第158話 「さすがに俺も恥ずかしい」
「何だ? 命乞いでもするつもりか?」
≪酒乱の円卓≫リーダーが発した制止の言葉に、男は嘲りの笑みを浮かべた。
対するリーダーは、真剣な声音と表情で続ける。
「命乞いのつもりはねぇ。だが……このまま全裸で戦うのは、さすがに俺も恥ずかしい。せめて、股間は隠させてくれないか……?」
「「「…………」」」
リーダーの至極真っ当な懇願に、男たちはそれぞれに目を合わせて頷いた。
敵とはいえ、全裸のまま死なせるのは寝覚めが悪い……というわけではもちろんなく、単に目の前で醜悪なモノがぶらぶらしているのが、不愉快だったためだ。
「……良いだろう。服を着ることを許してやる。どうせそのストレージ・リングの中に入っているんだろ? ただし、妙な動きをすれば、その瞬間に攻撃を開始するぞ」
「へへっ、ありがてぇ。ただ……」
と、リーダーは攻撃の意思が今はないことを示すように、両手を上げて続けた。
「安心してくれ。わざわざ服を取り出す必要はねぇ。股間を隠したいだけだからな」
そう言って、全身にオーラを纏った。
瞬間、男たちは過剰に反応する。
「貴様ッ! 妙な動きをするなと――」
「勘違いするなッ!!」
早合点する男たちを、リーダーは大声で制止する。
「言っただろう!? 俺は! ただ! 股間を隠したいだけだとッ!!」
「……なら、そのオーラは何のつもりだ?」
「へへっ、おいおい。だからよぉ、せっかちはいけねぇな。これは……こうするためのもんだ」
リーダーは全身に纏ったオーラを動かし、一点に集中させていく。
淡い光を放っているとはいえ透明だったオーラは、集中し、凝縮し、密度を上げていくことで光量を増幅させ、内部のものを見通せないほどに輝き始めた。
「オーラで、股間を隠した、だと……ッ!?」
程なく、リーダーの股間は光り輝くオーラに覆われ、隠されたのである。
「――な?」
と、得意気に嘘は言っていないだろうと笑うリーダー。
対する男たちは眉をしかめ、「チッ」「ボケが」「ざけやがって」「度しがたいな」などと悪態を吐き始める。まさか股間をオーラで覆って隠すとは、しかもそれを得意気に見せつけて来るとは、凄まじく癪に障る行為だったのである。
だってそうだろう? そんなふざけた行為は、こちらを舐めているようにしか思えない。
しかし、リーダーの行動が真に度しがたいのは、この後だった。
「あ、ちなみにだが、これはただ股間を隠すだけじゃねぇぜ?」
「はあ? どうでもいいわ。お前、もう死んどけ」
「まあ待て待て! 殺し合うのはこれを見てからでも遅くはねぇはずだ! 見て後悔はさせねぇ! 絶対だ!」
「あん?」
「ここだ。ここを、良く見てくれ」
と、リーダーは光り輝くオーラを突き出して見せた。
男たちはますます渋面となり、こいつをどう始末してやろうかと考えつつも、けれど、言われるままに視線を股間に集中させてしまう。
まさか人体最大の急所を無防備に突き出しつつ、妙な真似はするまいと思ったのだ。
だが、その瞬間だった。
我流戦技――【シャイニング・ボールズ】
カッ!!
