第52話 「俺がここまで強くなれた理由は、何だと思う?」
じとーっと。
「…………」
フィオナがジト目でこちらを見ている。
どうも木剣を作って本当に強くなれるのかと、疑っているようだな。
その気持ちは分からないでもない。俺もかつてはそうだった。というか、そもそも木剣を作って強くなろうという考えなどなかったというのが本当のところだ。
それでもただひたすら木剣を作る技術を磨いた先に、偶然にも強くなるための効率的な方法を発見したのだ。
偶然によって、それまで誰も知ることのなかった世界の真理に至る。
それはあまりにも先進的すぎて、しばしば周囲の理解を得られないこともあるだろう。
歴史に名を刻むような大発見をした学者たちというのは、もしかしたら今の俺のような心境だったのかもしれない……。
だが、それでもなお、言葉を尽くして理解を得られるように努力すべきだろう。
俺は「ふむ」と頷き、神妙な顔をして口を開いた。
「自分で言うのも何だが、探索者として、俺はそこそこ強いと思う」
「……まあ、そこに異論は挟まないわよ。じゃなきゃ強くしてなんて、アンタに頼まないでしょ」
「そうか。なら、話は早い」
意外……でもないのか、フィオナも同意してくれたので、話を先に進める。
「なあ、俺がここまで強くなれた理由は、何だと思う?」
「…………」
「そうだ、木剣だ」
「……まだ何も言ってないんだけど」
言わなくても分かる。まさか、という半信半疑の視線。フィオナも言葉にしなくても、話の流れからだいたい察していたことだろう。
「フィオナ、お前に今こそ伝えよう。木剣職人こそ、この世界で一番強くなれるという驚愕の真実を……」
「…………」
俺はフィオナに語った。
木剣を作ることで、如何にして強くなるかという方法論を。
俺の場合は指先に展開したオーラで木材を削っていくが、【手刀】スキルのないフィオナの場合、まずは刃のないナイフに【オーラ・ブレード】を展開し、それで木材を削っていくことになるだろう。
だがそれを続けていくことで【オーラ・ブレード】が熟練するだけでなく、オーラの制御力自体が鍛えられていくはずだ。一定以上まで熟練すれば、おそらくは【オーラ・ブレード】以外のスキルにも鍛練の影響は波及するはずである。
そして俺とフィオナの場合、前提条件が違う。
というのも、俺は【スラッシュ】しかスキルがないために、これを変化させて幾つもの戦技を編み出してきたが、フィオナはそもそも、すでに多くのスキルを修得しているのである。
つまり、俺のようにスキルを別のスキルへと変化させる必要がないのだ。今あるスキルを強化するだけでも、かなりの戦力アップが見込めるはずだ。
俺の場合、【スラッシュ】から戦技を編み出すまでにかなりの時間を要したが、フィオナにその必要はない。ゆえに、鍛練の効果は俺の時よりも早く出るのではないかと予想している。
俺は鍛練方法と合わせて、それらのことを丁寧に説明してやった。
話が進むにつれて、疑念に満ちていたフィオナの表情は変わっていく。「まさか」「そんなことって……」「信じられない……!」と、その顔は次々と明かされていく驚愕の真実によって啓蒙され、いつしか光を失っていたフィオナの瞳には希望の光が宿――――ることは、全然なかった。
話を終えるまで、微塵も揺るがぬジト目であった。
俺は少し、話が難しかったかと困惑する。こんなに一所懸命説明したのに。
「ふむ……まだ、納得できないか。そうだな、なら、納得できるようなエピソードを交えて、もう一度……」
「いや、いいわよ、もう」
俺の言葉を遮るフィオナ。
やはり木剣を作るのは嫌なのだろうかと、少しの悲しさを覚えつつ反論しようとした時だった。
「別にアンタの言葉を疑ってるわけじゃないわ。ここでそんな嘘吐くような奴じゃないって、知ってるもの」
「む……そう、か……」
フィオナが苦笑した。仕方なさそうに。
その表情に俺は…………いや。
ともかく、フィオナは苦笑すると、それからテーブルの上に置かれた木材とナイフを手にする。
「それで、どうすれば良いの?」
「んあ?」
「教えてくれるんでしょ? 木剣作り」
「あ、ああ……っていうか、今からやるのか?」
今日はもう、結構遅い時間なんだが。
