1000/33.3333本ノック
惑星ソラリスのラストの、びしょびし...
バトルドーム
暑い日だった。
激烈な尿意に耐えかね、トイレに辿り着いた私を待っていたのは奇妙な形の小便器だった。小便器と小便器が向かい合い、更にそのペアが十字の形を成している。四つの小便器はひとつの中央部分を共有していた。昔こんな形の玩具を見たことがある。確か、バトル……。
私がしばし尿意を忘れ呆然と立ち尽くしていると、後からやってきた通勤客が続々と四つの小便器の前に立っていく。慌てて私も目の前の小便器へ移動する。
めいめいがチャックを開き、"エモノ"を取り出す。そして"エントリー"開始。凄まじい勢いで尿が中央部分へと流れていく。否、正面の相手へと直撃している。尿を掛けられたほうも負けじと応戦。空中で尿と尿がぶつかり合う。しぶきが飛び散る。スーツのズボンを濡らしていく。私も無我夢中で正面の相手の射線を読み、自身の尿をぶつける。我慢していた分、こちらの勢いが強い。やがて正面の相手は「……ははっ、こりゃ一本取られましたな」と言い、チャックを閉め、去っていく。ズボンはおろか、全身がびしょびしょである。
「うぉっ?!」
隣の客の、予期せぬ角度からの射線に思わず私は飛びのいた。こいつ、尿が二手に分かれるのか……。が、すぐさま後ろのギャラリーに押し戻される。目の前には「もう一歩前へお進みください」の文字。この"バトル"の不文律だ。私も射線を調整し応戦する。
私の尿圧は圧倒的だった。しかし流石に一分を経過したころからその勢いが明らかに弱まってきた。このままでは負ける、ズボンだけではなくスーツ全てをびしょびしょにされる────私は恐怖した。すると、
「おやっ、弱まってまいりましたな。助太刀いたしますぞ」
やや小太りの中年男性がするりと私の隣に立つや否や、私の小便器へと放尿。敵の尿を押し戻す。
「むっ、ということはこちらも応戦せねばなりませんな」
それを合図に私たちを取り囲んでいたギャラリーたちが続々と参戦していく。ひとつの小便器につきプレイヤーが二人、三人、四人、五人────。一つの小便器を共有するプレイヤーが二桁を超えたあたりから私の意識は朦朧としはじめた。
尿が放たれる。ぶつかる。拡散する。周囲に飛び散る。戦いの聖水。これは私の尿なのか、それとも彼の……。やがて尿は渦を巻いて中央へなだれ込む。歓声。悲鳴。絶叫。人の喜びと悲しみの全てがないまぜになる。濁流は川となり岩肌を削り、海へと流れる。そして気の遠くなるような年月をかけて大地の形を変える。人は生まれ、そして死ぬ。戦が起こる。病が流行る。文明が興り、亡ぶ。その螺旋階段の先で、私たちの子孫は宇宙(そら)を駆け、数多の星系へと拡がる。亡びる。遥かなる時の果て、宇宙のすべての星々は死に絶え────。
×××
「どうかしたのかい? ひどくうなされていたようだけど」
「あぁ……なにか、夢をみていたようだ……」
私は丸太船の上で目を覚ます。海の上。私たちが新たな土地を求めこの船で航海をはじめもう何日経ったのだろうか。
食糧は尽き、水は───。
「……これが最後の一滴か」
私は空になった水筒を放り投げた。
「悪い夢だったのかい?」
「いや、どうかな……なにか、とても大事なことのような気がしたけど……駄目だ。思い出せないよ」
「……よっぽど大事なことだったんだね」
ふと気が付くと、私の頬を涙がつたっている。喪失の予感。
私は何を夢見ていたんだろうか───。
海を突き破り、太陽が顔を覗かせる。新しい一日の訪れ。
「……おい、見ろよ」
私たちの前に、ついに島影がその姿を現す。
新しい、私たちの世界。
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