第7話 疑念

 目が覚めた時、既に陽は高く昇っていた。

 俺は飛び起き、包丁を握り締め身構えた。テント内を見るが特に変わった様子は無い。聞き耳を立てても、波音が聞こえる意外その他の音は聞こえない。

 深呼吸をした後、俺はゆっくりと外へ顔をだし、辺りを伺う。

 しかし、人の気配はしない。

「夢、だったのかな」

 テントの外に出ると、その考えは簡単に砕けた。

 砂浜に残る足跡。

 そして、荒らされているもうひとつのテント。

 俺は荒らされたテントに近づく。食べ物や飲み物を置いていたテントだ。

 テントは破かれ、空になったペットボトルやお菓子などが食い散らかされていた。

「なんだ、これは。何なんだよ畜生!」

 俺は思わずそう叫んでいた。

 およそ三日分の食料。それらが全て荒らされていた。雄二さんが迎えに来るまで、飲まず食わずで耐えるしかない。

 この炎天下の中をだ。

 開けられていない物は無いか探したが、全て食い散らかされていた。

 俺は手に掴んだペットボトルを力任せに投げる。

 少し残っていた水が砂浜に染みを作り、カコンと小気味の良い音をさせてペットボトルはシャワー室の建物に当たった。

「そうだ、各務さんは? 彼女は無事なのか!?」

 俺は慌ててシャワー小屋へ駆け寄る。

「各務さん! いたら返事をしてくれ。各務さん!」

 俺は力いっぱい叫んだが、中からの返答は無い。

「くそ、こうなったら仕方ない」

 女性陣が更衣室として使っていた場所に入るのは気が引けたが、緊急時だから仕方ないと自分に言い聞かせる。

「各務さん、入るからね!」

 俺は中に聞こえる様に言い、足を踏み入れる。外からは見えない様になっている入り口を右に、そして左に曲がる。

 正面には木でできた正方形の台があった。台の上にはカバンが三つ置かれている。そのうちの一つ、黒いカバンの口が開いており、中身が台の上に散乱していた。

 ドクロプリントのTシャツ。所々ダメージカットされているショートパンツ。白黒のニーハイソックス。そして、爪の先が赤いピンクの熊のぬいぐるみ。

 持ち主は間違いなく各務さんだろう。

 チラリとカバンの中に下着が見えたため、俺は視線を反らす。ここにもテントを荒らした奴が来たのだろうか。ますます、各務さんの安否が気になる。

 室内をじっくりと見回したが、怪しい所は他に見当たらない。

 次に、左手のシャワー室へ入る。簡素なシャワーが二台設置してあるが、人の気配は全くしない。

 俺は急いで外へ出た。

「各務さ~ん! 晃~!」

 力の限り叫ぶ。

「夏希~! 信一! 唯~!」

 しかし、俺の叫び声はけたたましい蝉の歌声にかき消される。俺はその場にへたりこみ、叫んだ事を後悔する。

「畜生、喉が渇いた」

 持ち込んだペットボトルの水は無い。絶望的だ。そう思った時、ふとある事を思い出す。

「そういえば昨日、トイレの水出たよな?」

 しかしあの時は寝起きだったし、ボソボソと聞こえる声が気になり記憶が定かではない。

 俺は立ち上がり、トイレに駆け込む。そして、所々錆が浮いてる蛇口を捻る。

 すると、勢いよく水が出た。

「やっぱり、昨日の記憶は間違ってない!」

 流れてくる水を両手で掬い、口へ運ぶ。

「……不味い」

 鉄の味が口の中に広がる。しかし、この状況では背に腹はかえられない。食料に関しては、昨日の夜しっかりと食べたため、しばらくは平気だろう。いざというときは、唯のカバンの中を改めさせてもらう。何かしらお菓子類が入っているはずだ。

 唯は普段から自分用のお菓子を持ち歩いている。チョコレートや一口サイズのビスケット、カップ型のスナック、そういった携帯しやすい物を好んで持ち歩いている。

 だが唯は、常日頃からお菓子を食べているのにも関わらず痩せている。クラスの男子の間では、全ての栄養は胸に行っている、とよく話題になる。

 しかし、俺は知っている。唯が合気道を習っている事を。

「でも、お菓子食べたらものすごく怒るだろうな」

 普段はおっとりとしており、周りをほんわかとした空気にするが、嫌な物に対しては情け容赦ない。その、いざという時が来ないように祈ろう。そう思った。

「さて、これからどうしたものかな」

 晃にここで待機しろと言われていたが、このままここにいても恐らく何も解決しないだろう。

 しかし、無意味に歩き回っても体力を消耗するのは確かだ。

「やっぱり、あそこに行くしか無いか」

 俺はTシャツ、そしてズボンを履き、サンダルから靴へ履き替える。次に倉庫へ行き、なるべく錆びていない銛を一本掴んだ。そして「よし!」と気合いをいれた。

 倉庫を出て、昨日たどり着いた道路を目指す。木々の間を抜け、昨日と同じ順路を辿る。

 昨日は周りを見る余裕が無かったが、木々の至るところにカブトムシやクワガタ、カナブンなどが群がっていた。中には見たことの無い虫や、遠くに蜂の巣も見える。

 普段であれば、物凄く冒険心をくすぐられる所だろうが、今はそんな気分ではない。

 不安や孤独感。それらが胸の中を支配している。

 何者かが潜んでいるかも知れないと思い、なるべく音を出さないように歩く。自分が踏んだ枝がおれるたび、体が強ばる。

 時間にしては十分ぐらいだろうか、昨日と同じ場所へ着いた。

 左手には、廃墟となった建物が聳え立っている。

 俺は、その建物に向かって歩き出した。

 ゆるい坂を登り、やがて道が二又に別れている場所にたどり着いた。

 廃墟は真正面に見えているが、道は左右に別れている。

「どっちだ、どっちが正解だ?」

 辺りを見回しても標識の類いは無い。どちらを選んでもいずれはたどり着けそうな気がしたが、俺は右の道を選んだ。

 人は無意識に左を選ぶ事が多いと、昔何かの本で読んだ気がしたからだ。

 相変わらず蝉の鳴き声がうるさい。まるで、一人残された俺を嘲笑っているかの様だった。

 しばらく景色の変わらない道を歩いていると、目の前に洋館が見えた。

「きれいな家だな。まだ新しいのか?」

 俺は小走りで近づく。

 鉄の門から玄関まで飛び石の小道が続き、手入れされた植木、広いバルコニー、その二階建ての洋館は、別荘と言うには豪華な作りだった。

 左手のほうにも道があり、遠くには廃墟が聳え立っている。

 しかし、今はこちらの洋館を調べるのが先だと思った。もしかしたら何か食料があるかも知れないし、誰かいるかも知れない。

 そして、中に入ろうと鉄の門に手をかけた時だ。洋館の方から、あの鬼の哭き声がこだました。

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