俺の言葉にフィオナは「そういえば」というように手を止める。
「アンタは帰って来たばかりだったわよね。疲れてるなら、明日にする?」
「いや、俺のことなら大丈夫だが」
実際、ヘレム荒野から帰って来る時も、別に夜通し走っていたわけでもなく、体力的には特に疲れているというわけでもない。魔物と戦うことも多くはなかったしな。
だからそれよりも、妙にフィオナにやる気があることが意外だったのだ。
なので率直に聞いてみた。
「妙に……やる気だな?」
「鉄は熱い内に打てって言うでしょ? それに……」
真剣な顔でこちらを見る。
「たぶん、明後日からは「大発生」の鎮圧に駆り出されると思うし、もしかしたら襲撃も続くかもしれない。そう考えたら修行できる時間はあまりないかもしれないでしょ?」
それは確かに、その通りだった。
襲撃が無くなったとしても、おそらく「大発生」の鎮圧にかなりの時間を割かれるのは間違いないだろう。
「だから、少しでも時間のある内にやっておきたいの」
「……なるほどな。分かった。じゃあ、さっそくだが、始めるか」
「うん」
俺は頷き、フィオナに木剣作りを教えることにした。
もちろん、普通に作るのではなく、強くなるための作り方だ。
とはいえ時間も時間だし、この部屋で教えることになるな。……木屑とか飛び散ってしまうから、とりあえず床にシーツでも敷いて、その上で作業するしかないか。
部屋を汚すことになるが、それは後でエヴァ嬢に謝っておこう。
●◯●
――コンコンコンッ。
客室のドアをノックした。
それからエヴァは部屋の中に向かって声をかける。
「フィオナ、起きてるかしら? 朝食の準備が整ったみたいだから、一緒に食堂へ行きましょう?」
行方不明となっていたアーロン・ゲイルが帰還した翌日の朝である。
クランメンバーたちが襲撃を受け始め、フィオナが護衛役として屋敷に滞在を始めてから、エヴァは多くの時間をフィオナと共に過ごしていた。
それはもちろん、フィオナが護衛ということもあるが、それ以上に友人とこんなふうに自分の家で過ごすのがエヴァにとって新鮮な経験だからでもあった。
友人と一緒に朝食を食べる。
他愛のない行為ではあるが、世界でもトップクラスに良いところのお嬢様であるエヴァにとっては、そうそう経験できることではない。時勢を考えれば不謹慎かもしれなかったが、彼女は友人が自分の家に泊まっているという状況を楽しんでもいた。
だからここ数日、朝はフィオナと一緒に朝食をとるのが決まりのようになっていたのだが……いつもなら既に起きているはずの時間なのに、部屋の中からフィオナの声は返って来なかった。
「……珍しいわね、まだ寝てるのかしら?」
首を傾げつつ、もう一度ドアをノックして、
「フィオナ、寝てるの?」
問うが、やはり返事はない。
そっとドアノブに手をかけてみると、鍵はかかっていないようだった。
「……フィオナ、入るわよー?」
一応、もう一度声をかけてから、ドアを開けて中に入る。
普通の感性ならば十分に広い、しかしエヴァにとっては「少し狭いんじゃないかしら?」と感じる客室の中は、寒々しいほどにしんとしていた。
部屋の中を見回してみるが、フィオナの姿はない。
ということは、すでに起きて何処かに行っているのだろう。
「……フィオナったら、どこかで素振りでもしてるのかしら?」
あの友人ならば、早朝から鍛練をしていても不思議ではない――というか、ここに泊まり始めてからも毎日、朝は早くから一人で鍛練を行っていたはずだ。場所は屋敷の裏庭か、魔鷹騎士団の訓練場を使用していることが多い。
しかしながら、いつもならばこの時間には部屋に戻って来ているはずなのである。
「……仕方ないわね。誰かに呼びに行ってもらいましょう」
使用人の誰かにフィオナを呼んできてもらうよう頼むことにして、エヴァは部屋を出た。
そしてドアを閉めたところで、ふと思いつく。
「そういえば、今日はアーロンさんも泊まっているのでしたわね」
あのひねくれ屋の友人が、師であるアーロンにどんな感情を抱いているかは、端から見ていても簡単に分かる。だが、あの性格な上に恋には奥手な友人だ。関係はまったく進展していない。
というか、放っておいたら永遠に進展しないのではなかろうか?
