第235話 「イオは説明した」
――四家にて神代やクロノスフィアの話がアーロンたちに開示された、その翌日のことである。
≪木剣道≫のクランハウスとなる工房にて、集められたクランメンバーたちを前に、イオ・スレイマンは悩んでいた。
今からクランメンバーたちに、昨日、四家で話された内容を説明しなければならない。
当然、この話は外部に漏らすわけにはいかない秘密の話であり、イオの神聖魔法によって、契約の魔法がすでに行使されている。
その内容は、今日、ここで、イオが話した内容をクランメンバー及び、話の内容を知っている者以外への口外禁止――というもの。
契約魔法の行使を見届けるために、四家側から確認のための人員も派遣されており、派遣されてきた青年が「はい、確かに。契約魔法の行使を確認いたしました」と頷いたことで、遂にイオは説明を開始せねばならなくなった。
四家から派遣された人員一名以外に、すでに工房内にはアーロンとフィオナを除く、全クランメンバーが集結していた。
そう、全クランメンバーだ。
グレンは昨日、話の途中で眠っていたから、今日参加するのも分からなくはない。しかし、真面目に話を聞いていたガロンでさえも、何食わぬ顔で参加している。
(ガロンが話の内容を理解していなかった……とは、思いたくないものだが……)
一抹の不安が過る。
昨日、ルシアからもたらされた話は長く、そして複雑かつ難解であった。しかし真面目に聞いていれば、おおよそのところは理解できるというのがイオの感想だ。
実際、イオは昨日の話をきちんと理解している。そして今日説明するために、必要な部分だけを残して、話の内容を簡略化してもいた。
だが、それでもなお、こいつらが理解してくれるだろうかという、不安。
「……さて、これから、昨日四家から話された内容について、皆に説明していきたいと思う……」
語りながら、イオは全員の反応を確かめるように、工房内をぐるりと見回してみた。
「…………」
一人一人の顔を、確認していく。
「…………」
≪鉄壁同盟≫と≪ウッドソード愛好会≫の連中は、少なくとも表面上は真面目に聞こうという態度が窺えた。
クレアたち≪火力こそ全て≫やカラムたち≪バルムンク≫、オーウェン、エリオット、ザラたちのパーティーも、まあ、真面目な部類と言えるだろう。
しかし、それ以外となると、どうか?
「…………」
≪グレン隊≫は言うに及ばず、豚どもや乙女団、そしてなぜか朝から酒瓶を直で呷っている酒クズたちに態度だけはそれなりな≪紳士同盟≫……。
「…………」
イオには到底、こいつらが理解できるようには思えないのだった。
だが、イオは説明した。
「まず、スタンピードの話だ。皆も知っての通り、あのスタンピードは人為的に引き起こされたものであり、その真の犯人は【封神四家】から離反した一部の者たちが作った秘密結社、クロノスフィアによるものだ」
説明は簡潔を心がける。
必要最低限で良い。イオはクランのバカどもが全てを知っておく必要はないと判断した。
それゆえに!
「スタンピードは何とか被害を最小限に食い止めることができた。しかし、クロノスフィアの手により、現在、【神骸迷宮】最深層に封じられていた【神骸】が解放され、【邪神】が復活した状態にある!!」
イオは「神代」や「秘密結社クロノスフィアの真の目的」や「封神四家にまつわる諸々」や「時空の神クロノスフィア」の話についてなど――多くのことについての話を省略することにした!!
「【邪神】は【神骸迷宮】の最深層に到達し、迷宮の管理権限を掌握しているものと考えられる! その証拠に、迷宮では≪大変遷≫が発生しており、すでに低階層では設置されていた転移陣も消滅し、魔物も発生せず、洞窟も遺跡も何もない空間に変わりつつある。じきに空間自体も消滅し、迷宮は完全に新しい形に再構成されてしまうだろう……」
イオは演説するように語る。
バカどもに余計な口を挟む隙を与えないように。
「完全にそうなってしまえば、我々は【邪神】を倒すために一から迷宮を再び攻略しなければならなくなる! ゆえにっ! 我々は46層に設置した転移陣がまだ機能する内に、四家および探索者ギルドと協力し、可及的速やかに迷宮最深層へ到達した後、【邪神】を倒さねばならないっ!!」
ここからが重要だ。
バカどもに余計な疑問を抱かせてはいけない。
イオは民衆を扇動する政治家のように、力強く拳を振り上げ、叫ぶ。
「全ての準備が整い次第、我々は迷宮へ潜り、そして【邪神】を討伐する! それが我々の為すべきことだ!! ――さあ、これで話は理解できたな? 来るべき決戦の日に向けて、我々も準備と鍛練を怠るわけには――」
「ちょっと良いですかぁ~?」
「――何かね?」
話を終えようとした直前、乙女団の一人が手をあげてイオの言葉を遮った。
仕方なく、イオは嫌々ながらも応じる。
「【邪神】を倒さなければならないのは分かりましたけどぉ~、それってぇ、私たちがやらなきゃならないことなんですかぁ~?」
