第282話 「ソード・オブ・マイスター」


≪ウッドソード愛好会≫の面々は、アーロンが開発した幾つもの剣技・戦技を修得している。


 彼らは【気刃】【飛刃】【重刃】【轟刃】【巨刃】【化勁刃】、そして【瞬迅】と【空歩】を修得していたが、【空歩瞬迅】と【巨刃】を用いる合技や変化技は未修得――だったのは、スタンピードまでの話。


 今では【巨刃】を含めた幾つかの合技も修めているが……それはまあ、良いだろう。


 重要なのは、これらの技が、愛好会の青年たちにとって、二線級の技に過ぎない――ということだ。


 彼らが真価を発揮するのは、これらの剣技や戦技では、断じてない。


 彼らが最も得意とし、最も長い時間使い続け、最も強く練磨してきたのは、これらの技ではないのだ。


 それは――、



 ――木剣道流木剣工技。



【ハンド・オブ・マイスター】ならぬ、【ナイフ・オブ・マイスター】とでも言うべき木剣工技であった。


 当然と言えば当然だ。


 彼らは探索者である前に、木剣職人だ。


 親方から渡された刃のない木製ナイフにオーラを纏わせて、今までずっと木剣を作り続けて来たのだ。


 他の如何なる剣技・戦技よりも、遥かに木剣工技の方が熟練度が高い。むしろ、比べ物にさえならない程に。


 だが、本当は使うつもりなどなかった。


 当然と言えば当然だ。


 料理人が調理用の包丁で人を殺すだろうか? 大工がトンカチで人の頭をカチ割るだろうか? 小説家が生モノ同人みたいなBL小説を書いて大手出版社から大々的に発売し、社会的に人を抹殺するだろうか……?


 否。断じて否である!!


 だからこそ、ゆえにこそ、彼らにとってそれは、禁じ手であったのだ。


「――皆、やるよ。今からあいつらは、木剣の素材だ」


 守りを固めた偽女神たちに視線を固定しながら、リーダーの青年が仲間たちに告げた。


 それに、仲間たちが静かに、決意を秘めた声と共に頷く。


「「「了解」」」


 直後、彼らが握る長剣を、剣技を放つ前段階とは違う、重く密度の高いオーラが覆い尽くした。


 そのオーラは密度の高さを表すように、一際強く輝いている。


 そのオーラは微かな揺らぎさえ見せず、静謐に剣の形を保っている。


 そのオーラは一見して静止しているように見えながら、しかして実際には、常に超高速で動き回っている。



 木剣道流木剣工技――【ソード・オブ・マイスター】



 を破り、彼らが持つ最高にして最強の技を発動した青年たちは、


 直後――疾走を開始した。


 ――【瞬迅】


 足裏からオーラの爆発を放ち、瞬時に最高速に達しながら駆ける。先ほどまでのように、バラバラに動くことはない。青年たちはリーダーを中心に据えた陣形を微塵も崩さず、高速でただ真っ直ぐに疾走する。


「「「――――!!」」」


 対する偽女神たちの反応も速かった。


 青年たちが行動を起こした次の瞬間には、偽女神たちは大量の触手を蠢かし、青年たちを迎撃し、あるいは捉えるために触手を伸ばす。


 繰り出される触手は速く、その数は膨大。瞬時に青年たちの前方――視界が、黒き触手で埋め尽くされた。


 だが、それでも彼らは足を止めない。


 走りながら、ただ黙って剣を振るった。



 木剣工技――【ソード・オブ・マイスター・断】



 それは、どれほど固い素材であろうと、加工するために切断するための技。これができなくては、職人として話にならない。


 対象を切断するための、彼らの中で最高最強の技。


 ゆえに――、


「「「――――!!?」」」


 スパンッ!!!


 と、彼らの剣刃に触れた瞬間、黒き触手はまるで抵抗もなく切断され、斬り飛ばされる。


 だが、それで終わりではない。双方、それで終わりではない。


 触手は膨大で、すぐに幾らでも再生する。押し寄せる触手の大波は、濁流のごとく青年たちに次々と襲いかかる。


 斬っても斬っても尽きることはないように思われる触手。


 その勢いは青年たちが剣を振るう速度に勝り、程なく、青年たちは剣を振り回す時間的余裕さえも失われる。今また触手を斬り飛ばした直後、青年たちに新たなる触手が襲いかかる。