思わずそう考えてしまうほどに、フィオナの男性全般に対する態度はキツい。一時期は男が嫌いなのだと思っていたほどだ。
「そうだわ、アーロンさんも呼んであげましょう」
ここは自分が一肌脱いであげようと考えて、エヴァはこのまま、アーロンを朝食に誘うことにした。幸い、二人の客室はそう離れているわけでもない。同じ階だ。
エヴァは廊下を歩き、アーロンに宛がった客室へと向かう。
そうして程なく、目的の部屋に近づいた時だった。
ガチャリ、と――アーロンの部屋のドアが内側から開いた。
ちょうど良かった、とエヴァは声をかけようとして、次の瞬間、目にした光景に思わず声が引っ込んでしまう。
(――へ?)
アーロンの部屋から出て来たのはアーロンではなく、なぜかフィオナだった。しかも、その服装は薄手のネグリジェにガウンを羽織っただけの――有り体に言えば寝間着姿だ。淑女が男性の部屋を訪問するに相応しい格好とは言えない。
(……いえ、ある意味相応しいとも言えるのかしら?)
若干混乱した頭でそんなことを考えながら、こちらに気づかないフィオナを見つめる。
そのこともまた、おかしいと感じる一因だった。この距離にいてフィオナが他人の存在に気づかないなどあり得ない。ソロの探索者であるため、自分は勘が鋭いのだとフィオナから聞いていたことがあるし、実際、彼女と行動を共にしていた時、それを裏付けるような場面に何度も遭遇しているから間違いはないはずだ。
だが、フィオナはこちらに気づかない。
何処と無く疲れているような、眠そうな表情を浮かべているのが、その理由だろうか?
「おいおい、大丈夫か?」
当然と言えば当然なのか、フィオナの後から出てきたアーロンが、ふらついたフィオナの体を支えた。
「ん……大丈夫、よ」
それに弱々しくフィオナが答える。
(何なの、これは? 何がどうなってるんですのッ!?)
何だか何時もとは違う雰囲気を漂わせる二人の会話に、エヴァは驚愕したまま凍りつき、入り込むことができずにいた。
「初日から少し、張り切りすぎたか。もう朝になってるしな……」
「別に……私から頼んだことだし、気にしなくて良いわよ」
「そうか……だが、少し休んだ方が良いぞ。疲れてるだろ?」
「まあ……ね。確かに、さすがにあれだけやれば、疲れたわ……」
何やら二人は、疲れることをしていたらしい。しかも会話から推測するに、昨日の夜から今朝まで続けていたような口振りだ。
(な、ナニをどれだけヤっていたんですのッ!?)
良家の子女、それも今では家督の継承者候補として、異性と付き合った経験など一度もないエヴァだが、決してそっちの方面に関して察しが悪いわけではない。
自分よりも奥手だと思っていた友人が、突然大人の階段を上ってしまったかもしれない状況に直面して――彼女は大いに混乱した。
(ハッ! こ、ここにいると見つかってしまいますわ!!)