「……どういう意味かね?」
「四家の騎士団とかぁ~、ネクロニアの治安維持軍とかぁ~、戦力は私たち以外にもいっぱいあると思うんですよぉ~。それに、【邪神】って言ったらあれでしょう~? 神代の英雄たちも討伐できず、封印するしかなかったっていう。そんなの私たちで倒せるんですかぁ~?」
「そうでござる! なんで拙者たちがそんな危険なことをやらなければいけないのでござるか!?」
乙女団に続き、豚どもも不満の声をあげた。
「ふむ……我々でなければならない理由は、色々とある。そもそも事実上、現在のネクロニアで最大戦力を保有しているのは、我々のクランだ……が」
理由は幾らでもあった。そもそも≪大変遷≫が完全に完了する前に【邪神】を討伐しなければ厄介なことになるのは確実な上、【邪神】がいると思われる迷宮最深層へ到達するには、高位の探索者でなければ難しい。
如何に大戦力とはいえ、四家騎士団や治安維持軍は迷宮に慣れているとは言えず、一人一人の戦闘力も≪木剣道≫に比べて低いことから、騎士団や軍では迷宮深層では足手まといになってしまうだろう。
他にも理由は幾らでもあったが……イオは、それらを説明などしない。
相手が乙女団や豚どもであれば、簡単に黙らせることのできる言葉があったからだ。
「ちなみに、【邪神】はフィオナ嬢の体を狙っているんだが……」
「【邪神】ぶっ殺しましょうっ!!!」
「ぶっ殺すでござるよぉおおおおっ!!!」
乙女団と豚たちが一斉に叫び、反対意見は立ち消えた。
これにてイオの説明は、無事に終わ――
「あのー、そのクロノスフィア? って秘密結社は、何の目的でスタンピードを起こしたんですか?」
「…………」
≪鉄壁同盟≫のメンバーが手をあげて質問する。
続いて、クレアやカラム、オーウェンたちも手をあげて質問してきた。
「そもそも、何で四家の方々がそんな組織を作っていたんですの?」
「あと、【邪神】が復活したってかなりヤバイと思うんスけど、どういう経緯で復活したんスか?」
「【邪神】を復活させるのがクロノスフィアって奴らの目的だったのか?」
「…………」
イオは、答えた。
「――――我々が為すべきことはただ一つッ!! 【邪神】を倒すことだッ!!!」
「「「おおおおおおっ!!! 【邪神】倒すッ!!!」」」
と、乙女団や豚たちを中心に声があがる。
イオは細かいことなど気にするなとばかり、大声を張り上げてクレアたちの疑問を押し流した!!
「そうだっ!! 【邪神】倒すッ!!」
「「「【邪神】倒すッ!! 【邪神】倒すッ!!」」」
「【邪神】倒すッ!! 【邪神】倒すッ!!」
「「「【邪神】倒すッ!! 【邪神】倒すッ!!」
「――よしッ!! 説明も終わったところで各自解散ッ!! 今日のところは自主鍛練に励めッ!!」
「いやあの、イオさ――」
「解ッ散ッ!!」
解ッ散ッ!! した!!
●◯●
そして時間は戻り、ルシアがアロン家に泊まり、クロエに知識を伝授し、そうしてアーロンの自宅に戻った――――その、さらに翌日のことである。
朝も早い時間から、キルケー家当主エヴァ・キルケーの耳……いや、意識に、空気の震えではない「声」が届いた。
それはブレイン・サポート・インターフェイスによる思念通話だ。
『――た、たしゅけてエヴァっ!!』
直後、執務に励んでいたエヴァの手が止まる。
それから数秒、声の主を認識するに到って、エヴァは我が耳を疑った。
『――え? る、ルシア様ですの?』
『そう! たしゅけてエヴァ!!』
あの冷静沈着な無表情幼女が、ひどく慌てた様子で助けを求めている事態に、エヴァは思わず全身を緊張させた。
ただごとではない何かが起こっていると、容易く予想できたからだ。
幾度かの深呼吸の後、無理矢理に思考を落ち着かせたエヴァは、ルシアに問う。
『ルシア様、落ち着いてお話くださいまし。いったい何が起こったというのですか?』
『ふぃ、フィオナが……』
『フィオナが!? フィオナがどうしたんですのっ!?』
だが、友の名を聞いて、一瞬で冷静さは吹き飛ぶ。
フィオナにいったい何が起こったというのか。まさか……と頭に浮かぶのは、最悪の事態。バックドア・ジョブを持つフィオナの身を狙っているという、【邪神】のこと。
もしや、【邪神】がフィオナを拐いに現れたのでは――と。
答えるルシアの思念は、泣いているように震えていた。
『ふぃ、フィオナが……壊れ、ちゃったぁ……!!』
『……え? フィオナが、壊れ、た……? そ、それはいったい!?』
あまりにも不穏な回答に、エヴァは椅子から立ち上がる。
執務室で仕事を共にしていた家臣たちが何事かと目を向けてくるが、それを気にする余裕もなかった。
ルシアは告げる。その残酷な――真実を。
『フィオナがぽやぽやになって、幼児退行しちゃった……!!』
『……………………え?』
ちょっと何言ってるか分かんなかった。
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