と、凄まじい閃光がリーダーの股間から迸った。
それはオーラの発光を制御することで瞬間的に閃光を生み出し、見た者の目を眩ませるという戦技。オーラの性質を変化させ、発光という現象に傾けているため、実は結構な高等技能なのが輪を掛けて酷い事実だ。
ちなみにこれは彼らのマスターに教えてもらった戦技ではない。奴は裸でも股間を隠すという発想がないため、このような戦技は開発していなかったのだ。ゆえに、これはリーダーが自分自身で生み出した、完全オリジナルの戦技。
そして、股間から迸る強烈な閃光を直視してしまった男たちはというと――、
「「「ぎゃぁああああああああッッ!!?」」」
悲鳴を上げて両目を押さえていた。
その心中は察して余りある。まさかこんなにも下らなく、醜悪な技を喰らってしまったのだ。あまりにも可哀想であった。
しかし、リーダーは容赦しない。
「ひゃっはああああああッ!! 掛かったなバカども!! 俺の知的な策略の前に散りやがれぇえええッ!!」
――【バースト・ステップ】
一瞬にして距離を詰めると、八人の内、主に会話をしていた男の懐へと潜り込み、全力で拳を突き出した。
爆拳士スキル――【爆轟拳】
両目を潰され、無防備になっていた男は防御もまともにできず、それを喰らってしまった。いくら生体強化されているとはいえ、大猩々の腹にすら大きな風穴を容易に穿つ一撃である。人間が喰らって無事であるはずもなく、男は凄まじい勢いで吹き飛んでいった。
「ゲハハハハハッ!! まずは一人ッ!!」
正義とは何だろうと考えたくなるようなセリフを叫び、リーダーは男を仕留めた。
そしてそう叫んだ頃には、彼の仲間たちもすでに距離を詰め、それぞれに攻撃を放っている。
「オラァッ!! 死になぁッ!!」
「≪木剣道≫一知的なパーティー!! それが俺ら≪酒乱の円卓≫だぜぇッ!?」
「卑怯!? いえいえ卑怯じゃありません! 作戦です!!」
「勝てばよかろうなのだッ!!」
「常識的に考えて、今さら全裸ごときで恥ずかしがるわけがねぇだろがッ!! 自分たちの頭の悪さを、あの世で恨むんだな!!」
男たちに浴びせられる情け容赦のない攻撃、攻撃、攻撃!!
自称、クラン一痴的なパーティーの策略の前に、防御もできずに八人の男たちは次々と討ち取られていく。
しかし、最後に残った一人がようやく視力を取り戻し、≪酒乱の円卓≫に武器を向けた。
「――ふざけるんじゃねぇッッ!!!」
本当に、心底から、彼は怒っていた。
まさか股間の光で目を眩まされ、その隙に倒されるなど――――そんな間抜けで屈辱的な現実を、受け入れることは断じてできなかったのだ。
だから自分一人だけになっても、≪酒乱の円卓≫に背を向けて逃げるわけにはいかなかった。そんなことをすれば、自分たちがこいつらよりもバカであると認めるようなものだ。
そんなことが受け入れられるか?
否ッ!! 断じて否ッ!! 受け入れられるわけがないッ!!
武器――槍をリーダーへ向かって突き出した。
その矛先から、凄まじい量のオーラが螺旋運動により無限回転しながら、掘削機のように放たれる。
槍士スキル【オーラ・スラスト】――オーバースキル【無限穿孔槍】
たとえ竜であろうとも穿ち貫く必殺の一撃。
それを前に、リーダーは「ハッ!」と笑った。
「やはり知能が低い奴のやることなど一緒だな! 力ずくならどうにかなるとでも思ったか!! 真のインテリはこうやって対処するんだよッ!!」
迫り来るオーラのドリルに、リーダーは拳を突き出した。
爆拳士スキル【爆轟拳】――ブーストスキル【超・爆轟拳】
ドンッッッ!!!!
と、凄まじい爆発がリーダーの拳から迸り、一瞬にして【無限穿孔槍】を爆発四散させた。その威力は、男たちがオーバースキルと呼ぶ技術と、何ら遜色のないもの。
ちなみに根本的に力ずくであり、インテリとは何の関係もないことを、ここに明記しておく……!!
「バカな……ッ!!」
自分の一撃が真正面から力ずくで相殺されたことに、男は愕然と両目を見開いた。
対するリーダーは、ニヤリと笑って告げる。
「スキルや魔法の威力を超絶強化する技術……使えるのが、自分たちだけとでも思ったか? こんなもん、ウチのクランなら、使おうと思えば誰でも使えるぜ?」
「――ッ!?」
愕然とする男。
最後に一人残った彼へ、≪酒乱の円卓≫メンバーの集中砲火が降り注ぐ。
オーラと魔法の爆発に包まれ木っ端微塵となる寸前、男の耳にリーダーの声が届いた。
「悔しかったら、来世では木剣職人にでもなるんだな」
「!?!?」
――なんで?
それが男が思った、人生最期の言葉になった。
そして――。
「「「…………」」」
市庁舎の正面玄関に集まり、その戦いを目撃していた職員や市民たちは思った。
――色々ひっでぇ。
と。
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