なぜかそんな危惧を抱いたエヴァは、フィオナがこちらを振り向く前に、急いで近くの客室に飛び込んだ。中は空き室のため、ドアは開いたままになっていた。エヴァは急いで、しかしできるだけ音を立てないようにドアを閉める。
「…………」
しばらく息を潜め、耳をそばだてた。
フィオナはアーロンと二言三言、言葉を交わし、自分の客室の方へ向かって歩き始める。その足音が聞こえないくらい遠ざかったところで、ようやくホッと胸を撫で下ろした。
「まさか……こんな場面に遭遇してしまうなんて……」
だが、その心中はいまだ複雑だ。
単に友人のそういう場面を目撃してしまって気まずいというのもあるし、一足先に友人が大人の経験を済ませてしまったかもしれないことに、一抹の寂しさも感じている。
「というか、ちょっと、フィオナと顔を合わせづらいわね……」
とりあえず、フィオナは疲れているようだし(意味深)、今日は朝食に誘わない方が良いだろう、と結論付けたところで、
ガチャリ、と――ドアが開いた。
「で、エヴァ嬢は何をしてるんだ?」
ドアを開けたのはアーロンだった。
彼はどこか呆れたような顔で、こちらを見下ろしている。どうやらこちらの存在に気づいていたらしい。
エヴァは混乱しながら咄嗟に答えた。
「べべべべ、別にっ!? た、ただ、ちょっと客室の見回りをしていただけですわッ!!」
「……客室の見回りって、エヴァ嬢がすることか……?」
アーロンは疑っている。まあ、当然だった。エヴァとしても、これ以上咄嗟に言葉は出て来なかった。あわあわと慌てふためく彼女に、アーロンは問う。
「俺かフィオナに、何か用事でもあったんじゃないのか?」
「それは、その……」
観念して本当のことを伝える。
「朝食に、誘おうと思いまして……」
「なら、そう言えば良かったんじゃないか? 何で隠れたんだ?」
至極真っ当な疑問ではある。しかし、それをアーロンに言われるのは何処か納得がいかないエヴァ嬢であった。
「あ、あの状況で声がかけられますかッ!?」
「はあ?」
「そ、それに……フィオナも、ずいぶんと……お疲れのようでしたし」
「ああ、まあ、確かに。ずっと起きてたからな、今は疲れてるだろうし、寝かせてやってくれ」
「そ、そうですか……」と頷いてから、改めてアーロンの顔を見る。フィオナの雰囲気も何かおかしいように感じていたが、アーロンの態度もいつもと違うことに気づいたのである。いつもよりもずいぶんと、フィオナのことを気にかけているような言動だ。
「あの、時に、アーロンさん?」
「どうした?」
もはや推測は確信の域に達していたが、それでも自分の勘違いという可能性もある。それを確かめるため、エヴァは意を決して聞いてみることにした。
ただ、正直に「何をしていたのか?」と聞いて、「✕✕✕をしていた」などと率直に答えられても困る。そこで少し、遠回しに問う。
「お二人は……そういう関係になったのかしら?」
「そういう関係……?」
一瞬、怪訝な顔をしたアーロンであったが、すぐに質問の意味に気づいたらしい。そういうことか、とでも言うように「ああ」と頷いて、
「何だ、気づいてたのか?」
認めるように、そう言った。
「ええ、まあ……気づかないはず、ないではありませんか?」
あの雰囲気を見れば、と言外に告げる。
「そうか……もしかして、音が結構、外に漏れてたりしたか?」
「お、音ッ!?」
済まなさそうに言うアーロンの言葉に、つい過剰に反応してしまう。
(音って何ですか!? あ、あの声のことですかッ!? それともベッドが軋む音のことかしら!?)
「夜だから、できるだけ静かにしてたつもりなんだが……苦情が出てたら、すまん」
「ぃいいいえッ!? べ、別に苦情は出ておりませんけれどッ!?」
「そうか、それなら良かったが……ああ、それと、すまん、エヴァ嬢」
「はい!? 何がですッ!?」
「自分たちで掃除はしたんだが、少し、部屋の中を汚してしまってな」
「ひょぇえええええええッ!?」
もはや限界だった。
友人と知り合いのそんな生々しい話を、それ以上は聞きたくなかった。
「い、言わなくて結構ですわ!! どうせベッドがぐちゃぐちゃになったとか、そういう話でしょう!?」
「ベッド? いや、そうじゃなくて、床に――」
「だからッ、言わなくて良いと言っているのですわッ!!」
「おっと!」
エヴァはアーロンを押し退けて廊下に出る。
恥ずかしさに顔を赤らめながらそのまま走り出そうとして――しかし、ぴたりと足を止めた。この場を去る前に、どうしても言っておきたいことがあったのだ。
「……お二人のことは祝福しますけれど……人の家でナニをヤっているのですッ!! 破廉恥ですわぁあああッ!!」
叫びながらエヴァ嬢はその場を走り去った。
一方、残されたアーロンはエヴァの背中を見送りながら、首を傾げる。
「破廉恥……? 木剣作ってただけなんだが」
疑問に思いつつも、アーロンは「愉快なお嬢さんだ」と、それ以上考えることを止めた。
ふわぁっ、と一つ、大きな欠伸をする。自分も眠っていないから、割と眠気がピークに達しつつあったのだ。
「とりあえず、少し仮眠するか」
アーロンはそう呟くと、部屋に戻って、寝た。
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