 斬るのは間に合わない。


 しかし、防御のために自身の体と触手の間に、剣身を割り込ませることだけは、辛うじて間に合った。


 そして――それだけで十分だ。



 木剣工技――【ソード・オブ・マイスター・磨】



 それは固い木材から刃を生み出すための、あるいは曲面や平面を作り出すための、そして何より、仕上げに木剣全体を磨き上げ、滑らかな表面にするための技。


 剣身を覆った【ソード・オブ・マイスター】のオーラ、その表面は超高速で循環、回転しており、不用意に触れれば勢い良く弾かれる。


 パンッ!!! ――と。


「「「――――!?」」」


 まるで破裂音のようなけたたましい音を響かせて、偽女神たちの触手が爆発に巻き込まれたような勢いで、弾き飛ばされた。


 一瞬の空白が生まれる。


 青年たちはその隙に、さらに距離を詰めた。


 そして――跳躍。


 最初に跳躍したのは、「黒月」を持つリーダーだ。


「――――!!」


 自身の眼前に迫った青年に対して、偽女神は瞬時に【空間障壁】を展開した。


 そこへ青年は、無表情に剣を突き出す。



 木剣工技――【ソード・オブ・マイスター・削】



 それは木剣にお洒落な飾り彫りを施すための技。オーラの剣の先端は超高速で回転し、そこへ触れた如何なる素材も削り取り、美しい紋様を刻むことを可能とする。


 その威力は、青年が先に放った【重牙重轟刃・穿】の比ではなかった。


 まるで薄く脆いガラスを叩き割るように、一瞬の停滞もなく、剣は障壁を突き抜けた。


「――――!?」


 そのまま、偽女神の胸の中央に、剣が突き立つ。


 その瞬間、リーダーに続いて跳躍していた四人の青年たちが、何の躊躇いもなく手にする剣を投擲した。


 トトトトッ! と、四本の剣が障壁を失った偽女神に突き立ち――、



 集団剣技――【共鳴爆震破】



 ボパンッ!!! と、偽女神の全身が爆発四散した。


 それを見届けるより先に、剣を手放した青年たちはそれぞれのリングから新たな「黒耀」を取り出し、再び【ソード・オブ・マイスター】を展開する。


 押し寄せる触手の濁流は、しかし、先ほどまでより勢いを減じていた。


 敢えてそれらを斬り飛ばすことはせず、【ソード・オブ・マイスター・磨】で弾き飛ばしながら、同時に空中にいるため、青年たちも衝撃で弾き飛ばされる。だがそれを利用して偽女神たちから距離を取って着地し、体勢を立て直した。


 一方、偽女神たちは更なる変化を迎える。


「敵」の消耗を誘うための防御行動は失敗した。おそらくこのままでは、そう時間も掛からずに、各個撃破されてしまうだろう。


 ならば、自分たちの消耗を度外視して、攻めに転じるべきか。


 具体的には、全身全てを触手に変えて、圧倒的手数で「敵」を葬る。


 この戦場に散らばる、他の偽女神たちはそうしている。だが――青年たちと相対する偽女神たちは、それでも勝利は覚束ないと判断した。


 ゆえに、別の変化を選択する。


 その全身をぐにゃりぐにゃりと不定形に変化させると、残る三体の偽女神すべてが、一塊に纏まり、融合していく。


 そうしてグムグムと変化を終えたところで現れたのは、漆黒の巨大な球体であり、その表面には幾つもの眼球が現れていた。


 もはや人の形であった名残は、欠片も見当たらない。


 ――魔法特化融合形態。


 この状態ならば、封じられていた遠距離攻撃魔法も、何とか発動することができるだろう。


 偽女神たちはそうすべきであった。


 息吐く間もない、空間魔法での攻勢。それであれば、目の前の「敵」たちを全滅させることも可能であったかもしれない。


 だが、これまで一方的にやられ続けた経験が、偽女神たちに判断を誤らせる。発動させた魔法は、攻撃魔法ではなかった。



 空間魔法――【断界積層結界】



 攻撃を諦めたわけではない。


 自分たちと相対する「敵」に魔法使いがいない現状、結界の性質を魔力を透過するものに変えてしまえば、結界を維持しながらも攻撃魔法を放つことが可能なのだ。


 魔法使いが「敵」にいればリスクのある選択だが、いないのならばノーリスクだ。


 偽女神たちは強固な物理結界を展開した上で、改めて攻撃に集中しようと考えた。


 しかし、そのために費やした時間を、青年たちも無為に過ごしていたわけではなかった。


「――皆、【】」

「「「了解」」」


 強固な結界で守りを固めることを優先したと察した青年たちは、それを打ち破るために、自分たち――≪ウッドソード愛好会≫が使える最強の技を準備する。


 確かに彼らが個人で使える技で、最高最強の技は【ソード・オブ・マイスター】だ。


 しかし、愛好会は集団戦闘でこそ、その実力を発揮する。が使える最強の技は、【ソード・オブ・マイスター】ではない。


 無論、彼らは【閃刃】を修得していないから、【絶閃刃】は使えないが――それでも、憧れの親方の技を模倣したいという想いは、最初から強かった。


「「…………」」


 仲間たちの内、二人が前に出て剣を構え、偽女神からの攻撃を警戒する。


 そうしながら、残る三人は集まり、一本の剣を全員で握った。


 それはリーダーが持つ「黒月」だ。


 リーダーが構えた「黒月」の柄に、正確にはそれを握るリーダーの手の上に、重ねるように二人の仲間たちが手を乗せる。


 そうして全員で、「黒月」にオーラを注ぎ始めた。


 一人では持て余すオーラの制御を、三人がかりで分担して掌握する。



 木剣道流剣技――【巨刃】【重刃】

 木剣工技――【ソード・オブ・マイスター・断】


 合技にして極技……。



 リィィィイイイイイイイイインンン――ッ!!


 と、徐々に高まっていくオーラの嘶きが、鈴鳴りのような音へと変わる。


 三人が別々のオーラを組み合わせて、一つの剣技を発動する。それは言うほど簡単ではないし、普通なら不可能だ。個人としてのオリジナリティを削ぎ落とし、全員が同じ剣技・戦技を修得した愛好会の面々にしても、他者とのオーラの融合は、至難の業だった。


 だが、それが可能だということは、最初から分かっていた。先駆者がいるからだ。


 それは≪鉄壁同盟≫のユニオン・スキルがそうだ。あれは多人数のオーラを纏め、融合し、多人数で一つのスキルを使う技だ。


≪ウッドソード愛好会≫は、不完全ながら、それを模倣することに成功した。


 剣を握る三人の手に、腕に、時折裂傷が走り、鮮血が噴き出す。それは僅かに制御の緩んだオーラが、他者とのオーラで反発し、弾けては青年たちの肉体を傷つけていたのだった。


 しかし、痛みに顔をしかめることもなく、青年たちは慎重にオーラを融合し、纏め上げていく。


 そして――融合した三体の偽女神たちが結界を展開した段階で、青年たちもまた、それを完成させた。


 二人が手を離し、リーダーが前に出る。


 そうして腰を落とし、剣を振るった。



 模倣極技――【偽・絶閃刃】



 ギィイイイイイイイイイイ――ッッ!!!


 と、衝突した黒き巨大な刃と、偽女神たちが展開した結界との間で、激しい火花が散った。


 親方の【絶閃刃】であれば、一瞬とて拮抗することなく、あの結界を斬り裂いただろう。


 自分たちは、まだまだ未熟だ。


 そう思いながらも、リーダーは口の端に笑みを浮かべる。何はともあれ、一人の力ではなくパーティーとしての力だが、これで親方の足元くらいには届いたかな――という思いに。


 そして――数秒の拮抗を経て、ガッシャンッ!! と、偽女神たちの結界が砕かれた。


 そこへ――、


「女将さんみたいな双剣術には程遠いけどね!!」

「投げるくらいなら問題はないよっ!!」


 残る四人の青年たちは、リーダーが結界を破ることを確信していたように、すでに走り出し、偽女神たちの至近まで近づいていた。


 その両手にそれぞれ握った二本の「黒耀」――四人分で計八本の剣を、投擲し、偽女神たちの体に突き刺す!!



 集団剣技――【共鳴爆震破・轟雷】



 ズドンッッッ!!!!


 と、まるで至近に雷が落ちたがごとき、凄まじい爆音と共に、偽女神たちの肉体が内側から弾けて四散した。


 その血や肉片が光の粒子へ変わっていくのを油断なく見届けて――、


 リーダーは、素材の一部が塵と化し、剣としての形を失った「黒月」の残骸を見下ろした。だが、彼の顔に不安はない。


 すでに、偽女神どもとの戦いは佳境に差し掛かっている。


「黒月」の残骸も剣としては使えないだろうが、オーラに重属性を付与するくらいはできるはずだ。


 彼は「黒月」の残骸を左手に握り変えると、右手にリングから取り出した「黒耀」を握って、頷いた。


「うん。さて……他の人たちの加勢に行こうか?」


 リーダーは人好きのする笑顔を浮かべ、軽やかに仲間たちへ告げた。


「「「了解!!」」」



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